【視力】ラオメ
「複製の<使者>は、目が悪いんじゃないか?」
「目って…。そんなことはなくない?」
反応が顕著なのは飛鳥だった。しかし羅謝はちょっと首を傾げて問うだけ。
「お前、目ェいい?」
「確かにいいけど、別にちょっと目が悪いくらいで操作の魔術が使えないってことはないでしょ。体つきや目を動きくらい、みんな見えるでしょ?」
飛鳥はくるりと周りを見回した。羅謝も同じようにする。
「誰か目が悪い奴、居ないか?」
「オレ少し良くない。眼鏡なくとも生活出来るけど。」
「俺もギリ免れてる口です。」
「話になんねェ。隠れてコンタクトの奴いねェの?」
理不尽な暴言に、蓮は唇を尖らせた。代わりに僕が相棒に質問する。
「裸眼で生活出来ないくらい目が悪いってこと?」
「そォ。ヨーマが…ア゙ー、俺の弟な。弟が割と目ェ悪いんだけど、裸眼だと数m先もぼやけるんだよ。」
「可哀想…!」
どうも近くに視力の悪い人間が居ないらしい飛鳥が(そう言えば、彼女の妹である八重ちゃんも目が良かった)、悲劇のヒロイン顔で首を振る。羅謝は呆れ切った様子だった。
「視力が0.1になれば5m先もぼやける。それ以下になれば、言うまでもない。目の動きや骨格なんてきっちりとは見えないだろうね〜。でも、そんな人なら、裸眼で街をうろつく気にもならないと思うけど。しかも仕事の尾行なんて。」
複製の<使者>が、視力の問題から操作の魔術を使わなかったなら、尾行出来たことも裸眼で仕事へ乗り出した理由も不可解である。相棒も僕の言葉に納得の表情を見せ、暫く考え込んだ。他のメンバーも各々思考する。
「コインランドリー。」
最初に口火を切ったのは、やはり羅謝だった。
「…俺が担当して洗濯しに行きましたけど、それがなんかあるんですか?」
「自信は、無い。でもォちょっと考えてみろよ。
ファオマ帝国出身の少女が、王宮から狩り隊の目を掻い潜って出国したらしい。1人で?な訳ねェ。狩り隊に対抗出来るのは誰か?真っ先に出るのは<魔女の使者>だろ。」
彼は僕達_<使者>を示した。
「確かに出国直前、羅謝と僕の存在はバレてたも同然。飛鳥の一件もあったし、リモンドが路上で2人ヤッたし。」
「そうなりゃァ、そいつ等がファオマに行くのは決定的。ファオマ帝国周りの街を見張れば、ファオマから帰る<使者>は十中八九捕まえられる。」
「で、あの街に居たんですね。他の街も手分けして見回ってたから、あそこには2人しか居なかったのか…。それで、さっきのコインランドリーってなんですか?」
「俺のミスだった。」
結はきょとんと羅謝を振り返る。彼は相変わらず目も合わせずに続けた。
「あの街じゃァほとんどの家に洗濯機がある。そんな中で、大量の洗濯物をコインランドリーで洗ってる奴が居たら、洗濯機が壊れたか旅行中かの2択。で、ファオマ帝国に近い街なんだぞ?仕事熱心な狩り隊なら尾行ぐらいする。事実、お前が逃げるまでただ追ってくるだけだっただろ?
…悪かった。俺が行けば良かった。」
ぼそ、と付け足された言葉に、結は暫く反応を見せなかった。いつもの穏やかな青年の表情を被ったまま、表に出さず処理しきったのか、やがて苦笑した。
「やだな〜、ワザと俺にコインランドリー行かせた訳じゃないんでしょ?ならいいじゃないですか。みんな無事で良かった。」
飛鳥はそうねと笑って頷いたが、女医とリモンドは目を眇めて彼を観察していた。蓮が全員をサッと見て、少し大きな声で
「確かに、視力が悪くても、目で追ってけばギリギリ尾行くらいは出来るかもね。すぐ見つかりそうだけど、実際に結くんも気付いたんだし。」
「そうね。あっでも、なんで仕事中にコンタクトしなかったのかは不思議じゃない?眼鏡なら交戦中落としそうだけど。」
「コンタクトだと、今度は腐敗の魔術が使えなくなんだよ。」
口を挟んだのは腐敗の<使者>だった。彼は自分の翡翠の瞳を指差し(実際の指先は泣きぼくろを示しているようにしか見えなかったが)、説明を足す。
「ここに居る奴は全員知ってるだろうけどォ、腐敗の<使者>は体液全般に"腐ら"せる力がある。強さはまちまちだけどな。要は、涙に触れてるコンタクトなんて、腐敗の<使者>を"コピー"した途端、ドロッドロになって目ェ使い物にならなくなるだろうって話。」
「へぇ…。目にゴミが入った感覚に近いんですか?それとも目に入れちゃ駄目な薬品的な反応?」
結が変な訊き方をする。リモンドが足を切ったときもそうだが、どうにも結は怪我ですら「論理的に説明・原因解明したい」みたいな考え方なようで、端から見てるとサイコパス味を感じてしまう。多分、単に知的興味と敵への利用可能性を考えてるのだろうが。…それはそれで怖いか?
「うーん、分かんねェ。やったこと無いしなア。痛そうだから嫌だ。」
「ですよねー。まあ、複製の<使者>が視力に問題を抱えているのは、ほぼ当たりなんじゃないですか?…あれ、でも昇降の魔術は使えてましたよ?」
「あれは確かに気流とかみえるけど…視力とは別の"みる力"だからね〜。と言う訳で、複製の<使者>に会っちゃったら参考にして。後、ファオマ帝国で聞いてきた<悪魔殺し>の話しとこっか。」
<悪魔殺し>の製作状況などを説明して、今日はお開きになった。帰り際に、女医が声をかけてきた。
「なぁおい。明後日、結を借りれるか。」
薄浅葱色の双眸は、垂れた前髪に邪魔されることなく、こちらを射貫いてくる。何を言いたいかは分かった。結を少し揺さぶる気だろう。
「そーゆーことは本人に訊きましょ〜う。」
笑顔で結を押し出す。え?え?と戸惑った青年の声は、教科書の丸写しみたいだった。バレてるからね、結。僕もそうだから、こんなにはっきり分かるのだろう。
「えー…。急じゃねェ?明後日なら、俺代われっけど。」
あくび混じりに羅謝。女医は呆れ顔を見せたが、それも彼は見ていなくて、飴の袋をガサゴソしていた。だが、その瞳の色に気付かぬ関係の浅さでは無い。女医の思惑に気付いた上で、結を行かせたくないのだろう。僕が肩を叩くと、不満気に睨まれた。
この様子なら、結と相棒を仲良くさせよう作戦は成功したらしい。
「あ、大丈夫ですよっ。明後日ですね、何時に何処ですか?」
素直そうな笑顔の青年と、とてもその話し相手とは思えない無表情さの女。
「ここ、午前8時。」
「早…。えー、今日明日は徹夜ゲームする気満々だったのにな〜。」
悪戯っぽい笑顔。女医はそれに応じずに外へ出た。羅謝からのあっかんべーには気付かなかったらしい。




