【クッション材】ラオメ
『そうか。諦めろ。』
我等が女神の返答は実に簡素だった。そうだろう、彼女ならそう言うだろう。僕は溜め息を飲み込んで電話を切った。
光羅謝転向の一報が「ありんこ」の通話グループにて伝わると、一同はそれを静かに受け入れた。
僕達の間において、"裏切り"は無い。ビジネス的な同盟。情に厚い飛鳥ですら、返事はゆいと僕を労るもので、直接光羅謝の行為に触れることは決して無かった。彼の行動に関して批評することは価値のないことだと理解しているらしい。
『しかし二大強力魔術が減るのは痛手だな。』
『あたしが埋め合わせるわ。』
『奴と会敵した場合、武器頼りのうちやレリは不利かも。』
『飛び道具なら多少…。網で捕獲するとか、強化条件に触れない方法が良いでしょう。』
『その前に各々拠点を移動するべきだ。羅謝くんは全員の居場所を知ってる。』
『俺は移動しないぞ。誰かこの闇医者の護衛を代われ。』
『私も動かん。ここが実質囮になっちまうが…まあ仕方があるまい。おチビ、武器のストックをそれぞれに回せ。リモンド、手伝ってやれ。』
『承知しました。』
『ラオメ、ゆい。今となってはお前等も"腐る"対象の可能性があるだろう。』
ぐぅと喉が鳴る。
そうなるべきなのだろう。理解している。でも実際にそうなれるかどうかは、また別で。
彼を嫌うことなんて。
『"今となっては"って?元々じゃないの?』
不審がる八重ちゃんの声が、ひどく遠く感じられた。僕は直したばかりのソファの上で膝を抱き締めた。
「分かってる。大丈夫。」
『ん。ゆい。』
「これで"腐ら"ねー方がキモいっすよ。」
『そうか。
さて。各々策を考えていただろうが、奴のことも考慮したものに組み直してくれ。ある程度の形が出来たらすぐ知らせるように。』
僕は窓の外を見やる。風も無く晴天で、気持ち良さげに鳥が空を泳いでいる。来世は鳥がいい。渡り鳥じゃないやつ。大きくて、強くて、なんでも食べれますみたいな鳥。
似てる。
息が詰まった。
「ラオメ。」
はっと振り返る。上目遣いにゆいが僕を窺っていた。
「何。」
「スマホ、消さないの。」
指で示された方を見る。これまた直したばかりの机の上で、スマホがずっと唸っていた。通話が切られたのに放置していたのか。気怠く思いながら僕はそれを黙らせた。
「悪い。ぼーっとしてた。」
「うん、知ってます。」
疲れましたね、と弱った微笑を浮かべるゆい。電話の内容の話だろう。うん、疲れた、と呟く。我慢していた息を吐いた。
「ひとつだけ、空気読めない質問していーすか?」
「どうぞ。」
間があった。息を吸う音。ちらと見やると、ゆいは真っ直ぐに僕を見ていた。
「おれー、光羅謝はあんなことする人だって、思えなくって。意味分かんなくて。だから、ラオメはどう思いました。納得した?」
「納得はした。あの人が家族思いなのは知ってる。家を出たのも巻き込まない為だったし。…でもね。」
小さく笑い声が漏れる。可笑しい、と言い切れるほど明るい心境でもないのに、笑う以外に方法がなかった。言葉がなかった。僕は暫く、それなりの言葉が訪れるのを待った。
「…馬鹿な話、僕自身が彼等に劣るとは思わなかった。」
彼は、自身の家族と同等に、僕を愛していると思っていた。馬鹿だ。馬鹿な勘違いだった。
「だから羅謝は行っちゃったのかな。僕の傲慢が不満だった?僕はどうすればいんだろ。どうすれば良かったのか…。もう一生会えないのかな〜…。」
吐く息が揺れた。上を向いてやり過ごす。ゆいは反対に俯いていた。諦めたらしい。きっと僕も諦めるべきなんだと思う。でも出来ないから、僕は尋ねた。
「ねぇゆい。僕等に話してくれたのは、何処から本当で何処から嘘だと思う?」
「そんなーおれも、分かんねーすよ…。」
嗚咽が聞こえてくる。ねえメーシャ。この子のこと可愛がってたじゃん。双子ちゃんみたいにさ。彼等とこの子、何が違うの?年数?血?
「好きな人が好きとか言ってた 癖にね。あの言葉自体が嘘だったのかな…。」
「…わかん、ないです。でも、光謝羅ってそんな人じゃー無くないすか?」
首を戻して青年の後頭部を眺める。
「あんなにあっさり敵に寝返る奴でも無いと思ってた。家族のこと考慮しても、もーちょい粘ると思ってた。そうゆう奴だって。違かったのかもね、僕等にとっての"光羅謝"と"本物"は。」
「でっでも!」
顔を上げたゆいが、べしょべしょの顔で尚も食い下がろうとするのが、何故か導火線に火をつけた。
「僕にとってあいつは!寂しがり屋で痛いの嫌いで雑で、変なキャラの大ファンで、ブラコンでシスコンで年下好きで、自然体で生き抜いちゃう馬鹿で阿呆で強くて優しい、僕の二十年近くの相棒。それが光羅謝。でも本当は?知らないよ!あれが嘘ならあいつの本当なんて、僕知らないよ…。」
ゆいが身を引いた。その動きで僕は我に返る。髪が暴れて危なかった。僕は魔術に逆らって無理矢理髪を摑んでまとめ上げる。気持ちが落ち着くまでこのままがいいだろう。
それは、いつまでだろう。
「おサカナの助が好きなのも嘘だったんすかね。コレクション全部置いてって…。」
たしかに。すぐ横にあったクッションに手を伸ばす。なんでリビングに持ってきたのかも謎のままだ。半ば腹いせにべしゃっと揉む。
僕は目を瞬いた。




