【再演】ラディ
死体が腐敗の<使者>か確かめるよう連れてこられたとき、僕はすぐに彼等に気付いた。
死体の側に立つ、腐敗と解体の<使者>。支部から連れてこられた狩り隊員だったろう死体。狩り隊の面々は気付かないのに、はぐれ者の僕が分かるのに、何か薄ら寒い感じがした。
「え、おっそー。」
その声は、結と颯の中間のような声色で。
怯んだ隙に全てが終わっていた。手加減したつもりはなかった。殺す心構えは出来ていた。だけど一瞬躊躇ったそれが、重要だったのだ。
颯のことを考えてしまったその一瞬が、人生を変える重い一瞬だった。
「恐らく、彼等は分かっていたのでしょう。」
津波のように襲って来た驚愕と絶望がすべて体に染み込むと、全員がある程度は冷静になっていた。いや、単に諦めかけているだけかもしれない。どちらにせよ、狩り隊の面々は僕の言葉を聞く姿勢を見せた。
「今回、ロップ国支部だけでは人員が足りない。きっと他の支部から人を呼ぶ。だから、その隊員を殺して、彼等に成りすませば、狩り隊基地に堂々と入れる。」
来たばかりの他の支部の者達相手では、しかも他の支部を見下しがちなロップ国支部の面々なら、本人でないとは気付けないだろう。僕は魔術の強化条件のせいで人をよく見るため気付いたに過ぎない。
そうして3人は、敵本拠地に乗り込んで、まんまと心臓を潰した。この隊を滅ぼすに足る心臓を…。
3人の内の1人がトイレと偽って退室し、SLAY生産場所に乗り込む。2人は狩り隊の大部分が集まっている広間で監視をし、その間に1人がSLAYのタンクに火をつける。爆発を合図に2人が外へ。昇降の<使者>なら外へ落ちて来た2人を拾って逃げ切れる。実際、その計画は成功している。
「では何故SLAY生成部屋が北側だとバレていたんだ!」
それだけは、僕は説明しなかった。
「分かりません。」
スカイミストの双眸が思い出されてならない。
「少し出ます。」
僕は外に出た。彼が居る筈がない。頭では分かっている。だが妙に、居る、と思えた。
居て、会って、しまうのだと。
●Sådan vil jeg gerne være●
公園はいつも通り人気がなかった。僕は曇り空の下、辺りを見回す。
「…。」
ここで最近、何人に出会った?
夕、ツキ、通。颯…。
何故こんなに立て続けだった?兄弟だから?ツキの行動の様子見?
ツキは解体の<魔女の使者>だった。
確かに夕は"ツキ"とか"姉"とはひと言も言わなかった。ずっと"あの人"と。僕がツキのことだと勘違いしただけで、夕はずっと解体の<使者>の話をしていたのだろう。
とも解釈できる。
それは真実か?
じゃあ解体の<使者>は何故ツキに変装してまで僕に近づいた?
さっき訊かれた質問。
"何故SLAY生成部屋が北側だとバレていたんだ!"
解体の<使者>はツキに成りすまし、僕から狩り隊の内部情報を抜き取ろうとしたのでは?
でもツキは失敗した。
そして、別の人物が成功した。颯だ。
僕は、颯に口を滑らせていた。"僕の働いている北館はね、一番SLAY反応武器を作るとこに近いんだ。"彼が解体の<使者>にそれを教えることで、3人はSLAY生産場所を知った?
解体の<使者>の暴走を止めるために来ていたらしい彼が、情報を伝えるか?
「もしも僕があちら側なら。」
情報を抜くためのトラップが1人じゃ、心許ないと思うだろう。
数うち当たる。何人も_出来れば違う見た目や性格の人達がいいだろう_用意して、一斉に目標人物へ仲良くなるよう仕掛ける。その中の誰かに引っ掛かればオーケー。はなから全員のゴールは目指してない。1人のゴールで全員クリア。誰か1人がトラップだとバレても、他のメンバーがバレない内は計画は生きる。
要は、そういうことだったのでは_
「あ。」
「ん。」
ベンチに座っている青年が居た。
彼は夕のように柔らかな手つきで、ツキのように賢しい瞳で、通のように軽薄な微笑で、颯のような堂々とした態度で、座っていた。
「…要するに君は、最初から1人だったんだね。」
あははーあっと笑う陽気な声。僕は微かにたじろいだ。
「夕もツキも通も颯も、会ってないけど望って人も、居ない。彼等は全員、君_解体の<使者>だったんだね。」
彼はにんまりと笑んだ。
「おっそー。」
紺の髪が揺れる。青い目にかかるくらいの長さ。
「…全部、演技だったの?」
「_さあ?奴等にとっては本音かもね。でもおれにとっては嘘ばっかりだった。」
服の裾を握り込む。長く着ている筈なのに硬い感触がした。
「…多重人格?」
「多分違ーう。おれは意図的に分けてるから。だから記憶もあるし、意思もベースは"おれ"だし、オンオフも基本ジユー。…こんな風に使ったのは流石に初めてよ?」
からりと笑い声。僕はベンチに向かい合う位置に立った。
確か、解体の<使者>として対峙したときは1つのヘアピンで前髪を持ち上げていた。ツキのときは2個で横髪。通のときは右半分を4個で持ち上げる。颯のときは5個でオールバック。夕のときは左右に3つずつの計6個。
3が跳んでいるが…ほぼ数が揃っている。
"分けてる"か。
「ツキの変装に気付いた時点で、考えるべきだった。全員が君である可能性を。」
「あーね。それはそ。」
「"髪型、服装、体形、表情…。"ツキと同じ騙し方だったのに、気付かないなんて。」
「騙してはねーし。そっちが勝手にラブっちゃっただけっしょ?フフッ。」
「カラーコンタクトで目の色を変えて、手袋や袖で手を隠す。顔が似てるのはきょうだいだから、で誤魔化せる。喋り方を個性的にしたのもバレないようにだったのかな?」
彼は背もたれに肘を付く。
「考えてみれば、颯があのとき狩り隊の支部近くまで来ていたのは、偶然にしては出来過ぎてた。何より、僕が"コピー"したときの心の声が"どーこ居るかなぁ…"。恐らくだけど、君はあのとき僕を探しにあそこまで来ていたんじゃない?」
心の声と聞いて彼は訝しげに眉を上げた。複製の<魔女の申し子>が、暴走中は心の声や視界を"コピー"出来ることは、<使者>でも知らない者が多い。
「あれは、君の仲間の操作の<使者>達が、狩り隊を圧倒した直後だった。君はその知らせを聞いて、弱った僕なら情報を漏らすかもと予想し、あそこまで駆けつけたんじゃない?」
僕が自発的に口を滑らせたのは、彼には僥倖中の僥倖だったろう。
馬鹿な怪物だと嗤っていたに違いない。
「せいかあーいっ。」
足を組み替えながら彼はからからと笑った。
「いやね?ここまでする気はなかったんだけど。とある女神様を傷つけた罪があるらしいじゃん、アンタ。その女神様が割とおれに女神様だったから、ちょっと復讐のお手伝いをと思ってさー。」
「女神様…?」
傷つけた相手は何人も居る。解体の<使者>もその1人の筈だ。だけど一応、人間しか相手取った記憶は無いのだが。
僕の疑問に答えず、彼は笑顔を浮かべた。その破顔に鳥肌が立つ。その顔も声も間違いなく颯のものだった。
「ねーー、ラディ君。」
「…っ!」
「…あんときさーー…一緒に来てくれなかったの、寂しかったー。」
「えっ……?」
白い空の下でも木が青々としていることに、僕はふと気が付いた。幽霊のようにゆらりと立ち上がった彼は、固まっている僕の耳元に口を寄せた。頬に靭やかな髪が擦れる。低い囁き声が鼓膜を揺らした。
「なーーんてな。ホントは大嫌いだよーー。」
その声は確かに、彼自身のものだった。それでも何故か、あの日に雨の中で逃避行へ誘ってくれた声に似ていて_余計に暗転が素早かった。
そのまま彼は公園を去った。曇天から雨粒が落ちて、僕に当たって、砕けた。
口の中に塩気が混ざり僕は苦笑する。
実は僕ね。来世は、貴方と生きたかった。天国よりも、貴方と。




