【大音声】飛鳥
足音を鳴らす。意図して、力強い音が鳴るように。隣から聞こえる足音は多分、自然体で成立していた。自然体で、威圧的だった。
「…いいの?」
その威圧男に囁きかける。彼はパッションピンクのウィッグを微かに揺らし、ちらとあたしを見た。
「はい。」
明瞭にそう言い切ると、彼はまた前を向いた。何が、とは訊かなかった。彼も、少しは不安なのだろう。
正面では蓮が歩いている。
狩り隊との交渉の場に、蓮も同席する気らしい。なまじ強い魔術を持つあたしには、何も手段のない彼が無謀に思えてならない。しかし、彼が、恵まれた体躯も特別な力も無しにあらゆる危険に真っ向ぶつかってきたのも事実。そして、それを最もよく知る男は、黙って彼の背を見詰めているのだ。
「あたしの口出しする話じゃないわね。分かった。」
「まぁあまり危険なときは、撤退させるのを手伝って頂きたいですが。」
「あの蓮を?大分、無茶なこと言うわね。」
「百も承知です。」
ちょっと笑い合ってから、あたし達はまた足音を鳴らした。
「誰だ!!」
蓮が広間に入るとすぐ、誰何する叫び声。しかし蓮はピクリともしない。目を隠すサングラス(蓮は拒否したがリモンドが無理矢理つけさせた)越しに、辺りを見回した。
「投降を勧めます。」
部屋中に声が広まり、清められたように静まる。
が、一拍置いて余計にうるさくなった。
「その服は狩り隊のものじゃないか。どういうことだ!」
「狩り隊施設への無断侵入は重罪だぞ!」
「撃つぞ!」
蓮の後ろからのっそりと手を伸ばし、リモンドが彼の肩を引いた。目は狩り隊から一瞬も離さず、蓮はリモンドと前後を代わる。
「動いたらブッ飛ばすぞ。」
開口一番物騒過ぎる台詞を吐くリモンド。狩り隊も前に出てきた男に見覚えがあるのだろう。一気に場は戦場の空気へ変わった。
「増減の<使者>か…。成程、狩り隊の拠点を潰しに来ましたってか?」
「いーや?狩り隊全部を潰すんだ。だが、俺等としてもむやみにぶん殴りたい訳じゃねぇから、お互い今までのことは全部水に流そうぜっ?」
柔らかな低音が、いつもの穏やかさからは考えられない粗暴な流れ方をする。この人の本性は一体どれなのか、と考えて、すぐに止めた。人の心に、偽も本性も無いのを、幼少のときよく思い知った筈なのに、未だにこんなことを考えてしまうなんて。
とん、と押せば、ぱたん、と変わりうる。それが人間。
「おいおい…。ここに何人の狩り隊が居ると思ってる。その上こっちには<悪魔殺し>があるんだぞ。死にに来てるようなもんだ。」
ダミ声が響く。彼は側の若い隊員に命じた。
「<悪魔殺し>の準備をしろ。貯蔵室からありったけSLAY反応武器を取って来い。」
「待って。」
さっと蓮が前へ飛び出す。サングラス越しですら分かる。マリーゴールドの瞳の中で、夏の陽を浴びた炎が回る。気圧されたと見え、狩り隊の全員が固まった。あたしも息を潜めて見守る。
「…。」
その中で、唯一動くパッションピンク。
「さん、」
彼は横目に蓮を確かめながら、快活に声を張った。僅かに視界に入るだけで、彼等は十二分に通じるらしかった。
「に、」
漸く狩り隊が身動ぎし始める。ダミ声で何か指示を出した者も居たが、それが通ることはなかった。
「いち、」
リモンドの口がぱっと開いた。
「ばーんっ。」
バアアーーンッ!!
「何の…音だ…?」
狩り隊の全員が戸惑いを隠せずにきょろきょろする。建物が揺れる中、あたし達3人は来たる彼を待っていた。
「ほっ、報告します!」
丁度駆け込んでくる狩り隊が1人。
「後にしろ、今立て込んでいるんだ。」
「いえ、同じ件だと思われます。爆発したんです!」
爆発?と聞き返す声が複数上がった。蓮が、細く息を吐く。後戻りは出来ない、正念場だ。
「SLAY生産タンク、SLAY反応武器、共に爆発!使用できる<悪魔殺し>は、現状ありません…!」
シン、と辺りが静まり返る。呆然とした沈黙が、狩り隊の面々を覆い尽くした。
それを破る、スナック菓子のような軽い笑い声。
「アハハっ。ね、だから彼が言ったでしょ。"投降を勧める"。」
「ふざけるな!」
ダミ声が爆ぜた。
「一体何が起きたんだ!見張りは何をしていた。説明しろ。誰がどうやって、全て爆破するなんて、そんなとんでもないことを…この一瞬で…。」
報告係の彼は襟を摑み上げられ、目を白黒させている。我慢できなかったのだろう、蓮が声を張った。
「オレが説明します。オレが、やりましたから。」
狩り隊の視線が蓮1人に集まる。リモンドは嫌そうな顔をしたが、止めはしない。
報告に来た男性は、蓮が協力を求めて寝返らせた、SLAY生産場所の見張り当番だった(どうやって寝返らせたんだか…)。巻き込んだ以上、彼の安全への責任を感じているのだろう。
「"オレがやりました"?馬鹿を言うな!爆破音の聞こえた瞬間、お前はここに居ただろ。まだ仲間が居るんだな?隠したって無駄だぞ!」
鉄砲玉のような思考回路に呆れつつ、蓮を見やる。彼は淡々としていた。
「時限爆弾ですよ、即席のね。」
ノコギリをギコギコやる手つきをしつつ、
「タンクに穴を空けて、そこから油を吸ったロープを垂らす。そのロープの端っこに火をつける。これで時限爆弾の完成です。…上層部に近い方ならご存知でしょう、SLAYの弱点を。」
弱点…?
仰天したのはあたしだけでなかった。リモンドも、それどころか狩り隊すらも、蓮以外の全員一人残らず、目を見張っていた。
「あれっ?」
今度はそれに蓮が驚く。彼は周りを見回し、狩り隊の上役っぽい人達すらびっくりしているのを視認すると、その瞳に血濡れた牙のような昏く鋭利な光を滾らせた。
「嘘だろ…。誰も…伝えられていなかった…?」
青ざめた顔の中で、赤みの強いマリーゴールドだけが熱を保っていた。炎のような危うい熱を。
「伝えるって、何を?」
報告役の男性が目を瞬いた。蓮は何故か切羽詰まった形相で狩り隊を見回した。
「誰かっ誰か聞いたことはありませんか!SLAYは」
彼の声は僅かに震えていた。
「可燃性ガスだと。」




