第四十九話 後悔
「お悩み…ですか。」
なかなか急な話だ。
前にお話しした時も確かにベリメラ様について何か話したそうだったけれど、それならやっぱりアポを取って家に来た方が確実に話せるでしょうに。
「急にこんなことを申し訳ありません。自分で解決しようと思っていたのですが、今日もアリシア様がいらっしゃっていると聞いてこれも神の思し召しではないかと…。」
なるほど、そういうこと。
まあ確かに誰かに相談しようか揺れているところに関連しそうな人が現れたら、運命的な何かを感じずにはいられないでしょう。
敬虔な信徒の公爵なら尚更。
でも困ったわ。ベリメラ様のことには手を出さない方針だったのに、向こうから話を持ちかけられたら応えないわけにはいかない。
ここまできてのらりくらり話を躱すなんて不誠実だし。
「…やはり難しいですか。」
「えっ?いえ、そんなことは…。」
閣下が寂しげに顔を伏せた。
顔には出してないはずなのに…流石は外務大臣の洞察力と言うべきかしら。ルイと話してる感覚に近いわ。
閣下がこれで引いてくださるならいい…のかしら。でもなあ…。
正直相談することでベリメラ様の行動が変わるのはちょっと怖いけれど、どうせ閣下が動こうとしているなら私が相談に乗っても乗らなくてもあまり変わらない気がする。
…いっそ相談に乗ってしまおうか。
「よろしければ話してくださいませんか?私でよければ、ご相談に乗らせてください。」
「本当ですか?!」
まあ想定とは外れてしまうけれどいいでしょう。
マルガさんと殿下に関しては私が頑張るということで。
これでベリメラ様の被害者が減ると思えば悪くない。それにここで恩を売っておけば孤児救済に閣下も手を貸してくれるかもしれないし。
「では…相談したいことは私の娘、ベリメラのことです。」
「ベリメラ様の…。」
予想はできていたけれど神妙に頷いておく。
閣下は何かを後悔するように強く目を瞑った。
「アリシア様もご存知でしょうが、あの子は残酷で思いやりのない子になってしまった。私の責任です。」
「…人の性格というものは、親だからといって決められるものではありません。あまり閣下が自責するものでは…。」
「いえ、私は甘やかしすぎたのです。なかなか家にいられず、それを悪く思って請われるままになんでも叶えてしまった。だからあの子は自分を神のように思って、人の気持ちを慮らない子になってしまった。」
わがままな子供が育つ典型のような育児ね。でも、それだけかしら。
正直言って、生まれ持っての性分が1番大きいと思うけれど。
「私も両親からは叱られた記憶があまりありません。母は淑女として厳しく指導してくれましたが、7つでその教育が始まるまではなんでも甘やかされてきましたよ。」
「実は、私もそうなのです。私は両親も、教育係も他の使用人も、すごく優しく…本当に人に恵まれてきました。」
あら、閣下も同じなのね。まあ貴族は大体そんなものか。
テオのことも私は一度も怒ったことがないし。
「だから娘もそう育てればいいと思ってしまったのです。優しくすれば、きっと世界を愛せるようになると思って。」
「間違っていないのでは?」
「そうでしょうか…どれだけ自分が優しくしようと努めても、それが正しいとは限りません。」
否定はできないけれど寂しい意見ね。
そりゃあ元々の性分とかはあるでしょうけれど。
私はあの老婦人に優しくしてもらったから今こうなっているわけで、少なくとも良く作用することはある。
でも口ぶりからして閣下には苦い経験があるんでしょうね。
「アリシア様、少し脱線しますが、昔話をしても?」
「ええ、もちろん。」
「これは、私がまだ若造で、王宮に仕え出した頃の話です。」
閣下の目が悲しげに下を向いた。
閣下も貴族として学園を卒業していて、その後王宮に仕えたはずだ。
多分その頃は前アスラーン公爵がまだ外務大臣で、閣下は見習いのような形だったのだろう。
「さっきも言ったように私は甘やかされて生きてきました。だからその当時は今よりもっと楽観的で呑気で…人に悪意があるなんて思いもしなかったのです。」
「悪意、ですか。」
「はい。宮中には様々な悪意が渦巻いていました。政敵を蹴落とそうとする者、自分の利益を優先し市民のことなど毛ほども考えない者、人の幸せを憎む者…。」
それはそうでしょうね。
特に当時は今よりも飢饉や戦争が近くてピリピリしてたはず。保身1番で人のことは顧みないような人が溢れていてもおかしくない。
「入内した私は希望に満ちていました。これから自分は国を良くしていくのだと思っていました。」
「けれどそうはならなかったと?」
「はい。位の高いものしか政治を動かせないのにその地位に就くのは貴族だけ。そして貴族たちは自分の利益しか見ていない。」
そう言って更に眼差しを暗くした閣下は、それでもほんの少し懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「けれど、1人だけ崇高な志を持つ官僚がいたんです。」
「崇高な志…?」
「はい。彼は平民でしたが優秀で、特待生として学園を卒業し官僚になった男でした。そして民の暮らしを良くしようと奔走していた。彼と友人になることができたのは私の最大の幸運でしょう。」
「素敵な友情ですね。」
本心から出た言葉に公爵は悲しそうに首を振った。
残念ながらその友情を保ちながら改革とはいかなかったようだ。
「彼は保守派の貴族の目について、圧力を受け、気づけば王宮から消えていました。今どこにいるのかもわからない。」
「それは…。」
口には出さないけれど、私も閣下も同じ想像をしているだろう。
その官僚が無事なのかは分からない。
貴族だって敵対すれば危ういのに、後ろ盾のない平民なんて、高位貴族からしてみれば残念ながら吹けば飛ぶ命だ。
「私は権力だけあって何も成せなかった。彼を目障りに思う貴族がいたのを知っていたのに、貴族たちに優しくすれば彼らも考えを変えてくれると思って能天気に笑いかけてしまった。」
尊い精神だけれど、そのやり方は悪手でしょうね。
アスラーン公爵家が味方についたと思って彼らはさらに増長したはず。
私の顔を見て閣下は自嘲気味に笑った。
「ご想像の通りです。彼は私に何も相談してくれず、私は友を失った。そして王宮が怖くなって1人で貴族に立ち向かうこともできず、外務大臣になって諸外国を飛び回るようになりました。」
「…貴方様の後悔は否定致しません。私も同じ立場なら一生悔やむでしょう。ですが、少なくとも閣下が外務大臣になられたのは良い結果をもたらしたと思いますよ。閣下にとっては逃げだったのかもしれませんが。」
どの道アスラーン公爵を襲名するのであれば外務大臣になるのは必定。
他国から評判がいいらしいことを考えると、この国にとっては閣下が外務大臣になったのは良いことだと言えるだろう。
失ったものが戻らない以上慰めにはならないだろうけれど。
「…ありがとうございます。…話を戻して、ベリメラのことなのですが。」
「はい。」
「あの子の残忍な性格はこれ以上見過ごせない。だからあの子がこれ以上誰かを傷つけないようにしないと…。」
「閣下がそうお話ししてみては?叱られれば考えが変わるかもしれませんよ。」
そんな簡単に変わるなら悪役令嬢なんて役割を担うことはないでしょうけれど、初めて父親に叱られれば何か思うものはあるかもしれない。
「実はベリメラの問題に気づいてから何度か叱ってはいるのです。けれど何の効果もなく…。」
「奥様はどのようなお考えで?」
「妻は興味がないようです。ベリメラが目の前で人を打っても、人を踏み台にしても、飼い猫の方が関心があるのだと。」
「飼い猫?」
「ええ。妻は相当な愛猫家で、家に何匹も猫を飼っているのですがそれ以外にまるで関心がないのです。ベリメラはベリメラで動物の毛や臭いがつくのを嫌がって妻には近寄りたがらないし…。」
アスラーン公爵夫人の猫好きの噂は有名だ。でもだからと言ってそこまでとは。
私も猫は可愛いと思うけれど流石に人への関心を失うほどじゃない。
「つまり奥様は頼れないと。」
「そうですね…。」
「そもそも、ベリメラ様はなぜ人を傷つけるのでしょうか。」
楽しいから?それとも寂しさを紛らわすための行動が日常化してしまった?それとも沸点が低くて怒りを抑えられないから?権力を行使せずにはいられないから?
娯楽のつもりならもっといいものがいくらでも用意できると思うのだけれど。
「私も気になって聞いてみたのですが、ただ一言、自分は偉いのだから当然だ、と。」
「アスラーン公爵家という身分があるから許される、そういうことですか?」
「そうなのでしょうか…とにかく自分の行動が非難されるようなものだとも分かっていないようで…。」
許す許さないの前にそもそもジャッジされることを考えてないのか。
そもそも常識が違う。これは説得するのに骨が折れる。
「修道院に入れてしまえば話は早いのかもしれませんが…。」
「そうですね。ベリメラ様1人の力で修道院長に抵抗したり逃げ出したりすることはできないでしょう。大人しくせざるを得ません。」
「けれど、一度入ったら抜け出せません。あの子が今後一生息苦しく何の楽しみもなく過ごすのかと思うとその決断に踏み切れなくて…。」
それが甘いんじゃない?
さっき自分で示唆していたけれどベリメラ様はやっぱり家でも人を虐げてるみたいだし。
まあ身内が可愛いのは理解できますけれど。
「私が腑抜けているのは分かっています。ですが、私のせいでベリメラがああなってしまったのかと思うと私が見捨てるわけにはいかないのです…!」
「でも、このままではベリマラ様はまた人を傷つけますよ。」
社交界で嫌味を言う程度ならいい。私や公爵が間に入ることもできる。
けれど人を踏みつけたり打ったりするならこのままでいいとは言えないだろう。
「もっと明確に罰則を設けては?」
「罰則…。」
「例えば、今後人に暴力を振るったら修道院に送る、とか。」
「それは…。」
閣下は唇を噛み締めた。
多分、厳しすぎじゃないかとかベリメラ様がそんなことできるのか、とかを言いかけたんだと思う。
けれど結局否定しなかったということは覚悟を決めたんだろう。
私も別の方向で覚悟を決めた。
今後もし、ベリメラ様が私の助言のせいで学院入学前に修道院に行くことになったりしたら、殿下に懇願するなりなんなりして私が責任を持って殿下とマルガさんをくっつけよう。
「そう伝えます。」
「ええ。良い方向に転ぶことを祈っております。」
「本当に…。私自身もそう思います。アリシア様、悩みを聞いてくださりありがとうございました。」
「いえ、結局大したことは何も。」
「いえいえ、このお礼は必ず。」
本当にただ話を聞いただけだったわね。
多少結論は厳しくなったけれどほとんど閣下のお考えの通り。
けれど閣下はそう思ってはいないらしく、首を振った私に尚も言い募ってきた。
普段ならただ社交辞令として受け取っておくところだけれど、ちょうどいいし、利用させてもらいましょうか。
「なら、早速ですが一つお願いが…。」




