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「私、今のところ誰にも負ける気がしません。だから守ってもらわなくてもいいのに、どうしてラルス様は何も言ってくれなかったんですかね? 腹が立ちます」
「……相手が力技できたらリラさんも防げるでしょう。ですが、誘惑してきたら?」
「誘惑? 色仕掛けってことですか?」
ハニートラップってやつか。
そりゃ、イケメンには弱い自信はある。
何なら、綺麗なお姉さんも好きです。
でも、ラルス様やアレクさんに優るイケメンがいるとも思えないんだけどな。
「国守の巫女は異界からやって来ていますから、寂しいだろうと心の隙を狙う者は多いでしょうね。また世間知らずでもある。だから自分たちに都合のいいことを上手く吹き込むことができれば、お優しい巫女なら同情してくれるかもしれない。――などと、様々な思惑を持った者たちが近づこうとするでしょう」
「そういうこともあるかもしれませんね……」
私が優しいかは別として、誰かが苦しんでいるのなら助けたいって思うのは当然だもんね。
それが本当なら別にかまわないけど、私を拘束するための嘘だったりしたら怖いな。
そういう意味でも誘惑には気をつけないと。
私、誘惑には弱いんだよね。
ダイエットもすぐに挫折しちゃうし、テスト前でもお気に入りの動画が更新されたら見ちゃうし。
それにラルス様にもコロッと騙されたし、アレクさんにも騙されてたんだよ。
「大丈夫かなあ……」
「リラさ――」
「あの! それでは身代わりを立ててはどうでしょうか!?」
思わず口から不安を漏らしたら、リムさんが勢いよく提案してくれた。
身代わり? どういうこと?
アレクさんも何か言いかけてたみたいだけど、それは後で聞こう。
どうやらアレクさんも気になったみたいで、「しまった」って顔のリムさんに質問する。
「リム、身代わりとはどういうことだ?」
「そ、それは……ポセンア王国でヤモリがリラ様の身代わりを務めたように、身代わりを立てていれば、リラ様に何かあった時にもお守りできるのではないかと……」
「なるほどね」
恐る恐る発言したリムさんの言葉を聞いて、アレクさんは納得したように答えた。
それからじっと私を見るから緊張するんですけど。
何? あれですか。ヤモリですか? ヤモリになるのは私もありだと思います。
別の外敵に気をつけないとダメだけど、自由気ままで楽しかったんだよね。
ペタペタお城の中を探検して、色々な人の話を立ち聞きして……て、これ、かなりいいかも!
そう思ったのに、アレクさんは首を横に振った。
え? 私の心を読みましたか?
「ただ投獄されているだけならヤモリでもよかったでしょう。ですがこれからは多くの者たちが巫女に面会を求めてやってきます。そのときにそれなりの対応ができなければすぐに露見してしまうでしょうね。そして本物を求めて宮廷内は混乱してしまう」
「それはそうですね。魔力に関しては誤魔化せるとしても、対応まではヤモリでは無理ですしねえ」
魔力はラルス様やアレクさんが隠していたように誤魔化せるかもしれないけど、会話まではどうこうできないよね。
無言で通すにしても、いきなり壁にぺたっと引っ付いたりしないとも限らないし、私も自分の名誉は守りたい。
いや、身代わりはヤモリに限らなくてもいいんだけど。
「で、では、私が……私がリラ様の身代わりになるのはどうでしょうか?」
「リムが?」
「リムさんが?」
「わ、私ごときがリラ様の身代わりなどとおこがましいのは存じておりますが、ポセンアでの出来事も承知しておりますし、自分の身は自分で守れます。また私の存在はほとんど知られておりませんから、私が姿を消しても怪しまれることはないかと……」
「でもそれじゃあ、リムさんが危ないよ。私が気を付ければいいだけだし」
「ですがそれではリラ様は自由を奪われてしまいます。リラ様はヤモリとして、ポンセア王宮では自由にお過ごしでいらっしゃいました。今回のイモに関しましても、リラ様は生き生きとしていらっしゃって……。それがこれから制限されてしまうなど、私が耐えられません!」
そりゃ、行動が制限されるのはつらいけど、リムさんに身代わりをしてもらうのは申し訳なさすぎるよ。
っていうか、ヤモリ姿をリラさんにも知られていたのは恥ずかしいな。
誰にも気づかれていないつもりで、王宮内を闊歩してたのにバレバレとか。
「リムが身代わりになるというのは、いい案ですね」
「アレクさん!?」
「殿下……」
少し考えてたらしいアレクさんがリムさんの案を肯定したからびっくり。
ダメだよ。
リムさんは嬉しそうに顔を輝かせたけど、ダメダメ。
「私、自分の身は自分で守れますし、大丈夫です!」
「こうして帝国に連れていく私が申すのもひどい話だとは思うのですが、宮廷にいる者たちは生易しいものではない。悪鬼ですよ」
「あっき……?」
「騙し合いばかりです。その中で自由に暮らすのは難しい。なのに私はリラさんと離れがたく、こうして連れてきてしまいました。その責任はしっかり取るつもりでしたが……」
「私は……元の世界に――家族のもとに帰りたいんです。それを調べるために帝国に行くんですから、アレクさんが責任を取る必要はないんです」
これは私の我が儘なんだよ。
私はお母さん、お父さんに会いたいから帰るんだ。
「……ですが、行動を縛られてしまっては帰還の方法を調べることも難しいかもしれませんよ? そう考えたからこそ、リムは身代わりを申し出てくれているのでしょう」
「でも……」
帰還方法を調べられないかもしれないと聞くと、気持ちが揺れる。
たぶん私が命を狙われることはあまりないとは思うけど、それでもリムさんの自由を奪うことになってしまうよ。
「リラ様、ご心配には及びません。私はこれを任務として遂行いたしますから。ほどほどに息抜きする方法も心得ております」
え? リムさんも私の心を読めるの?
にっこり笑うリムさんはとても頼もしくてお願いしたくなる。
ヤモリだったとはいえ、自由に王宮内を動きまわるのは楽しかったんだよね。
「では、いっそのことリラさんは侍女に扮すればいいのではないでしょうか?」
「私が侍女ですか?」
「ええ。巫女の侍女ということにすれば、たいていの場所には出入りできるようになるでしょう。もちろんその強大な魔力は隠していただかなければなりませんが、巫女の立場よりかなり自由に動けるようになります。まあ、巫女の侍女という立場を狙って近づく者もいるでしょうが、巫女ほどではありません」
「侍女……」
思わず自分の姿を見下ろしたのは、そう見えるかなと思ったから。
むしろそう見えるよね。今日は町娘さんの恰好だけど、メイド服はあんなに似合っていたんだから。
あ、自画自賛です。
「今、この場でリラさんとリムの立場を入れ替えてしまいましょう。早ければ早いほうがいい」
「わかりました。では、私はこの後の休憩で着替えさせていただきます」
「うん。それがいい」
私がぼんやりしている間に話はどんどん決まっていった。
リムさんはメイドさんだったけど、設定を侍女ってことにするらしい。
侍女さん用の服もあるらしくて私はそれを着る。
リムさんは巫女のために用意されたヒラヒラの豪華な服を着てくれた。
動きにくくないのかな? 動作に変わりがないし、すごいな。
この一行の人たちにはアレクさんが幻惑の魔法をかけるらしい。
私とリムさんの顔をぼんやりさせて、そのうち反対に覚えさせるとか。
何それ、怖い。
でもこれは、私が巫女らしくなかった――メイド服を着てたりしたから簡単にできるんだって。
またリムさんもあまりみんなに覚えられないように立ち回ってたから。
さすがスパイさん。
名前はこのままでいいかということで、私はリラのまま。
よかった。リムさんって呼ばれても反応できる気がしないからね。
「では、今から私はリムを巫女と呼びますよ」
「はい。よろしくお願いします、殿下」
「……それではリムさん、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
リムさんには申し訳なくて、深く深く頭を下げる。
でも――。
「でもでも、嫌になったらすぐに言ってくださいね! 無理はしないでくださいね!」
「かしこまりました、リラ様。ですが、私はこの新しい任務を楽しませていただきますから、大丈夫ですよ」
にっこり笑ってくれるリムさんはとっても美人で……。あれ? こんなに印象の強い人だったかな?
そうか、そういうことか。
どうやら私が巫女でいるより、リムさんのほうが適任みたい。
よし、せっかくリムさんとアレクさんがくれた機会なんだもん。
しっかり侍女として頑張るぞ!
間違えた。帰還のために頑張るぞ!




