95話 無実の証明
「上家。お前がここに留まるようになったのはいつからだ?」
まずは、こいつを操っている人間がどんなヤツなのかを探ってみる。
盗賊団『闇の組織』の真のボス。
その正体に繋がる情報が得られれば……そいつの尻尾だけでも掴めればいいのだが……
「ウセロさんに声をかけられて、それからだ」
「犯人あいつかぁっ!?」
尻尾どころか、本体丸ごと捕らえた気分だわ!
「あのウセロとかいう男……本当にろくでもない嘘吐きのようね」
「あぁ。口から生まれたようなヤツだ」
「ふふ、コーシったら……人が生まれてくるのは口ではなくてオトナの……」
「うるさい、黙れ。それ以上しゃべるとお前の部屋を屋外に設置するぞ」
戦闘中はずっと目立たなかったくせに、余計なところでしゃしゃり出てきやがる。
「イジメね、これは……ドメスティックバイオレンスだわ……」
とかなんとか、ぶつぶつ文句を言うスティナをさっくりと無視して、俺は再度上家に向き合う。
「ウセロはお前が転移者だと知っているのか?」
「さぁな。だが、腕のいい魔技師だという認識は持っていた。だからこそ、この街を救うためのアイテムを作ってくれと勧誘されたんだ」
そして、それを自分たちの悪事に利用していたってわけか。
「ジョーカーがアジトに残っておったのはそういう理由があったからなんじゃのぅ」
「あぁ、なるほど。自分たちの本業を上家さんに知られるわけにはいかないからですね」
「ウセロさんたちはこの時間夜回りをしているんだ! ギルドの連中は夜間に民家を襲うからな」
「誰がするものか、そんなこと!」
上家の発言に、グレイスは不快感を露わにする。
まぁ、いくらデタラメとはいえ、自分たちを悪党呼ばわりされるのは気分がいいものではないからな。
「ウセロさんは、オレの案で結成された新選組を一緒に、この街の夜を守っているんだ!」
「新選組? お前、そんなものまで作ったのか?」
「あぁ。もともと武芸に覚えのあるメンバーに、オレが作り出したからくりソードを渡してある。新選組がいる限り、この街に悪党は蔓延れねぇ!」
いや、まさにその新選組のせいで悪が蔓延ってるんだろうよ。
悪党に刃物与えちゃまずいだろう。
しかし、その隊に付けた名前が新選組なのだとしたら、こいつは本気で街の夜回りを正義のために行なうと思っているんだろうな。
悪党集団に新選組なんて名前を付けようとは思わないだろうし。
「まぁ、ここまで聞いただけでも、ジョーカーとやらがウセロ何某に騙されておるように思えるがのぅ」
「そういう演技かもしれぬではないか。周到な悪党ならばそれくらいは容易いだろう」
上家の発言をめぐりニコとグレイスがそんな意見を交わす。
こいつの発言の真意は、確かに確認のしようがない。
現状は心象で語る以外に…………あ、そうか。
「上家。冒険者カード持ってるよな?」
こいつがコスプレーヤーという職業に就いているということは、こいつも冒険者ギルドに加入しているということだ。
「ステータスを見せてくれないか?」
ステータスは、本人の意思で操作することは出来ない。
これまでの傾向を鑑みるに、そこに書かれている文章はその人物、本人の性格を少なからず表しているように思える。
何か手がかりになるかもしれない。
……の、だが。
「断る。ステータスを他人に見せるなんて、弱点をさらすような真似が出来るわけねぇだろ! 特に、薄汚ぇギルドの人間がいるところではな!」
グレイスが不快感を隠すことなく表すが、それをニコが諫める。
そちらは任せて、俺は上家の冒険者カードを見るために、凄く単純な策を講ずる。
「なぁ、上家……お前のステータスが見れないと、エルセが…………死ぬんだ」
「「えぇっ!?」」
見事に食いつきやがった。……上家とエルセが。
いやいや、エルセ。なんでお前まで?
お前は分かるよな? 自分のことなんだからさぁ?
「そ、そそ、それで、オレの冒険者カードを見せりゃ女神様は助かるのか!?」
「あぁ……今以上に残念な娘になってしまう呪いにはかかってしまうがな」
「えぇっ!? そうなんですか!? そんな二択しかないんですかわたし!?」
「それは、仕方ねぇか……」
「仕方なくないですよね!? 上家さん、なんとかならないんですか!? アイテムとか、作るの得意なんですよね!?」
「すまねぇが、サンバイザーがねぇと……何も」
「サンバイザー! 今サンバイザーを持っている人は誰ですか!?」
サンバイザーは俺が強奪して…………あれ? その後どうしたっけかな?
辺りを見渡すと、溶けたマッドゴーレムの下敷きになっている、サンバイザーの無残な姿が視界に入ってきた。
う~わぁ~…………べたべた。
「汚れてても被れますよね!?」
「悪い……オレ、髪型にはこだわりてぇんだ」
サンバイザー被ってたヤツが髪型とか言うか!?
最も髪型を崩しそうなアイテムを愛用しておきながら!
「分かった。しょうがねぇな」
わちゃわちゃ騒ぐ二人を黙らせるために、俺は自分の意見を少し変更する。
「冒険者カードを見せてくれれば、今だけ命も助かって呪いもかからない」
「「凄いお得!」」
物凄く食いついてきた……
そして、上家はキリッとまゆ毛を持ち上げ、俺に冒険者カードを差し出した。
「これで助かる命があるなら、使ってくれ」
……もう、この時点でこいつシロ確定だろう。
とはいえ、折角見せてもらえることになったので、俺は上家の冒険者カードを閲覧する。
盗賊団『闇の組織』のボス、ジョーカーのステータスはどんなもんなのか……
『 名前 :カミイエ・オモチ
職業:コスプレーヤー
レベル:レベルアップのアイテム買わない?
HP:体にいい薬買わない?
MP:不思議な水晶玉があるんだけど?
力:この壷買わないと呪われるよ?
体力:あ、ご先祖様が泣いてる
知能:一日一回お祈りを捧げるだけでいいからさ
素早さ:ウチの宗教入らない?
幸運:今だけ幸運のブレスレットが半額だよ! 』
「もう、初っ端から騙されてるこの人!?」
すげぇ、カチヤの上を行く騙されやすさだ。
こいつ、遺伝子レベルで嘘とか吐けない人間なんじゃないか?
「っていうか、『オモチ』ってどんな名前だ!? どんな字書くんだ!?」
えぇい、ツッコミどころの多過ぎるステータスしやがって!
「『主地』だ」
「字面はなんかカッコ良さそうなのに、残念な名前だな、おい!?」
気の毒で泣けてくるよ!
「いっそのこと、改名とかしてみたらどうですか?」
エルセが、親身になって上家に提案している。
「『大蛇』と書いてみるとか」
「『オロチ』じゃねぇか、それ!?」
「では、『大根』と書いて……」
「『おろし』だな!?」
「『中華料理の出前に使う細長い銀の入れ物』と書いて!」
「『おかもち』! っていうか、『と書いて』の前が長過ぎる!」
他人の名前を面白くしてんじゃねぇよ!
「とにかく、グレイス。こいつを見ればよく分かるだろう? 上家は人を騙せるような人間じゃない。こいつは、ウセロに騙されてたんだよ」
「うむ……そのようだな」
あまりにもあんまりなステータスのおかげで、上家の容疑は無事晴れそうだ。
だというのに……
「違う! オレは騙されてなんかいねぇ! 悪いのはお前らだ!」
上家の考えは変わらない。
軽い洗脳でもされているんじゃないか、こいつ?
ここから連れ出して現実と向き合わせればどちらの言い分に筋が通っているのかよく分かるだろう。
とりあえず、このアジトを離れた方がよさそうだ。
「みんな。一度ここを離れよう。上家とはギルドで話をした方がいいと思う」
「そうじゃの。コーしゃまの言う通りじゃ」
「そうね。私も早く慣れ親しんだ室内へ帰りたいわ」
スティナの帰巣本能が湧き上がり始めている。
……ギルド長室はお前の部屋じゃないからな? 我が物顔で寛いでたけどよ。
とにかく帰ろう。
そういう意見でまとまりかけた時……そいつは現れた。
「させねぇぞ、冒険者ギルド」
ジョーカーの部屋に、厳つい犬の顔をした男……ウセロが入ってきた。
ギラリと牙を光らせて、俺たちを睨む。
「ジョーカーは渡さねぇ!」
吠えるウセロを見て、もうひと悶着ありそうだなと、俺は確信していた。