89話 戦闘開始
空気砲の強烈な一発が壁に直撃する。
「へこみましたよ、壁が!?」
目に見えるほど圧縮された空気の塊が弾丸の速度で射出される。
それをエルセは紙一重でかわしている。グレイスのコスプレがここで効力を発揮しているようだ。
「不思議な部屋なのじゃ。燃えもしなければ破壊も出来んのじゃ」
先ほどから、何度か強力な魔法を放ったニコ。
燃え盛る業火や、大岩のつぶてなど、普通の木造住宅なら全焼、倒壊、完全崩壊していてもおかしくないレベルの魔法のオンパレードだったのだが、この部屋の壁や床には穴一つ空いていない。
木造住宅に違いはないのだが、おそらくジョーカーの作ったアイテムによって守られているのだろう。
「くっ! ヤツめ、速いぞ」
一騎当千。鬼神とまで言われたグレイスが、ジョーカーの動きを捉えられないでいた。
ジョーカーの動きは人間のそれとは大きくかけ離れており、間合いに入ったと思った瞬間まるで亡霊のようにその姿をくらませてしまうのだ。
戦闘開始からすでに二十分ほどが経過している。
状況は、拮抗……いや、やや押され気味だ。
「ふふふ……このコスプレは同時に二つのキャラになりきれるのだ!」
得意げにジョーカーが語る。
二つのキャラになりきれるコスプレ……そんな発想もありなのか。
それなら、使える能力が増える、か。考えやがったな。
けれど、キテレツ以外にあんな格好したヤツいたか?
「これは、オレがキテレツ君に感銘を受けて自作したオリジナルバトル漫画『ダークサイド・ドラゴンスレイヤー・隼』の主人公、『はやぶさ』のコスプレでもあるのだ!」
「どこに感銘を受けたら、キテレツがバトル漫画になるんだよ!?」
お前は何を見ていた!?
この上もなくほのぼのした大衆向けアニメだったろうが!
「『はやぶさ』は、『あ、やばい』と思った時に肉体の概念を捨て無敵状態に移行出来る能力を持っているのだ!」
「チート過ぎるな!? その主人公でお話面白く出来るの!?」
「描いてる俺が楽しければそれでいい!」
なんて自己満な漫画だ!? ……が、オリジナルならそれでもいいのか。
「『はやぶさ』はクールな一匹狼。誰とも慣れ合わない、世界最強の戦士……」
「その世界最強の戦士が、なんで半ズボン穿いてサンバイザーとメガネ付けてんだよ。キャラメイキングめちゃくちゃじゃねぇか!」
そういう孤高の戦士はもっとクールな格好させておくべきだろう。
「感銘を受けたのだ!」
「ファッション性に!?」
感銘受ける場所おかしいだろ、お前!?
「黙れ! 空気砲!」
圧縮された空気の弾丸が飛来する。
が、それはニコの結界が防いでくれる。
なんか、戦闘が俺たちの理解の範疇を超えたので、足手まとい確定の俺とスティナはニコの結界に守られて部屋の隅に避難しているのだ。
「どうするつもりなの、コーシ? グレイスが二人がかりで捕らえられない相手なんて、魔獣以上に厄介よ」
黙って戦況を見守っていたスティナだが、打開する方法は見つからなかったようで、俺へとその難問を丸投げしてきた。
が、どうすると言われてもな……
「あのコスプレに弱点はないの? 何者なのかしら、『キテレツくん』って?」
「いや、あいつが異様に強いのは『はやぶさ』の影響だよ」
なんでもありのチート主人公だ。
手の打ちようがないじゃねぇか、あいつの思い通りに出来るキャラなんか。
もし突破口があるとすれば、さっきジョーカーが言った言葉……「『あ、やばい』と思った時に肉体の概念を捨て無敵状態に移行出来る能力を持っている」……なら、『やばい』と思わせる前に仕留めれば能力は発動しないはず。
どうにかしてヤツの油断を誘えれば……
ジョーカーも、グレイスと、グレイス級の力を持ったエルセの二人に追い回されて疲労の色が出始めている。
もう一手、何かが出来れば、あるいは……
「くっ、しぶといヤツらめ! 『はやぶさ』だけでは太刀打ち出来ないか……なら、『キテレツ君』の力を借りるまでだっ! いでよ、兵士たち!」
ジョーカーの声に呼応するように、部屋の壁から禍々しい魔物が無数姿を現した。
肉体がどろどろに溶けた土くれ人形――マッドゴーレムの群れだ。
「『キテレツ君』の特技、マッドゴーレム召喚!」
「そんなことしたことないだろう!?」
バトルはないんだ、キテレツに!
「カラクリ兵士も合わせて出陣しろ!」
その声に従い、部屋の壁の中から無数のロボットが姿を現した。
部屋を埋め尽くすマッドゴーレムとカラクリ兵士。
「そいつらを血祭りに上げろぉ!」
ギガァァアア! ――と、魔物たちが奇声を上げる。
お前はキテレツ大百科をどんな目で見ていたんだ!? こんなシーンなかったよな!?
「思い込みの力で、作品の本質を捻じ曲げやがった」
「元になったもの以上の能力が使えるというの、コスプレーヤーって?」
それらはすべて『思い込み』による『創造』なのだろう。
厄介だ! こいつはとても厄介な相手だ!
しかし……それなら、こっちだって。
「エルセ!」
コスプレーヤーの特性を、存分に発揮させてもらおうじゃねぇか。
「なんですか、コーシさん?」
「いいかよく聞け……」
思い込みの激しさなら、エルセは誰にも負けない。
「グレイスは、瞬間移動が出来るっ」
きゅぴーん! ……と、エルセの瞳が「なにそれ、興味深い! やってみたい!」と期待の光に満ち満ちて…………次の瞬間、エルセの体が視界から消失した。




