86話 腕のいい魔技師
見取り図に書かれた数々のトラップ。それらはみんな二本線で消されている。
だから、トラップが発動しないのだ。
逆に、マゥルが書き加えた『ぽかぽか気持ちのいいお昼寝のお部屋』の横には、「絶対寝ちゃうぉ」という注釈が書かれている。
故に、この部屋に踏み込んだ者は「絶対寝ちゃう」のだ。
「外トイレも、玄関口のトイレも、みんなここに書きこんだから誕生したんだ」
「本当なの?」
言いながら、スティナが見取り図に何かを書き込む。
今俺たちがいる廊下に『○』を書き込み、その横に「エルセの語尾が『~だもし』に変わる」と書き込む。
「ちょっと、スティナさん、なにやってるんだもし!?」
「どうやら本当のようね」
「お前はホントくだらないことばっかり思い付くよな……」
エルセの足元を見ると、綺麗な円が出現していた。
あの円の中に入ると、エルセの語尾が『~だもし』に変わるらしい。……しょーもないトラップだな、ホント。
「もうもう! 変なことしないでくださいっ。……あ、語尾が戻ってます」
円の外に出ると、トラップは解除されるらしい。
「けれど、これでハッキリしたわね。その見取り図に書き込んだことは実現する……そういうことよね、エルセ?」
「はい、そういうことだと思うだもし…………あぁっ!? スティナさん、円の中に入ってるだもしっ!」
さり気なく、円の中に入ってトラップを発動させるスティナ。
……やめてやれよ。
つか、誰が入ってもエルセの語尾が『~だもし』に変わるんだな、そのトラップ。
「一体、どうなっているのだ、これは?」
意外というか……この状況に一番戸惑っているのはグレイスのようだった。
おそらく、グレイスは冒険者時代からこういうトラップには真っ向勝負を挑んできたタイプなのだろう。
正攻法で罠を回避し、攻略してきたのだ。
なので、こういう裏ワザチックなものに遭遇すると戸惑ってしまうのだろう。
その点俺らは、こういう裏ワザチックなものの方が得意だからな。
「おそらくだが、こいつもアイテムなんだよ」
盗賊団『闇の組織』のボス、ジョーカーは魔技師だと言われている。
そいつが生み出した不思議なアイテムなのだろう、こいつは。
「自分のアジトに、簡単にトラップを仕掛けられるアイテムというわけじゃな……便利というか厄介というか、なんとも評価し難いアイテムじゃのぅ」
「もしかしたら、このアジト自体が、この紙に書かれたことで誕生したものかもしれないな」
紙に書くだけで好きな大きさの家が出来る。
盗賊団みたいな連中にとっては夢のようなアイテムだろう。夜逃げし放題だし、隠すことも、要塞化することも簡単だ。
「恐ろしく腕のいい魔技師ってわけだ、ジョーカーってヤツは」
万能性から言えば、まさしくジョーカーってところだな。
なんでもありだ。
「これは一階の見取り図だ。二階以降も、こんな見取り図があると思うか?」
グレイスが問いかけてくる。戸惑いから脱し、堅実な対策を練る方向へ思考が向いたようだ。
「おそらく、あるだろうな。外から見た感じ、この建物は三階建てだった」
ゲームなら、上に行くほどトラップが巧妙且つ危険になっていくところだ。
みだりに踏み込めば、最悪命に危険が及ぶこともあるだろう。
「では、まずは二階以降の見取り図を入手することが優先じゃの」
「うむ。しかし、手に入れられるだろうか?」
と、生真面目な二人はそんな話し合いを始めるが――
「心配いらねぇよ」
――そんなもんは不要だ。もっと単純に攻略してやればいい。
一同の顔を窺うと……スティナとエルセは俺の考えに気が付いているようだ。いい笑顔を浮かべている。
「じゃ、スティナ。よろしく頼む」
「任せなさい」
言うなり、スティナは見取り図にペンを走らせた。
その途端、目の前に階段が出現する。
「ワープにするかと思ったぞ」
「それだと、帰る時に面倒でしょう?」
おぉ……と、思わず感心した。
確かに、ワープなら一方通行だ。
俺たちは一階の見取り図しか持っていない。だから、あらかじめ帰り道も確保しておく必要があるってわけだ。
うん。スティナに頼んでよかった。
「んじゃ、行くか」
「そうね」
「行きましょう!」
出現した階段に足をかける。
「ま、待つのじゃ、コーしゃま」
慌てた様子でニコが俺を呼ぶ。
慌てているというよりも、戸惑っているという方が正解か。
「これは一体、どういうことなのじゃ?」
イマイチ状況がのみ込めていないらしいニコとグレイスに見取り図を見せる。
そこにはスティナの文字ではっきりと――
『ボスの部屋へ直通の階段』
――と、書かれていた。