87話 魔技師ジョーカーの正体
階段を上りきると、そこは広い空間だった。
まるで研究室のような造りで、部屋の中央には大きなテーブルがあり、壁一面に棚。その棚には、なんだかよく分からないアイテムが詰め込まれるようにして並んでいる。
この部屋は……間違いなく、魔技師ジョーカーの部屋だろう。
「誰も、いませんね……?」
公民館で借りられる会議室程度の広さがあるこの部屋には、人の姿はなかった。
この部屋の主は一体どこに行ってしまったのだろうか……
部屋の中を見渡すも、人の気配はない。
電気もつけっぱなしで、どこかへ出かけてしまったようだ。
……まさか、マゥルのお昼寝部屋に引っかかってるなんてことは……
と、そんなことを考えていると、スティナが眩しそうに目を細めて天井を見上げた。
「なんなのかしら、この部屋……やけに明るいけれど」
煩わしそうに光を手で遮り、目元に影を作っている。
「うむ……少し目がしぱしぱするのじゃ」
「あの天井が光を放っているのか……」
ニコとグレイスも、スティナと同じように目元を覆う。
「この光の正体は、一体なんだというの?」
いや、なんだと言われても、これは電気で…………
「電気!?」
そうだ。
ずっと引っかかっていた気持ち悪さの正体がようやく分かった。
森の中で遭遇した二人組の盗賊。
あいつらが持っていたトランシーバーを見た時に、俺は何か引っかかるものを感じたんだ。
魔技師だから、便利なアイテムが作れるのはいいとして……
トランシーバーなんて発想がどこから出てきたんだ?
あれは、見た目も、使い方も、性能も、まんまトランシーバーだった。
偶然であそこまで似るものだろうか?
いや、アレは『似せて作った』と考える方が自然だ。
そして、街灯などない真っ暗な異世界の夜にも使用出来るように、わざわざバックライト付きのディスプレイまで付けるこだわりよう……
「ここのボスは……ジョーカーは転移者かもしれないぞ」
おそらく、ジョーカーは地球からやって来た人間だ。
そいつが魔技師となり、元の世界にあったアイテムをこちらで生み出しているのだ。
日本やアメリカ、俺たちの元いた世界の文明は、この世界の人間にとっては謎だらけだろう。
俺たちが魔法の存在に戸惑うのと同じような感覚に違いない。
日本では、どこの家にも当たり前のようについているこの電灯ですら、スティナたちにとっては理解の及ばない謎のものなのだ。
こんなものを、知識のない者がいくつも作れるはずがない。
「ジョーカーが……転移者……?」
エルセの顔から血の気がサッと引いていく。
この世界にいる転移者となれば、エルセが連れてきた人物である可能性が高い。
動揺するのは仕方ないか。
「わたしが連れてきた人が、盗賊のボスになって、この世界の人に迷惑を……」
ここに来て、おのれの無責任を痛感したエルセ。表情がみるみる沈んでいく。
どんなものも、見ようとしなければ見えないものだ。
知らないことは知りようがない。
知らず知らず過ちを犯してしまうことは、防ぎようがないことだ。
仕方のない部分も多分にあるだろう。
「わたし……とんでもないことをしてしまったんですね」
「だから、俺たちがここにいるんだろうが」
けれど、それを知り、目の当たりにして……それからどう行動するかでその人間の価値が決まる。
「間違っちまったことを、正すために、ここに来たんだろ?」
「コーシさん……」
エルセ。お前はどう動く?
「わたし、責任を取りたいです」
力強い瞳は、嘘に濁ったりはしていない。
真実を語る瞳は、見ただけで分かる。
そもそも、演技が出来るほどエルセは器用ではない。
「何が出来るかは、まだちょっと分かりませんけど……何かをしたいです!」
生み出してしまったマイナスをプラスに変える。
そのために、俺たちはこの世界へ来たんだ。
「なら、手伝ってやるよ」
「はいっ。頼りにしています」
くすりと笑ったエルセは、初めて会った時とは比べ物にならないくらいに、その……まぁ、あれだ…………いい顔をするようになったと思う。
営業が顔に張りつけている営業スマイルなんかじゃなくて、もっと自然な、いい笑顔をしていたと、思う。
「とりあえず、ここのジョーカーという人が転移者だった場合は、なんとか頑張って別の異世界へ飛ばしてしまいましょう!」
「それ解決になってねぇよ!?」
元の世界に帰してあげて!
いや、その前にどうしたいかを聞こうか? な?
本人の意思を尊重しようぜ、いい加減!
「でも……『ジョーカー』なんて名前の人、知らないんですよねぇ……わたし、日本人しかこの世界へ連れてきていませんから……英語とか、よく分かんないですし」
ってことは、『ジョーカー』ってのはあだ名……コードネームとかってヤツなのだろう。
「あ、でもちょっと待ってください! ……いたかもしれませんね、『ジョーカー・ヨシオ』さんとか……」
「どこのプロレスラーだ?」
それとも、お笑いコンビの片割れか?
「確か、『ジョー偏』に……」
「ねぇよ、そんな部首!? なに、お前『ジョーカー』って漢字で書こうとしてんの!?」
「あっ! 『ジョー冠』!」
「『ジョーカー』にちょっと近付いたけど! ねぇから!」
そもそも『ジョー』のどこを冠にするつもりだよ!?
被り難そうだな、『ジョー』!?
「あっ! もしかしたらジョーカー林さんとこの三男君かも!?」
「ねぇよ! まず『じょーかーばやし』って名前があり得ねぇよ!
――と、そんなことを話していると。
「誰だ、テメェらは!?」
突如、部屋の中に聞き慣れない男の声がした。
おそらく、この部屋の主にして、数百人に及ぶ盗賊団のボス。
そいつはどこからどう見ても、不思議なアイテムをどんどん生み出す日本の代表的アニメ……キテレツくんみたいな格好をしていた。




