84話 接近
三十分ほど経ち、ようやく俺たちの態勢が整った。
「うむ。出遅れてしまったな。急ぐぞ」
もたもたしていると夜が明けてしまいかねない。
まぁ、深夜になった方が敵も寝てしまいそうな気もしないではないが。
「夜が明ける頃には、盗賊たちが全員戻ってきてしまうのだ」
グレイスが言うには、盗賊は夜間に盗みや強奪を行っているらしい。それもそうか。向こうも夜の闇に身を隠したいんだもんな。
そして、明け方近くにアジトに戻ってくると……
「つまり、この時間はアジトの警備が手薄ということね」
ようやく目を覚ましたスティナが会話の肝を確認する。
ウチにはエルセがいるからな。誰かが分かりやすく大事な部分を教えてやらなければいけないのだ。
「スティナの言う通りだ。そして、ジョーカーは夜間の盗賊活動には参加していない」
「つまり……」
エルセが静かに口を開く。
「夜起きていられないお子様の可能性があるんですね」
「お前、ちょっとその口閉じてろ」
そんなとこじゃないんだ、話の肝は。
やっぱ誰かが分かりやすく説明しなきゃダメなのか。
「今がジョーカーを倒すチャンスだってことだよ」
「なるほど! 盲点ですね!」
いや、お前だけだよ、気付いてなかったの。
「とにかく、すぐに行動を起こすぞ。ワタシが先頭を行く。そなたたちはワタシの後に続くのだ。よいな」
「無茶はするなよ」
「分かっておる」
グレイスが俺の肩に手を置き、そっと身を寄せてくる。
「結婚早々、そなたを未亡人にしたりはせんよ……ぽっ」
そっと、俺は身を離す。
既成事実化の速度が凄まじい。
つか、男の方も未亡人って言うんだっけ?
「よし、行くぞ!」
グレイスの合図で、俺たちはアジトへ向かって移動を開始する。
「少しだけ距離があるから走るぞ。遅れを取るでないぞ!」
言って走り出すグレイス。
常人離れした速度で森の中を駆ける。
……が、風のタリスマンで移動速度が大幅にアップしている俺たちの方がちょっと速い。
ぴったりとグレイスの後ろに張りつき、エルセやスティナがちょっと調子に乗って追い越したりして……
「……なんか、不愉快だ」
……アジトのそば、ギルドが下調べしてくれた身を隠せる茂みに着いた時にはグレイスがちょっとへそを曲げていた。
「アイテム使うとかズルい」
「いや、競争じゃないから」
「ズルいもん!」
グレイスが拗ねてしまった。
アイテム無しであんだけ速いって、相当凄いことだから。な? 機嫌直せよ。
「アレがアジトなんですかね?」
へこむグレイスをよそに、エルセとスティナが山の中腹に立てられた家屋を発見する。
森に囲まれた建物は、こんな時間でなければ発見は不可能じゃないかというほどひっそりとそこに佇んでいた。
今は何本かの松明が灯されていて、闇夜に浮かび上がっている。夜の方が見つけやすいとは思わなかったな。
「む……?」
エルセたちが覗う先へ視線を向けて、グレイスが眉根を寄せる。
「どうしたんだ、グレイス?」
「聞いていた話と少し違うのだ」
グレイスが言うには、今俺たちがいる場所に身を隠せば、見つかることなくアジトの入り口を観察出来るということらしかった。
だが、俺たちからアジトの入り口は見えない。
俺たちの隠れている場所と、建物の間にもう一つ、四角い建物が建っているのだ。
そいつがちょうど視界を塞いでアジトの入り口を隠してしまっている。
「警戒されたのかもしれんな……」
この場所が、偵察に打ってつけだという情報がバレて、その対策として目隠しの建物を建てた……ありそうな話だ。
だが、もしそうなら、この場所に身を隠しているのは危険だ。ここは敵に知られているということになる。
緊張が走る。
「ちまちまと隙を窺うのは得策ではないかもしれんな」
「では、乗り込みますか?」
グレイスの意見を聞き、エルセが拳を握る。
すっかり武闘派になっちゃって、まぁ。
「ニコラコプールールーよ。そなたはどう思う?」
「そうじゃのぅ。危険はあるかもしれんが……ここでまごついておる場合ではないじゃろうの。タイムリミットもあるしの」
盗賊たちが戻ってくる前にアジトを制圧しなければいけない。
でなければ、盗賊たちがアジトに続々と戻ってきて、俺たちは包囲されてしまう。
そこで俺たちが下した判断は……
「行こう。こっちには見取り図もあるんだ。乗り込んでジョーカーってヤツをとっ捕まえてやろうぜ」
俺の言葉に、全員が頷いてくれた。
そして俺たちは、身を隠していた茂みから飛び出し、アジトへ向かって走り出した。
入り口を隠していた四角い建物を逆に利用し、そこへ身を隠しつつ一気にアジトへ接近する。
入り口の前に見張りが二人。
その向こうに、アジトの周りを巡回しているのであろう盗賊が二人。
ここから見えるのは四人。
グレイスが飛び出し、入り口の二人を悲鳴すら上げさせずに仕留める。
異変に気付いた巡回中の盗賊がこちらに振り向いた瞬間、そいつらの周りに白い靄が立ち込めた。糸の切れた操り人形みたいに二人の盗賊が地面に倒れ込む。
「眠らせたのじゃ」
俺の隣でニコが可愛らしい顔で言う。
可愛い顔しておっかないことを言ってるなぁ。怒らせると怖そうだ。
「よし、中に入るぞ」
グレイスの合図に、俺たちは入口へと駆けていく。
が、エルセだけが四角い建物の前に立ち止まっている。
「コーシさん、これ!」
そして、その建物を指さして声を上げる。
「外トイレです!」
「どうでもいい!」
凄くどうでもいい!
見回りの人間が多いから外に作ったんだろう、どうせ。
外トイレに対してブツブツと不満を呟くエルセを引き連れて、俺たちは『闇の組織』のアジトへと潜入した。




