69話 お泊まりの夜
シロアリ型魔獣の駆除が終わり、桐たんすの中をニコに確認してもらう。
「うむ。もう魔方陣は無いようじゃ。これで二度とシロアリ型魔獣が出てくることはないじゃろう」
そんなニコの言葉にホッとしたのも束の間。
「けど、カチヤさん。ウセロって人に騙されていろいろ買ってますよね?」
……というエルセの言葉に俺たちは固まり、大至急家宅捜索を開始した。
怪しいものは一つ一つ調べ、魔方陣が仕込まれていないかを確認して回った。
幸いというか、危険なものは桐たんす以外には見つからなかった。
「……カチヤ。今後何か物を買う時は誰かに相談するんだ。いいな?」
「は、はい……あの、ご迷惑おかけしてごめんなさいでし」
家具を開ける度に何か出てくるんじゃないかという恐怖と戦うのは相当に疲れた。
気が付けば、外はもう暗かった。
シロアリ型魔獣に食われた箇所を再度修復し、俺たちは再び居間へと集まった。
弟妹たちは寝室で気持ちよさそうに眠っていた。
カチヤの話では、寝ている時も苦しそうな息遣いをしていたそうだから、薬が効いたのだろうと思われる。目が覚めた頃には治っているかもしれないな。
「あの。もしよかったら、今晩はアッチの家に泊まっていってくださいでし。何もない家でごめんなさいでしけど……」
時間も時間だし、正直今から歩いて帰るのは少し億劫だと思っていたところだ。
布団がないかもしれんが、まぁ俺は気にしない。
女子連中はカチヤとかと一緒に寝てもらえばなんとかなるかもしれない。
「コーしゃま、どうするのじゃ?」
ニコは俺に判断を委ねるつもりのようだ。
「わたしは、お泊まりしたいです。カチヤさんともっとお話したいですし」
エルセはカチヤと女子トークでもしたいようだ。
そしてスティナは……
「帰るなら気を付けなさいね。夜道、暗いから」
たとえ一人になろうとも泊まっていくつもり満々のようだ。筋金、入ってるねぇ、こいつの引きこもりは。
ただし、どんな馴染みのない環境でも室内ならそれでいいという、随分とアグレッシブな引きこもりではあるけどな。
「じゃあ、お世話になろうかな」
「はいでし!」
こうして、カチヤの家に一泊することになった。
その後、ニコ特製の夕飯を食べ、カチヤが湯を沸かしてくれて順番に風呂に入ることになった。
カチヤの家には浴槽があり、お風呂に入る習慣があるようだ。
水は無料で汲み放題だし、薪は随分と安く手に入る。この付近、森が多いしな。
風呂が贅沢品ということはないようだ。
「風のタリスマンは明日見せてくれるそうじゃな」
「あぁ。結構派手な音が鳴るとか言ってたな」
「魔鉱石の加工は、魔力と魔力がぶつかり合うから仕方ないわね」
現在、家主のカチヤと、「ニコさんと一緒の入浴は絶対イヤです!」と胸を押さえて涙目で訴えていたエルセが一緒に風呂に入っている。
一方のスティナは「ニコと入ると洗ってくれるから」と、ニコとの入浴を希望していた。
……ニコ。逃げる準備だけはしっかりしとけよ。
「魔鉱石っていうのは、風の原石みたいなヤツのことか?」
「そうなのじゃ。火と水と土と風、あと、光と闇の鉱石があるのじゃ」
うん。
なんか、いかにもゲームでありそうな感じだ。
きっと、加工してアイテムにすれば様々な恩恵が受けられるのだろう。
「闇の鉱石を加工して作った『闇のアイマスク』を使えば、どんな場所でも熟睡出来るという噂よ」
「そんなしょっぱい使い方してんじゃねぇよ」
魔法の鉱石なんだろ? もっと有効利用しろってんだ。
「火の鉱石の中にサツマイモを入れておくと、ほっくほくの焼き芋が出来るのじゃ」
「遠赤外線出てんの!?」
そんな使い方ばっかりか、この世界の魔法。
「あ、魔法と言えば」
俺はこの隙に気になっていることを尋ねることにした。
「なんで俺やエルセはMP切れで倒れてもシワシワにならなかったんだ?」
「あぁ……それはの、コーしゃまたちがまだ初心者だからじゃ」
なんでも、MPとHPは、深いところで直結した一つのエネルギーであるらしい。
ニコレベルの魔法使いになると、MPの不足分をHPで賄うことが可能なのだそうだ。
魔法の熟練度を上げていくと魔力の使い方が上達し、自然とMPとHPを使い分けることが出来るようになるらしい。
最初から出来れば、割と便利な気がするのだが……
「初心者は加減を知らんからの。最初から出来てしまうと、無茶な魔法で即死してしまう者が出るじゃろうて、最初は出来ん方がいいのじゃ」
なるほど。
力の加減も知らずに、覚えたての大魔法を乱発してHP枯渇……なんてことになったらシャレにならないもんな。
「俺も、いつか出来るようになるのかな?」
「ふむ、どうじゃろうのぅ……コーしゃまは魔力の絶対値が高い上、回復速度も規格外じゃからのぅ
限界まで使う方が熟練は上がりやすいのかもしれないな。ほら、ゲームってそういうところあるし。
「なら、クエストをこなして金貯めて、俺も強い魔法が使えるようにしないとな」
「う、うむ……そう、じゃの」
何気なく発した俺の言葉に、ニコの表情が曇る。
なんだ? 変なこと言ったか?
「もし、コーしゃまがワシより強い魔法をじゃんじゃん使えるようになったら…………ワシ、必要なくなるかも、しれんのぅ」
そんなことを言って、また、自虐的な笑みを浮かべる。
……まったく、こいつは。
「そんなわけないだろう」
俯く頭を少し乱暴に撫でる。
髪をぐしゃぐしゃにして強引に上を向かせる。
「ニコがいてくんなきゃダメだ。俺なんか、まだまだ頼りないからさ」
「コ、コーしゃま…………ぅ、うむ。そうじゃの」
照れくさそうに笑って、前髪をぺぃぺぃといじって、にへらと表情を崩す。
「それじゃあ、コーしゃまには、いつまでも頼りないままでいてもらわんとのぅ」
「それはそれで困るだろうが」
「ワシは全然困らんのじゃ」
「俺が困るんだっつの」
冗談めかして、軽いチョップを落とす。
「いたた……」なんて言いながら、ニコが頭をさする。
少しだけ、目尻に光るものが見えた気がしたが、すぐに拭い取られて確認は出来なかった。
「そうよ、ニコ」
だらしなく寝そべりながら、スティナが口を挟んでくる。
「コーシにはニコが必要なのよ」
可愛い妹を励ます姉のような、慈しむような笑みで、スティナは言う。
「コーシはね……、ニコの巨乳を手放したくないと思っているのよ」
「ニコ。ちょっと早いけど、あいつ風呂に沈めてきてくれないか?」
えぇい、両手の指をもにゅもにゅさせんな!
そんなくだらないことをしつつ、夜は更けていった。