57話 一件落着と新たなる敵の影
「なんでもふらに乗ってきてんだ!?」
両サイドに露店が広がり、さほど広くはない通りに巨大な魔獣。街の人ドン引きだわ。
「違うんですよ。なんか、繋いでた紐千切って逃げ出したみたいで、そこで偶然見つけたんです」
そんな、ヤンチャな飼い犬じゃあるまいし……
「一目見て分かりましたね。『あっ! アレはウチの子だ!』って」
そりゃそうだろう。そんなデカい生き物、そう何匹もいないからな。
「もふら、わたしに会いに来てくれたんですよねぇ~。いいこいいこ~」
「もっふもふぅ~!」
なんか、もふらがどんどん可愛い路線を突き進んでいくな。
「ところでコーシ」
「ん?」
「向こうで、『魔物の調教では右に出る者がいない調教師』が硬直しているのだけれど」
「あ……」
見ると、ウセロが面白い感じで固まっていた。
まぁ、こんな巨大な魔獣を飼い慣らしているヤツが出てきたらなぁ。
このレベルの魔物は、ウセロ操れないだろうし。
「慰めてあげれば?」
「え、必要なくない?」
曲がりなりにも、命狙われてたわけだし。
「けれど、ケリは付けなければいけないのではないかしら?」
「まぁ、それはそうだな」
ケリ、な。
「なぁ、ウセロ」
「な、なんだよっ!? オレはなぁ、別になぁ、まだなぁ、負け……負けてな…………なぁぁあ!」
ネコか。
イヌみたいな顔して何が「なぁぁあ!」だ。
「お前らの間に何があったのかは知らん。だが、傍から見てるとお前がカチヤたちを苦しめているようにしか見えない」
「テ、テメェに関係ねぇだろうが!」
「そうでもないわ」
涼しい顔をして、スティナが口を挟んでくる。
「私たちはカチヤの作る風のタリスマンが欲しいのよ。けれど、あなたがいる限り、カチヤは風のタリスマンを加工することが出来ない。……違うかしら?」
そう言って、スティナが視線を向けたのはカチヤにだった。
「そ、そうでし! 風のタリスマンを加工して、売るなら、利益のすべてを寄越せって……ウセロさんが」
「なんの権限があってそんなことを?」
「アッチの両親が、ウセロさんの家から借金をして…………でも、もう借りた分は返したんでし! ……でも、利子だって……」
「なるほど」
絶対零度の氷よりも冷たい視線がウセロへ突き刺さる。
「見下げ果てた悪党ね、あなた」
「……くっ」
ウセロが俯いて歯噛みする。
「今、カチヤのご両親は?」
「あ……もう…………元々、体の弱い両親だったでしから……」
それで、カチヤが親に代わって商売をしていた。
けれど、その利益をウセロに奪われていたってわけか。
「因果関係は、さすがに憶測では決めつけられないけれど……」
カチヤの両親がかなり無理をしていた可能性はあるな。
苦労してんだな、カチヤ…………そこからまだ搾り取ろうってのか?
「もう、いいだろう、ウセロ?」
「う、うるせぇ! これは、オレとカチヤとの問題で、テメェらの出る幕じゃ……!」
「ウセロ……」
俺は、ウセロに手のひらを向ける。
「……あの魔獣を倒した魔法。食らいたいか?」
ウセロの額から大量の汗が流れ落ちていく。
どうせお前もケルベロスで脅して言うことを聞かせてたんだろ?
同じ目に遭ってみろよ。
絶対的な強者に、恐怖で支配される苦しみ……味わってみろ。
「エルセ」
「は~い?」
「あとでフル充電してやるから、らぐなろフォンでこいつの腰のデカい箱狙ってくれるか?」
「ホントですか!? やります! 出来ます! 実はさっきチマチマやってたらバッテリー残量20%になっちゃったんです! ラッキー!」
大喜びでらぐなろフォンを構えるエルセ。
そして、アプリが起動すると同時に紫のイカヅチが空間を切り裂き――ど派手な雷鳴とともにウセロの箱を撃ち抜いた。
中から魔獣が溢れ出してくるんじゃないかと警戒したが、そんなことはなく、箱には大きな穴が開いた。穴の縁が熱で溶けているあたりが凶悪だ。
「なぁウセロ……」
顔面を蒼白にして硬直するウセロの肩に腕を回し、耳元で囁く。
「あと二人、俺たちよりも強いヤツを呼ぶことも出来るんだが…………興味あるか?」
ニコとグレイスまで出てくれば、さすがに言うことを聞いてくれるだろう。
もっとも、もう少し聞き分けがいいとありがたいんだがな。
「オ、オレに逆らうと……テメェら、ジョーカーにケンカを売ることになるんだぜ?」
「ジョーカー?」
「知らねぇのか? ……ふっ。ここらを牛耳る闇の組織のリーダーだよ」
闇の組織…………ジョーカー。そんなヤツがいたのか。
「カチヤから手を引けば、今回だけは大目に見てやろう。へへ……テメェらも、この街で平和に暮らしてぇだろ? 悪いことは言わねぇ。オレらに……ジョーカーにだけは逆らうな。それがこの街で生きていくためのルールだ」
「イビル・クレバス」
「ごぅっ! イッデ!? イデェエエ!」
あまりにやかましいので、つい使ってしまった。
…………ったく、こいつは。
「この俺に……保身のために女の子を見捨てろってのか?」
我が身可愛さに、見て見ぬフリをしろってのか?
「出来たらやってるわ、ボケェ!」
それが出来ないから貧乏くじ引き続けのマイライフなんだよ、バカヤロー!
「コーシ。泣きながらイヌをぽかぽか叩くのはやめなさい。虐待に見えるわ」
くっ! 日光が目に染みるぜ……
「ウセロ……」
俺が涙を拭っているうちに、スティナがウセロに向かって呟く。
「…………失せろ」
お前、ずっと狙ってたろ、それ言うの。
えぇい、嬉しそうな顔してんじゃねぇよ!
「くっ……イテテ…………覚えてやがれよ……痛っ…………ジョーカーを敵に回したこと、後悔させてやるからなぁ! ……ぁあっ、痛いっ!」
口内炎が痛いのだろう、頬をぷっくりと膨らませつつ、ウセロが逃げていった。
「口内炎が痛い時って、ほっぺたをぷくって膨らませて、軽い刺激を与えてあえて痛くする方が逆に痛くないわよね」
「治りは遅くなるけどな」
結局残ったのは、そんな口内炎あるあるだった。
でもまぁ。
「これで、好きなだけ商売出来るぞ、カチヤ」
「そうね。もしまたちょっかいをかけられたならコーシに連絡しなさい。二揺れで用心棒を引き受けてくれるわよ」
「あのさ、俺、おっぱいを報酬にしたこと一回もないんだけど。なんなの、その印象操作? 誰得なの?」
こいつは俺になんの怨みがあるのだろうか。
「あ、あのっ!」
俺たちの手を握り、物凄くキラキラした瞳で、カチヤが熱視線を送ってくる。
「是非アッチのウチにいらしてくださいでし! お礼、させてほしいでし!」
スティナに視線を向けると、「しょうがないんじゃない?」とばかりに肩をすくめられた。
じゃあまぁ……
そんなわけで、俺たちはカチヤの家にお邪魔することにした。




