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論外魔力の魔法使い  作者: 宮地拓海


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56話 逆巻く時刻《とき》の使い方

「テメェ、ゴンスケたちに何をしやがった!?」

「おでんを元の温度に戻してやったのさ」


 何を考えて作ったのか分からん、7千度の熱々にな。


「くそぉっ! 戻れっ、ケルベロスッ!」


 ウセロが腰にぶら下げた嵩張る箱の蓋を開けると、二頭のケルベロスが吸い込まれていく。

 もんどりうっていた巨大な魔物が一瞬で焼失し、市場には静けさが戻る。


「はわゎ……ケルベロスをやっつけちゃったでし……」


 目をまんまるくするカチヤ。

 けどな、これは俺の力だけでやったわけじゃない。


「お前のおでんがあったから出来たことだ。サンキュな」

「あ、あはっ! な、なら、アッチの妹の手柄でし!」


 嬉しそうに、カチヤは手を叩いて素直な喜びを表現する。


「調子に乗んな、テメェら!」


 ウセロの目が血走っている。


「俺の操れる魔物がケルベロスだけだと思うなよ? ……くくく」


 あいつ、この次は何をしでかす気だ?

 思わず、腕に力が入る。


「きゃっ」


 ――と、腕の中で可愛らしい声が聞こえてきた。


「い、いつまで抱きしめているつもりかしら?」

「へ? あっ、ごめん!?」


 俺の腕の中でスティナがこちらを睨んでいた。

 さっき、両サイドのケルベロスに魔法を使うためにこの体勢になって、そこからずっと社交ダンス的抱擁をしたままだった


「まったく……」


 俺の腕から離れ、襟元を正すスティナ。

 心持ち、頬が赤く染まっている気がする。


「後先を考えずに不埒な行為に走る癖、なんとかならないのかしら」

「いや、不埒って……」

「なぁに? 違うとでもいうの?」

「う……、つか、お前もさっさと離れたってよかったんだぞ」

「あら。ケルベロスが大暴れしている中へ一人で飛び込んでいけとでも言うのかしら?」

「そうは言ってねぇけどよ」

「いい迷惑よ」


 とかなんとか言いながら、声音が上機嫌に聞こえるんだが。


「……何かしら、その『口ではなんと言おうが体は正直よのぅ』みたいな目は?」

「そんな目してるか!」

「言っておくけれど、全然ときめいてなどいないから」

「分かってるって」

「ときめいてなんかいないのだけれど、とりあえず回復魔法を使っておくわ。『すずしろ』!」

「めっちゃときめきポイント溜まってんじゃねぇかよ!?」


 HP、完全回復したわ!

 歩き回った足の疲れもスッキリだ!


「ふぅ……落ち着いたわ」

「お前、魔法を使うことでドキドキを落ち着かしてるのか?」

「ド、ドキドキなんか、別にしていないのだけれど!?」

「はいはい……」


 おそらくその通りなのだろう。


「イチャイチャすんなコラァ!」


 長らく放置してしまったせいか、ウセロが物凄く怒っていた。


「…………カチヤ。おでんをもう一ついただくわ」


 静か~に言って、無表情のまま、スティナがはんぺんをウセロに向かって放り投げた。


「コーシ、やりなさい」

「……逆巻く時刻とき

「ぅおわっちゅああ! バカ! テメェ、バカっ! 危ねぇだろ、バカ!」


 飛来する7千度のおでんを寸でのところで回避して、ウセロがお笑い芸人のようなリアクションを見せる。

 こいつ……割とユニーク?


「……誰が、誰とイチャイチャなんてしていたというのかしら?」


 う~わっ、スティナの顔、怖ぁ…………

 こいつを怒らせるのだけは、本気でやめよう。


「ウセロ。謝っとけって」

「バカヤロウ! なんでオレが!?」


 無言でおでんを構えるスティナ。


「イチャイチャは言い過ぎだった! その件に関してだけは謝っておく!」


 うん。

 素直でいいぞ、ウセロ。


「だがなぁ! カチヤを横取りしようってのは見過ごせねぇ! だから、テメェらは殺す! 確実に殺してやる!」


 ウセロが怒鳴り散らし、腰の嵩張る箱の蓋を開ける。


「グキキキィ……!」


 中から姿を現したのは、萎れた長い耳と、ぎょろりと飛び出した大きな目玉が印象的な、小さな鬼――ゴブリンだった。


「グキキ……」

「キキィ……」

「カキカキカキ……」

「キカァ!」

「グギャギャ!」

「キャッキョキャッキョ!」

「クカカカカ!」

「キィキィ……」

「コキィ!」

「キキカキカキカ……」

「グキャアー!」


 すげぇいっぱいいる!?」


「さぁ、行け! 二百六十体のゴブリンどもぉ!」


 ウセロの合図で、「ハリウッド映画かっ!?」というレベルの夥しい数のゴブリンが一斉に飛びかかってくる。


「カチヤ! おでんを二百六十個用意してちょうだい!」

「そ、そんなにないでし! ごめんなさいっ!」


 そりゃそうだ。

 ただでさえ売れないのに、そんなに用意しているわけがない。

 つか、高架下の赤ちょうちんでも、そんなに大量のおでんは置いてないだろう。


「スティナ、カチヤ! こいつをゴブリンたちにぶちまけろ!」


 言って、購入した水が入っている筒を手渡す。

 蓋を開けてゴブリンたちへ浴びせかける。


「急げっ!」

「分かったわよっ!」

「ア、アッチもやるでし!」


 購入した五本全部をゴブリンたちに浴びせかけ……


「下がれぇ!」


 スティナとカチヤを避難させた後で、魔法を発動させる。


「逆巻く時刻ときっ!」


 瞬間、世界が急激に冷やされる。


「「「グギャァァアア……ッ!?」」」


 奇妙な声を上げて、二百にも及ぶゴブリンが一斉に凍りついた。


「な……んだ、こりゃぁ……」


 ウセロの口から、驚愕と落胆の声が漏れ出していた。


「お、お客さんっ、これってもしかして……!?」

「あぁ。お前の弟が持って帰ってきた『絶対零度の氷』だ」


 完全に溶けていた氷を「冷え冷えに戻した」のだ。


「完全に氷漬けになっているわね」


 寒そうに肩を抱き、スティナが目の前のゴブリンをコンコンと叩く。

 水を浴びなかったゴブリンも、突然の冷気に動きが止まっている。まぁ、腰蓑一枚には堪えるよな、この冷気。


「く……くく……っ! も、戻れぇ!」


 ウセロがゴブリンたちを箱へと戻す。

 吸引力が変わらないアレに吸われる綿ぼこりのように、ゴブリンたちが凍ったままゾリゾリと吸い込まれていく。


 そのおかげで、気温が少し上がる。……あぁ、温かい。


「くそぉ! くそぉ! くっそぉ!」


 ウセロが地団太を踏む。

 口がぷるぷる震え牙がガチガチと音を鳴らす。


「まだなぁ、オレにはなぁ、もっと強い魔物とかなぁ、いるんだからなぁ!」


 まぁ、ハッタリだろう。

 もしそんなのがいるなら、ケルベロスが負けた時点で出しているはずだし、何より、今のウセロは半泣きだ。


 なんだか……見ていて痛々しい。


「コーシ。弱い者いじめはやめなさい」

「今更それ言うかな!? 開始時点では向こうの方が優位に立ってたよね!?」


 俺だって、弱い者いじめとか大嫌いだっつの。


「オレはなぁ! 右に出る者がいない調教師でなぁ! テメェらがなぁ! 見ただけでビビっちまうようななぁ! そんなすげぇ魔物をなぁ! 操れんだからなぁ!」


 言いながら、ウセロが腰の嵩張る箱に手を伸ばす。



 ……その時。



「も~ぅ! コーシさん、また騒ぎを起こしてるんですかぁ?」


 エルセの声が聞こえてきた。…………すげぇ高いところから。


「少しは自重してくださいね」


 その場にいた全員の首が上へと向けられ、突如出現した巨大な生き物にあんぐりと口を全開する。


「困っちゃいますよねぇ、もふら」

「もふぅ~!」


 エルセが、もふらに跨って現れた。


 市場、騒然。

 ウセロ、呆然。

 俺、唖然。


 えっとな、エルセ…………自重するの、お前だろ。






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