55話 二体のケルベロス
突如、市場の中に出現したケルベロス。
2メートルを超える巨大な魔物の出現に、人々は逃げ惑う。
もうちょっと場所と手段を選べよ!
獰猛な瞳をギラつかせて、空腹の魔獣が一斉に吠えたてる。
「ガァァアアアッ!」
「バウッ! ワウッ!」
「ぺるっ! ぺるっぺるっ!」
「コーシ! 一匹、可愛いのが混ざっているわ!?」
「どうでもいい情報、拾い上げないでくれるかな!?」
確かに、三つ首のうち、一つだけ間の抜けた顔したヤツいるけども!
「オレは調教師のウセロ! 魔獣を操らせりゃ右に出る者はいねぇ!」
ブルドッグの顔をしたウセロがケルベロスの背に手を載せ、「ガウッ!」と吠えられ、「びくぅ!」と肩を震わせる。
……操り切れてねぇじゃねぇか。
「きょ、今日はちょっと機嫌が悪いだけだ!」
取材が着た途端、芸をしなくなるイヌか!?
「いつもはもっとお利口なのに」とか言われても、こっちには分かんねぇんだよ!
「ふはははは! ご機嫌斜めのゴンスケは、ちょっとやそっとじゃ止められねぇぞ!」
「ゴンスケって、こいつの名前か?」
センスねぇな。ゴンスケってほど和っぽい顔でもないだろうに。
「ゴンスケは真ん中のヤツだ! 右がジロキチで、左がクッキーだ!」
「コーシ! さっきの可愛い子、名前も可愛いわ!」
「だからどうでもいい情報に食いつくな!」
なんでゴンスケ、ジロキチ、クッキーなんだよ!? 統一感もねぇじゃねぇか!
「さぁ、ゴンスケたち! 腹が減っただろう?」
ウセロがケルベロスに向かって言い、そして、こちらへ残忍な視線を向ける。
「エサの時間だ、食い尽くしちまえっ!」
「ガァァアアアッ!」
「バウッ! ワウッ!」
「ぺるっ! ぺるっぺるっ!」
ケルベロスが俺たちに向かって突進してくる。
腹を空かせた獣は凶暴だ。下手に抗うと怪我をする。
なので。
「さぁ、たんと食え!」
俺は、つい先ほどカチヤの店で買ったおでんの蓋を開けて、ケルベロスの前に三つ並べる。頭一つにつき、おでん一個だ!
「ガウガウッ!」
「バウッ! ワウッ!」
「ぺるっ! ぺるっぺるっ!」
三つ並べたおでんの容器に首を突っ込み、ケルベロスは美味そうに食事を始めた。
……うん。お腹すいてたんだな。
「よし、餌付け成功ね。あとで撫でさせてちょうだい」
スティナがわくわくとした顔を見せる。
いや、魔物だからな、コレ。
なんでもかんでも懐くと思うなよ。
「それで勝ったつもりか!?」
従えているはずの魔物を奪われ、ウセロが吠える。
「甘いんだよ! ケルベロスはな……もう一頭いるんだよっ!」
ウセロが腰にぶら下げた箱の蓋を開けると、そこからさらにもう一頭のケルベロスが飛びだしてきた。四次元なのか、あの中は?
「さぁ、どうする!? 今度のペーター、ポーター、マカロンもみんな空腹だぜ!?」
だから名前の統一感っ!
わざとか!?
「見たところ、テメェの持ってるおでんは残り二つ!? さぁ、それでどう三つの首をやり過ごす!?」
「カチヤ。私にもおでんを一つ頂戴」
「毎度ありがとうでし!」
「その手があったかぁ!?」
ウセロが絶叫する。
いや……その手、あるだろう。
出現した二頭目のケルベロスも、相当空腹だったようで、俺とスティナが用意したおでんを美味しそうに平らげた。
……まではよかったのだが。
「ガァァアアアッ!」
「バウッ! ワウッ!」
「ぺるっ! ぺるっぺるっ!」
「ガァァアアアッ!」
「バウッ! ワウッ!」
「ぺるっ! ぺるっぺるっ!」
おでんを食べ終えたケルベロスは再び凶暴化し、俺たちに牙を剥いてきた。
「どうしてなのかしら? ご飯をあげたというのにっ!?」
いや、まぁ。「そんなもんで懐くか」ってことなんだろうけど。
「コーシ……何か策はあるのかしら?」
二頭のケルベロスに挟まれて、俺とスティナは背中合わせになる。
これは、割とピンチなのではないだろうか……
イビル・クレバスを使ったところで、向こうは口が六つもある。
一つを押さえているうちに他の首に攻撃されて終わりだ…………どうする?
他に何か使える魔法は………………あ。
「コーシ、来るわっ!」
スティナが体を引き、俺の背中に寄りかかる。
二頭のケルベロスが揃って俺たちに牙を剥いた。
こちらに向かって、大口を開けている。
「スティナ、俺に掴まれ!」
「へっ!?」
背中合わせだった体を半身ずらして、背中から倒れてきたスティナの体を抱きとめる。
社交ダンスでポーズを決めているような格好になる俺たち。
スティナの腕が首に回され、体が固定したことを確認してから、俺は両腕を広げる。
迫りくるケルベロスの、その大きく開かれた口に向かって。
「逆巻く刻っ!」
俺の両腕から黄金色の光が発せられ、ケルベロスの口の中へと吸い込まれていく。
その途端――
「「「ギャァァアアアアアアンッ!」」」
「「「ギャァァアアアアアアンッ!」」」
二頭のケルベロスが揃って悲鳴を上げ、地面の上をのたうちまわり始めた。
絶叫を上げ続け、もがき苦しむ巨大な猛犬。
その光景は凄まじく、誰もが言葉を失うほどだった。
「……どういう、ことなのかしら?」
「魔法を使ったんだよ」
『逆巻く刻』――冷めた料理を、「ほかほかの状態に戻す」魔法をな。




