47話 決してケンカを売ってはいけない人物
この街には、決してケンカを売ってはいけない人物が二人いるという。
一人は、鬼神と恐れられる冒険者ギルドのギルド長・グレイス。
そしてもう一人が、稀代の大魔法使い・ニコラコプールールー。
「コーしゃま☆ おかげでまたぴっちぴちに戻ったのじゃっ。コーしゃまの愛の力なのじゃっ! きゃっ☆」
「コーシ! 呼ばれたから来てやったぞ! さっきの今でワタシに会いたくなるとは、やはりそなたはワタシにぞっこんなのだな!? うむうむ! 愛いヤツだなぁ!」
その二人が、俺にギューッと抱きついている。
…………周りからの視線がすげぇ痛い。
「おい……あの男……」
「グレイス様にあんなことされて……」
「あっちの小さい女の子はニコラコプールールー様らしいぞ」
「初めて拝見したが……オーラあるな、やっぱ」
「あぁ。見ているだけで目が潰れそうだ」
「二人が揃ってるなんて、戦争でも始まりそうで不気味だよな……」
「魔王でも迂回するぞ、あの二人が揃っている場所は……」
「それを一手に引き受けるあの男…………」
「…………魔王か?」
「誰が魔王だ、こら!?」
俺が叫ぶと、群がっていた野次馬どもがクモの子を散らすように逃げていく。
けれど、遠巻きにこちらを窺っている。
大通りのややこじんまりとした酒場が、今大注目を浴びている。
そんな群衆から、こんな言葉が聞こえてくる。
「なぁ、知ってるか? この街には、決してケンカを売ってはいけない人物が三人いるんだぜ」
一人増えてんじゃねぇかよ!?
それ、まさか俺じゃねぇだろうな!?
「グレイス。くっついてないで仕事をしてくれ。お前があいつらを捉えてくれないと、いつまでもニコが拘束を解けず、魔力を浪費しちまうんだ」
「おぉ、そうであったな。ワタシとしたことが、うっかりさん☆」
グレイスが軽く拳を握り、自分の頭をこつんと可愛らしく小突く。
その瞬間――
――ズゴガスゥゥゥゥンッ!
スイス銀行の地下金庫の扉に30トン級の鉄球をぶつけたかのような音が酒場に轟いた。
……手加減ってもんを知らんのか、お前は!?
「えへへ」
「ノーダメージだとっ!?」
攻撃力も凄まじいけど、防御力はもっとすげぇな!?
「とにかく、確保だ。お前たち、そいつらをギルドへ連れて行くんだ!」
「「「はっ!」」」
ギルド直属の兵士がオーグはじめ、ニコのツタに絡めとられている大男たちを連行していく。
そして、エーミルだけがこの場に残される。
「さて……」
グレイスが静かな、それでいてとても厳しい表情を浮かべエーミルを睨みつける。
「冒険者ギルドの規則は知っているな、治癒師エーミルよ」
「治癒師!?」
えっと、つまり、なにか?
こいつは「かいわれ~」とか言って他人の傷を治すヤツなのか!?
「うっさいね!? そうだよ! 治癒師だよ! 文句あるかい!?」
ギルド兵に拘束されながら、エーミルが吠える。
「最初は私も真面目に冒険者をやっていたさ! 苦しんでる人を助けたいって、心底思っていたんだよ! …………なのにっ!」
ぎりっ……と、エーミルの奥歯が鳴る。
「人が懸命に傷を癒してやってるってのに、どいつもこいつもニヤニヤしやがって!」
いやぁ……それは致し方ないんじゃないかなぁ……? だって、切迫した状況で、真面目な顔して「かいわれ~」とか言われたらさぁ。
「挙句には、『お前はふざけてるのか!?』って殴られる始末だ!」
きっと殴ったヤツは、自分の職業以外に興味がない視野の物凄く狭いヤツなのだろう。
自分とは無関係であろうと、職業に関する知識は入れておいた方がいい。今回みたいに敵対した時の強みになるからな。
「真面目にやっても認められないんだ! 悪事を働いて悪いかい!?」
エーミルの叫びはとても悲痛で、涙目で訴える彼女の表情にはグッとくるものがあった。
だが……
「いや、悪事を働くのは悪いに決まってんじゃねぇか」
こいつ、なに言ってんだ?
「うーっせ! お前らが悪いんだ、バーカバーカ!」
エーミルが子供みたいに唾を飛ばす。
わぁ……みっともねぇ。
「これが、元治癒師の成れの果てなのね……」
「回復系の職業に、まともな人はいなんですかねぇ」
「それは、エーミル以外の回復系の職業で、まともではない人がいる……と、いうことかしら? ちょっと、私の目を見て答えてくれるかしら、エルセ?」
「にょほわぁ!? スティナさんがメッチャ怖い顔してますっ!?」
何やってんだ、あいつらは。
「治癒師エーミルよ。そなたの冒険者カードを調べさせてもらうぞ」
グレイスが、エーミルの冒険者カードを手にそう宣告する。
「ここにある履歴をもとに、他人から騙し取った金銭はすべて返還してもらう。今のそなたには支払い能力がないだろうから、一時的に冒険者ギルドが立て替えてやろう」
冒険者ギルドが被害者に金を返すらしい。
それは、被害者にとってはありがたいことではあるが……
「借金が完済するまでは、そなたはギルドの監視下に置かれタダ働きをしてもらうぞ? 拒否するのであれば…………ワタシと剣を交えることになる」
エーミルの顔が真っ青に染まる。
つまり、服役か死か……そんな二択なのだろう。
罰する者はきっちり罰する。
そういう規律のある組織なんだな、冒険者ギルドは。
「コーシよ。そなたの金も、じきに戻るだろう」
「そうか。助かるよ」
これで、騙された金は戻ってくる。
ちなみに、グレイスの介入で、スティナがここのマスターと交わした契約は無しになった。
迅速な行動と、有無を言わさない強権を上手く使い、冒険者間のトラブルを素早く解決してみせた冒険者ギルド。
俺は、グレイス率いるこの組織を少し見直していた。
「でも、コーシが望むのであれば、奪われた金の代わりに、ワタシがお前のモノになってやっても構わないぞっ☆ きゃっ!」
「見直した瞬間、見損なわせんじゃねぇよ」
恥じらいながらくねくねと体をくゆらせるグレイスを見つめる俺の視線は、さぞ冷たいものだったに違いない。




