44話 取られたら取り返す
「ここは私の奢りよ! みんな、じゃんじゃん飲んじゃって!」
「「「うぉぉお! アザーッス!」」」
品のない声を上げ、アノ女と取り巻きの男どもが酒を煽っている。その場にいる関係のなさそうな客までもが便乗して、女の金で酒をかっ食らう。……まぁ、俺たちの金なんだけどな。
「あら。随分と景気がいいのね」
上機嫌の女に声をかけたのは、スティナだった。
「商売が上手くいったのかしら? あやかりたいわ」
「ははっ! まぁ、そんなところね。なんならどう? あんたにも一杯奢ってあげようか?」
「まぁ、嬉しいわ。それじゃあ……『いっぱい』御馳走になるわね」
にやりと、聖女のような笑みを浮かべて、スティナが右手を差し出す。
女は上機嫌で口角を持ち上げ、握手をしようと腕を上げる。
その動作によって開いた胸元に、スティナの手がするりと滑り込んだ。
ぽぃ~ん。
「Eカップね」
「きゃあっ!?」
スティナが、女の乳を揉んだ。
それも、懐の中に手を入れて。…………生乳を揉んだのか?
「な、何すんのよ!? 変態! 私はそういう趣味はないんだよ!」
「ふふふ……安心しなさい」
と、堂々とセクハラ行為に及んだ危険人物が言う。
「あなたにない分まで、私にはあるから!」
「安心出来るか!?」
…………ウチの仲間が、変質者だった。
「それじゃ、あなたへのツケでお酒をいただくわ。ご馳走様」
「くっ……飲んだらさっさと帰んなよ!」
「あら? 飲まなきゃずっといていいのかしら?」
「さっさと飲んでさっさと帰れ!」
「ふふ……せっかちさんね」
不敵な笑みを浮かべ、スティナはカウンターへと歩いていく。
マスターらしき人物の前に座り、冒険者カードを差し出した。
「マスター。聞いた通りよ。この冒険者カードの支払いで、お酒を頂戴……いっぱいね」
「おい、スティナ」
俺は堪らずスティナの隣へと駆け寄る。
ちなみに、俺はあの女に顔を覚えられているであろうという予想から、ニコに借りた顔を隠せるマントを羽織っている。……ニコのだから、すげぇつんつるてんなんだけど。
「この冒険者カードって、もしかして?」
「えぇ、あの女のよ」
「なんでお前が持ってんだよ?」
「くすねたのよ。三本の指でお乳を揉みながら残りの薬指と小指で」
「器用過ぎるだろ!?」
「いつか、世帯主からくすねる時が来るかと思って、必死に練習したのっ!」
「くすねんじゃねぇよ! つか、世帯主じゃねぇから!」
こいつ怖ぇ! マジ怖ぇ!
「けど、他人の冒険者カードを勝手に使ったら犯罪なんじゃないのか?」
「何を言っているの? 彼女自身が言ったんじゃない。奢ってくれるって」
「そりゃそうだけど……」
「これでお酒をいただきましょう。『いっぱい』」
さっきからずっと気になっているのだが……こいつ『いっぱい』のアクセントが『一杯』と違うんだよな……
「何よ。『いっぱいのアクセントがおっぱいと違うなぁ』みたいな顔をして」
「どんな顔だ、それは!?」
『おっぱい』じゃなくて『一杯』と違うって思ってたんだよ!
お前、俺の顔見て心読むの微妙に下手過ぎ!
「まぁ、あんなEカップに騙されちゃうくらいだから、頭の中はおっぱいでいっぱいなんでしょうけれど」
「あ、あのな!? 俺は別に、あの女のおっぱいが大きかったから助けようとしたわけじゃねぇぞ!?」
「大きくても小さくても、おっぱいならなんでもいいのだものね、コーシは」
「そうじゃねぇよ!」
こいつ……地味に怒ってやがるな。えぇい、チクチクと……。
「とにかくお酒をいただきましょう。マスター」
スティナはあの女の冒険者カードを差し出しながら、とんでもないことを口にした。
「この店にあるお酒、全部買い占めるわ。支払いはこれで。足りなければ冒険者ギルドへの借金ということにしておいて」
「なっ!?」
買い占めるだと!?
「だってほら、お酒を『いっぱい』ご馳走してくれるって言ってたじゃない?」
こ……怖ぇ、こいつ。
「で、でも、お客さん……っ!」
紳士然とした白髪と口髭が渋さを際立たせている店のマスターが、狼狽を隠しもせずにスティナに声をかける。
「お酒が売り切れてしまいますとこの後の商売が……それに、全部ここで飲んでいくつもりですか? それともお持ち帰りで……?」
「売るわ」
うろたえるマスターの言葉を遮り、スティナがぴしゃりと言い切る。
……が、マスターは意味が分からないとばかりにフリーズしてしまっている。
「マスターの言い値でこの店のお酒を全部買い取って、そのお酒を7万Mbですべて譲るわ」
「え…………えっと。それって……お客さんにメリットあるんですか?」
マスターが戸惑うのも当然だ。
酒の売値はマスターの言い値なのに対し、スティナが提示した買値は7万Mb。
つまりスティナが言っているのは、その差額分の金額をタダでやる。……ということなのだ。
意味が分からないのも当然だ。
だが、スティナ目線で見れば、メリットは――ある。
「メリットならあるわよ」
と、スティナは自分の冒険者カードをカウンターに載せる。
「7万Mbをこちらに振り込んでくれれば、私は満足よ」
そう。
奪われた金を取り返すことが出来るのだ。
おまけに、……あの女に多額の借金を背負わせることも出来る。
……けど、こんなのって。
「なぁ、スティナ……」
「そんな顔をしないでくれるかしら?」
俺が言うより早く、スティナに言葉を遮られた。
とても寂しそうな微笑が浮かんでいる。
「もしあなたが、騙された責任を自分の中に感じているのなら、それは誤りよ。どんな状況にせよ、他人のものを奪う行為は断罪されるべき事案だわ」
今回の騒動に関して、俺は、自分のこの性分が一番の原因だと思っている。
俺がしっかりしていないから、騙されるのだと。
……こいつは、それを明確に否定してくれた。
「もっとも。騙されないようにする努力は必要なのだけれど」
そうして、優しく釘を刺す。
「けれど。私は悪人を許してはおけない。特に……」
スティナが浮かべた笑みを見た瞬間、世界が琥珀色に染まった気がした。
それほどに、魅惑的な笑みを浮かべて、スティナはこんな言葉を囁いた。
「……私の大切な人を傷付けるような、悪人はね」
俺の耳元で。
…………全身に電気が走った。
「さぁ。さっさと返してもらいましょう。私たちのお金を」
お茶目なウィンクを寄越してきたスティナはいつも通りで、どこかホッとするような雰囲気を纏っていたのだが…………くっそ。ちょっと照れて、直視出来なかった。




