105話 いやらしい戦法
人間離れした素早い動きでからくり武者の攻撃をかわすグレイス。
『サンクチュアリ・ベール』によって守られているエルセ・ニコ・スティナ。
サランラップの中の俺と上家。
とりあえず、全員無事のようだ。
「あ……マズい。あと二十発くらいで破れちまう」
「マジで!?」
ヤバイヤバイヤバイ!
俺と上家ば無事じゃなくなるかも!
「十八、十七、十六、五、四、三、二、一、十、九……」
「早い早い! カウントダウンがすげぇ早い!」
ガッスガス飛んでくる岩つぶて。
くっそやっかいな攻撃だ!
全部俺のせいだけども!
「五、四、三……っ」
そこで、上家のカウントダウンが止まる。
「………………全弾、終わった」
「助かったぁ……っ!」
ギリッギリで持ちこたえたようだ。
死ぬかと思った……
「よし、とりあえず作戦を立て直して……」
「コーシさん、後ろっ!」
エルセが叫ぶのとほぼ同時に、俺たちの上に大きな影が落ちる。
振り返ると、刀を上段に構えたからくり武者が立っていた。
「岩つぶて二回分残ってたけど、防げる!?」
「無理に決まってんだろ!?」
「逃げろぉ!」
刀が振り下ろされる直前に、俺たちは全力で逃げ出す。
グレイスと同じような強さのヤツとまともにやり合えるか!
「コーシ! ニコを連れてこちらに来なさい!」
部屋の中央へ向かって走り出した俺に、スティナの指示が飛んでくる。
ニコを連れて?
ってことは、ここから右側に旋回して、部屋の外周を大回りして半周しろってのか?
そんな大きな動きをする必要性が感じられない。……つまり、何か考えがあるってことだろう。
「グレイスはからくり武者の足止めをしておいて! ほんの三十秒ほどでいいわ」
「任せろ!」
グレイスも、スティナの言葉に何かを感じ素直に従う。
「ジョーカーは適当に」
「おいっ!? オレもこいつに付いていくからな!」
上家は、知らないうちに俺とコンビになっているらしい。
まぁ、付いてこい。
ニコへの指示がないため、ニコはその場で待機している。
グレイスとすれ違い――
「任せたぞ」
「任せておけ」
「けど、……無茶はするな」
「その一言で百人力だっ!」
すれ違いざまにそんな会話を交わして各々の目的地へと向かう。
「ニコ!」
「コーしゃま! 待っていたのじゃ!」
走りながら、小柄なニコを小脇に抱える。
「ひゃん! くすぐったいのじゃ……っ」
俺の腕の中で身悶えるニコ。……今は、そういうの我慢してほしいな。照れてる場合じゃないんだよ。
そこから、スティナの言った通りに反転し、部屋の壁に沿うように室内を半周する。
先ほど俺と上家がいた場所を通過し、スティナとエルセのいる場所へ。
「スティナ!」
「上出来よ」
俺がたどり着くと、スティナは満面の笑みでアゴをクイッと上げた。
向こうを見ろと言わんばかりの行動に視線を向けると……
「あ……」
部屋の角に集まった俺たち。
部屋の中央で交戦中のグレイスとからくり武者。
そして、対角線上、向かいの角にはウセロがいた。
俺たちから見て、からくり武者とウセロが一直線上に並んでいる。
なるほど、そういうことか。
「グレイス! 一瞬の判断でなんとなくいい感じに最適の場所に避難しなさい!」
「なっ!? ワタシに対する要求がいつも高くないか、スティナよ!?」
「コーシ、今よ!」
いや、今よって……グレイスが盛大に戸惑っているんだが…………まぁ、グレイスならなんとかするに違いない!
「信じるぞ、グレイス!」
そう叫んで、俺は両腕を思いっきり前へと突き出す。
遠慮なしの突風をからくり武者へと叩きつける。
風のタリスマンの力を、最大魔力でぶっ放す。
ハリケーンのような風の渦が怒り狂う龍のようにうねり、からくり武者の体に激突する。
「――マジウケルシッ!?」
からくり武者の巨体が浮かび上がり、直線上にいるウセロに向かって吹っ飛んでいく。
「なっ!? テメェ……っ!?」
からくり武者の背に庇われて油断しきっていたウセロは、回避行動に移るも、間に合うはずもなく……吹き飛ばされたからくり武者と激突した。
相当な速度が出ていたようで、衝撃もかなりのものだったのだろう。けたたましい音が室内に響き渡った。
「やりました! コーシさんばっちりスペアです!」
いや、エルセ……ボーリングじゃないんだから、スペアって。
「グレイスも無事なようじゃの」
「も~ぅ、コーシ。張り切り過ぎだぞぉ~、こ~いつぅ~」
なぜか満面の笑みで駆け寄ってくるグレイス。
俺の生み出したハリケーンに軽く巻き込まれて天井→床→壁→床→そのままゴロゴロゴロ! ……って、結構なダメージを喰らっていたように見受けられたんだが……元気そうだな。
「突然の無茶ぶりに、ちょっとばっかりビックリ、し・ちゃ・った・ぞ☆」
おでこを「ちょ~ん」っと突かれる。
え、なにこれ? バブル期のアベックみたいなこのノリなに?
「たぶんじゃが……コーしゃまが『信じてる』と言ったのが、相当嬉しかったんじゃろうのぅ」
「いや、だって、『戦闘能力に関しては』信頼出来るしさ」
「コーシ。アレは、きゅんポイントの針が振り切れた女の顔よ」
「振り切れるとこうなっちゃうの、女子って!?」
俺の背中に身を寄せ、俺の肩付近に人差し指で「の」の字を書く。恥ずかしげに頬を染め、身をくねらせ、慎ましい女子風な空気を醸し出すグレイス。
「……信じてくれて、嬉しかった……ぞ☆」
「ぞ☆」に合わせて、こてんと頭を肩に載せてくる。
……昭和っぽなぁ、こいつの女子力。
「おい! イチャつくのはあとにしろ!」
「い、いちゃ……っ!?」
上家の言葉に、グレイスの顔が真っ赤に染まる。
「バ、バカモノ! 何を言っているのだ、ジョーカー! 照れるではないかっ!」
「どぅっ!?」
「ないかっ!」に合わせて繰り出された渾身のボディーブローが上家のみぞおちを抉る。
上家、戦闘不能――
「ちゃ、茶化すでない! な、なぁ、コーシ? 困ってしまうよな? うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「『ふ』が多い! 怖いから! 一回落ち着け!」
「そうだな……ワタシもそろそろ落ち着いて、家庭を持って……」
「ちがーう!」
そんなグレイスの暴走をどうしたもんかと考えていると、上家が地獄の淵からカムバックしてきて、こんな忠告を寄越してきた。
「か、からくり武者は、あの程度じゃ壊れねぇ! 来るぞ!」
まるで、それが合図だったかのように、からくり武者が立ち上がり、咆哮を上げた。
「――マジウケルシッ!」
室内を揺るがす爆音。
そして、白い眼光が俺たちを捉え、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
戦闘再開。
俺たちはいっせいに身構えて……そして唖然とした。
足を踏み出したからくり武者が、突然姿を消したのだ。
高速移動などではない。
俺たちははっきりと見た。
バラエティのドッキリ番組よろしく、床が突然消失して、そこに誕生した大きな穴にからくり武者の巨体がキレーに落ちていった。
心持ちスロー再生気味に見えた。
あ、いけない。脳内で勝手にリプレイされる。ユニークな音楽に載せて。
え、これ、なに?
「壁に激突くらいでは壊れないとしても……300メートルの高さから落ちたら、どうかしらね?」
スティナが、勝ち誇った顔で一枚の紙をぺらぺらと揺らしている。
それは、このアジト一階の見取り図であり、トラップを自在に書き込める例のアイテムで、――部屋の中央にこんな文字が書き足されていた。
『天井まで、吹き抜け』
……スティナ。お前って、ホンット、こういういやらしい戦法考えさせたらピカイチだよな。