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プロローグ 突然の始まり

『困ってる女の子はみんな助けてやれ』


 親父が俺に叩き込んだ、唯一無二の教育。

 こいつのせいで、俺は困っている女の子を放っておけない体質になってしまった。


 けどな、親父よ……


「今、異世界に魔王が誕生して凄く困ってるんです。一緒に行って退治してくれませんか?」


 ……こんなぶっ飛んだ女の子でも、それは有効なのか?


 ふわふわの栗毛を揺らし、アニメみたいな大きな瞳をキラキラさせて、その少女は言う。

「異世界を救えるのはあなたしかいないんです!」と。


 あぁ。

 春……、だもんなぁ。


「この先にいい病院があるから……」


 俺に出来る人助けはこれくらいだ。


「違いますよっ!? わたし、正常です! 元からこんな感じです!」


 うわぁ……元からそんなんなんだ。なんて残念な美少女なんだろう。なまじ、顔が可愛いだけに残念さがより際立っている。


「あの……ダメ、でしょうか? 一緒に異世界へ……」

「ダメも何も……」

「…………来てもらわないと……わたし、困ります…………」


 うっ……親父の言葉が浮かぶ……


『困ってる女の子はみんな助けてやれ』


「…………ノルマが達成出来なくて」


 そして母親の言葉が浮かぶ。


『目の前のボケにはとりあえずツッコミなさい! それが愛よっ!』


「お前は営業かっ!?」


 ――と。母親のくだらない教育も、しっかりと俺の中に根付いてしまっているわけで……えぇい、忌々しいっ!


「とにかく、異世界に行って魔王を倒すだけの簡単なお仕事なので、契約書に色々危険なこととか書いてありますが一切読まずに署名捺印だけしてくれませんかっ!?」

「お前、最低なこと口走ってるけど!?」

「わたし、困ってるんですっ!」


 くっ…………親父よ、恨むぞ……こんな体質に育て上げやがって……


「わ、……分かったよ」


 困っている女の子は、放っておけない。

 俺は、少女の差し出した契約書にサインをした。

 瞬間、契約書が光に包まれ消失してしまった。


 ……え? なんだこれ?


「あの……」


 遠慮がちに、少女が言う。


「……よくこんな胡散臭い勧誘でサインとかしますね? もうちょっと慎重になった方がいいですよ?」

「お前が言うなよ!?」

「でも、おかげで助かりましたっ! では、行きましょう! 異世界へ!」


 少女の声に続き、今度は俺の体が眩い光を放ち始める。


 そして、その段階になってようやく俺は理解した――



 あ、これ……マジなヤツだ。





 すべてが光にのみ込まれ、五感のすべてが遮断されたような不安な心地を味わった後、俺は風に混じる土の香りを感じた。

 恐る恐る目を開けると……


 目の前に巨大なドラゴンがいた。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああっ!?」

「ガッァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 デカい悲鳴を上げたら、それ以上にデカい咆哮が返ってきた。


 なんじゃこれ!? マジシャレにならん!?

 バッと振り返ると、さっきの少女がいた。


 物凄~~~~く、遠くに。

 こちらに背を向け、全速力で逃げていく。


「…………ちょっ!? 待てよっ!」


 一瞬の黙考の後、俺は全速力で駆け出した。

 死ぬ! マジで死ぬ、コレ!


 ドラゴンに追いかけられ、俺はこれまでの人生で最速の猛ダッシュをした。

 こんなところで死んで堪るか。……最悪でも、あのアホの娘を一発どつくまでは。





「もう! ダメじゃないですか、ドラゴンの前で大声なんか出しちゃ!」

「なんで俺が怒られてんだ!?」


 死に物狂いで逃げまくり、小一時間走り抜いて、ようやくドラゴンを撒くことが出来た。

 先ほどドラゴンと遭遇した岩場を抜けて、今は深い森の中にいる。…………もう、確実に日本じゃないじゃん、ここ。マジで異世界なの? 一回落ち着いて説明してくれよ……


「とりあえず、わたしの仕事はここまでですので。健闘を祈ります。では!」

「待て待て待て! 俺、完全に置いてけぼりだよ、身も心も!」


 定時を迎えた無気力社員バリに、さっさと帰ろうとする少女。

 物凄くドライだね!? 現代っ子なのかな!?


「これからどうすりゃいいんだよ? せめてそれくらいの説明はしていけよ!」

「えぇ~……あとはギルドにでも行って聞いてくださいよ」

「その『ギルド』が分かんねぇんだよ! 教えろよ!」

「えぇ…………ググってくださいよぉ」

「異世界に連れてきといて、そういうこと言うか!?」


『えぇ~』じゃねぇよ!

 いい加減殴ってやろうかと思い始めた時、美少女のスマホが鳴った。


「はいは~い。あっ、マスター! ちょうど良かったです、今、ちょうど百人目の転移者を連れてきたところで…………えぇ、……はい……はい………………ぇぇええっ!?」


 突然素っ頓狂な声を上げ、美少女がスマホに向かって大声を上げる。


「ルール変更とか、聞いてないですよっ!? 評価ポイントは!? わたしのこれまでの苦労は!? えっ、『あとはシクヨロ』って、そんなっ!? もしもし!? もしもぉーしっ!?」


 通話が切れたのだろう。

 美少女の肩がガクリと落ちる。

 膝から力が抜けていき、よよよ……と、地面へくずおれる。


「お、おい……大丈夫か?」


 あまりの落胆ぶりに心配になるほどだ。

 一体、何が起こっているんだ……嫌な予感しかしないけど。


「……帰れなく、なりました。いいえ、それどころか、もうどこにも行けません…………この世界に閉じ込められました!?」


 言っている意味はよく分からん。

 よく分からんが、一大事だってことはよく分かった。

 ……閉じ込められたってことは、俺も、帰れないのか?


 地面に手をつき俯いている美少女。

 何か声をかけるべきか…………と思っていたら、涙の溜まった瞳がこちらを向いた。


「あ、あの…………」


 絶体絶命。

 大ピンチ。

 お先真っ暗。

 そんな言葉がぴったりくる表情で、すがるような視線を俺に向けてくる。


「……これから、どうしたらいいんでしょうか?」


 それ、こっちのセリフだから。



 こうして俺は、よく分からないままに、このよく分からない残念な美少女と異世界を冒険することになってしまったのだった。






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