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岡山県の県北に位置する津山市に、恭介は電車を乗り継いでやってきた。
県南より風が冷たい。
雲も厚く、どんよりとした天気だった。
京都で怪魔に襲われたのが二ヶ月前。
気がついてからは、倉敷市の病院に転院し、さらに入院生活が続いた。
そして町内の病院に転院できたのが一ヶ月前。そこからはすぐに退院できたが、予想外の体調不良に悩まされて、ようやく思うように動けるようになったのは、つい最近だ。
その間、忠おじさんや若菜に献身的に看病をしてもらっていたのは、とてもありがたいと思っている。
しかし恭介にはどうしても許せないことがあった。
若菜たちが、勝手に物部家と恭介の縁を切ってしまったことだ。
そもそも恭介が京都で怪魔に襲われ、生死の境を彷徨ったことが原因だったことは、充分理解している。
もしも逆の立場だったら、同じことをしていたかもしれない。
だけれども、恭介の言い分を全く聞かないで、話を進められたことは、正直のところ面白くない。
しかも若菜は、幸を探さなくていいとまで言ってきた。
そんなの本心じゃないことぐらい、恭介が一番よく知っている。
なので、おそらく生まれて初めて若菜に怒った。
当然若菜も引かないから、それから口もほとんど利いていない。
忠おじさんには悪いけど、こればっかりは折れるわけにはいかない。
なので、体調が戻ると一番に、ばあちゃんの介護施設に顔を出し、そしてこの北の街へやってきたのだ。
武尊と直接話をするために。
だいたい、武尊も武尊だ。
何度電話やLINEをしても、全く反応がない。
これでは武尊の気持ちがわかるわけがない。
葵さんにも連絡をすると、
「当主のご命令で、恭介君は当家の殺魔師から抹消されています。今後、当家とは関わりがありませんので、ご連絡は控えいただきたい」
と見事なまでの他人行儀な対応をされて、落ち込んだ。
こうなったら武尊と直接会わないと、話にならない。
時間は一時過ぎ。話し合える時間は充分にあるはずだ。
恭介はタクシーを拾うと、武尊の家を運転手に伝えた。
物部家は市街地から少し北に位置する場所にある、田んぼに囲まれた豪邸だ。
家の周りは、少しふるびた白壁に囲まれ、中心には大きな門がある。
初めて見たときは、あまりの広さに驚くばかりだったが、数カ月ぶりに見ると懐かしさすら込み上げてくる。
恭介は緊張しながらインターホンを鳴らす。
インターホン越しに対応してくれたのは、意外な人物だった。
「恭介か? 久しぶりだな。出るよ」
しばらくして、潜り戸から顔を出したのは勝だった。
その懐かしい顔に、恭介はほっとする。
武尊は勝さんのことが苦手だが、恭介は武骨な物言いとは裏腹に一本筋が通った考えの勝となぜか気が合って、仲良くさせてもらっていた。
「大変だったな。もう大丈夫なのか?」
「はい。体調は万全にしてきたので」
「そりゃよかった。ところで、今日は何の用だ?」
ひょうひょうと勝は言うが、恭介はショックを受けていた。
「僕、やっぱり物部家には入れないんですか」
いつも自信に満ちた勝が、珍しく困ったような顔をする。
「あのガキが、珍しく当主命令として、恭介を物部家の殺魔師から抹消するって言ったからな。
さすがに俺たちも逆らえない」
「あの……、武尊とは話ができませんか?」
「それも今は無理だな」
ある程度予想はしていたが、実際に会えないと分かると、さすがの恭介も落ち込んだ。
「武尊、元気にしてます?」
勝の顔に陰りが浮かぶ。
「そうだな。今は気持ちが悪いぐらい大人しいな」
「そうですか……」
「悪いな。せっかくここまで来てくれたのに」
「いえ、また来ます」
恭介は肩を落として歩き出した。
その後ろ姿を、勝はため息をついて見守っていた。
武尊と一年ほど楽しく過ごした家が、今は遠い。
物部家との距離を改めて自覚して、恭介は寂しく感じた。
恭介はとぼとぼと田んぼに囲まれた道を歩いていた。
この道も、武尊と一緒にランニングで走った道だ。
中学を卒業して、勢いのままやってきた恭介を物部家は温かく迎えてくれた。
特に武尊は喜んで、何をするにも一緒に過ごしていた。
そんな場所に、戻ることはできないのだろうか。
もう一度、恭介は後ろを振り返って驚いた。
物部家が見えない。
まだそんなに歩いたはずはない。
前を見ると、同じような道が続いている。
そのとき、恭介は何とも言えない違和感を感じた。そしてすぐに違和感の正体に気がついた。
車の音が全く聞こえない。
車社会の地方だからこそ、常に車の音が聞こえていた。それが今は全く聞こえない。
恭介は足早に歩き、そしてついには走り始めた。
しかし、景色は変わることなく、同じところを延々と走っている感覚しかない。
「何これ」
思わず悪態をついて立ち止まり、スマホを確認した。
画面には圏外のマークが出ている。
「なに? ここ、どこ?」
呆然としている恭介の足元に、何かが絡みつく。
見ると、お面を被った小さい人間のような生き物が、二つ、恭介を見上げていた。
着物を着ていて、何かのキャラクターのぬいぐるみのようだ。
恭介は思わず飛び上がって、距離をとった。
「人間か?」
「いや、違うだろ。同じ匂いがするぞ」
「久しぶりだな」
「珍しい」
二つの人間のような生き物は交互に喋っている。
もしかしたら、会話ができるのだろうか。
「あの、ここはどこでしょう」
恭介はおそるおそる尋ねた。
すると、それらは驚いて、逃げようとする。
「ま、待って。僕、もとのところに帰りたいんだけど」
それらはこそこそとお互い話し合うと、一つが前に進み出た。
「お前、何者だ?
どうしてここに来た?」
「わからないけれど、気がついたらここにいたんだ」
「迷い子か」
「迷い子だ」
「久しぶりだな」
「珍しい」
そしてまたこそこそと、二人で話しだす。
「お前、人間だったら戻れない」
「人間はここから出られない」
「だけど、お前同じ匂いがする」
「たぶん出られる」
二人は歩き始めた。それに恭介は黙ってついて行く。
やがて目の前に明らかに空間がぼやけたところが出てきた。
「お前、ここから出られる」
「同じ匂いがするから、出られる」
恭介は好奇心に負けて、二人に聞いた。
「同じ匂いって、どういうこと?」
二人はお面を真横になるぐらい傾けた。
「ああ、ナツの匂いがする」
「ナツと同じだ」
「ナツ?」
「ナツはここを通れる」
「行きたいところに行ける」
よくわからないが、恭介は、駅を思い浮かべ、その空間に入って行った。
その瞬間、恭介の目の前に津山駅が現れた。
「うそ……」
思わず声が漏れ、恭介は後ろを振り向いた。
しかしそこには小さな人間も、田んぼに挟まれた道もなく、駅前の景色が広がるだけだった。
スマホを見ると、時間は夜の八時を指していた。
つまり、恭介は時間と空間を超えて、ここまで来てしまったことになる。
もしくは、頭がおかしくなって、変な妄想をしながら、ここまで歩いて来たのだろうか。
どちらにしても、かなりおかしな状態には違いない。
一度ベンチに座って、気持ちを落ち着かせる。
最終電車には間に合うけれど、今から帰ったら十二時頃になるかもしれない。
さすがにその時間まで、家に帰らなかったら、おじさんたちが心配するだろう。
ふと見上げたバス停に高速バスの文字を見て、はっとした。
調べてみると、東京行きもある。
父に会ってみよう。
恭介は、先ほどの小さい人間たちが言っていた言葉が気になっていた。
その秘密を、もしかしたら父なら知っているかもしれない。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
どうせ忠おじさんに相談しても、いい返事はされないだろう。ここに来ることも、おじさんに反対されたことだし。
もちろん喧嘩中の若菜には相談できない。
もしも行くなら、今しかチャンスはない。
恭介は忠に連絡をし、東京に行くことを伝えた。予想通り反対をされたが、ごめんなさいと言って電話を切った。
「何やってんだろ」
忠たちの心配を振り切ってまで、今、確認しないといけないのか、恭介にはわからない。
だけど、このおかしな現象を父ならわかるような気がしたのだ。
佐藤家では、若菜が部屋から出たり入ったりして落ち着かなく過ごしていた。
夜の八時になっても帰ってこないなんて、やはりどこかで体調が悪くなっているのかも。
そんな不安が拭い去れない。
喧嘩をしているとはいえ、ついて行けばよかった。
もしくは、さっさと謝ればよかった。
だけど、ここで謝ってしまったら、恭介が殺魔師であり続けることを認めることになる。
そうしたら、またあの時のような怪我をいつするかもわからないのだ。
そんなの、許せるはずがない。
そんなとき、恭介から忠に電話がかかってくる。
「えっ? 東京!
駄目だよ、すぐに迎えに行くから帰っておいで。
恭介君!」
忠のただ事ではない声に、若菜は台所に駆けつける。
「どうしたの?」
忠は困惑したように答えた。
「お父さんに聞きたいことがあるから、東京に行ってくるって……」
忠がちらりと若菜の顔を見る。
みるみる若菜が不機嫌になっていく。
「……なによそれ、パパがどれくらい心配してると思ってるのよ!
恭介なんか、知らない!」
部屋の扉が勢いよく閉まり、家が震えたようだった。
その後ろ姿を見ながら、忠は大きくため息をついた。
そして、すぐに東京にいる妻へ連絡をしたのだった。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
本作はフィクションです。作中には実在する地名や施設名などが登場しますが、物語の演出上、設定や描写には創作・脚色が含まれます。実在の人物・団体・事件とは関係ありません
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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