16
翌日、理事長室で守ノ宮玲子に対峙していた、最上真一郎は、困惑していた。
札のことで、守ノ宮家に玲子の事情聴取の約束が取れたのが先週末。そこからあれよあれよという間に今回の事件だ。
あまりのことに、葵から連絡をもらった最上は転がるように東京からやってきた。
そして今、警察庁対怪魔局特別対策課が正式に事情聴取を行っているというのに、油汗を浮かべているのは最上の方だった。
最上の後ろには、特別に葵と武尊も同席している。
「他に聞きたいことは?」
目の前の推定40代の女性は、惜しみない美脚を組み替えながら尋ねてきた。
優雅に紅茶をすすると艶やかな笑顔を浮かべる。
「後は、あれ、『札』についてなんですが……」
「あれは、警察庁対怪魔局怪魔研究課の私の知り合いの研究員からもらった物だ」
「警察庁対怪魔局怪魔研究課って、身内じゃないかっ!」
「ああ。自分の負の感情を吸収して、簡易的に怪魔を呼び出すことができると聞いていた。あまりためすぎると、燃えて少し強力な怪魔を呼び出すとは聞いていたが、核が五つもある怪魔を呼び出すほどとは考えられない」
「つまり、昨日の怪魔は別の要素があると?」
「ああ、私はそう考えている」
最上はメモを取りながら頭をかいた。
「そもそも、あなたがその札をご主人に渡さなかったら、この事件は起きなかったと思うんですが」
「もちろんその点については反省している。私は主人と離れて暮らしているし、主人は霊力を持たない一般人だからな。
私のいない間に、主人が狙われないとも限らない。もしものときのために、持たせていた。
もっともあのような使い方を思いつくとは、予想外だった」
玲子は大きなため息をついた。
「主人は気が弱いが優しい人間なんだ。しかも、私の行動を全て許してくれる。そこが気に入って結婚したんだが……。
まだまだ、私の知らない一面もあるのだろうな」
武尊は、玲子の人間らしい一面を初めて見た気がした。
そうして、再び紅茶に口を付けた玲子は葵を見る。
「物部葵。昨日の子、死ななかったそうじゃないか」
その言い方に、武尊の目が険しくなる。
「あれだけ魂を吸い取られていたと言うのに、大したものだ。
彼は君のところの殺魔師か?」
「はい」
「違う!」
武尊が葵を遮って、玲子に食ってかかる。
「恭介は物部家の殺魔師を辞めさせた。もう一般人だ。怪魔とも、殺魔師とも関係ない!」
玲子は目を細めて武尊を見た。そして冷たく言い放つ。
「私は元気な男は嫌いじゃない。無鉄砲な男もだ。
だけど、場をわきまえない子どもは嫌いだよ」
その言葉に、武尊は言い返せずに唇を噛む。
玲子は武尊には目もくれず、葵に話しかける
「葵。あの子の名前は?」
「井久見恭介。まだ殺魔師になって一年程です。
とても一条家のお眼鏡にかなうとは思えません」
「井久見?
もしかして彼の父親は、警察庁対怪魔局怪魔研究課にいないか」
「ええ、そうですが」
最上は初めての情報に驚いて葵を見る。
「そうか。あの男に子どもが……。
もしかしてあの噂は……」
独り言を呟くと、玲子は面白そうに微笑んだ。
「恭介が回復したら、君と二人で上京するといい。一条家を紹介するよ」
拒否できない雰囲気に、葵は苦々しい顔をする。
「ああそれと、札をくれたのは彼の父親だよ。
井久見康介。警察庁対怪魔局怪魔研究課随一の変態研究者だ」
武尊はマンションの部屋の中をもう一度確認する。とはいえ、たった3ヶ月程いたばかりで、私物がそんなに増えるわけもない。
武尊は目を閉じて、受け止めきれないほどの思い出を吸い込んだ。
そして武尊は窓から微かに見える、恭介が入院している病院を見つめた。
「忘れ物はないですか?」
背後から静かに葵の声が聞こえる。いつの間にか葵が部屋の入口立っていた。
「うん。大丈夫」
「宮本さんのことですが、しばらくは守ノ宮家預かりになるそうです。今もまだ混乱しているそうですが、精神的なケアも含めて回復までサポートするとのことです」
聖子のところなら、大丈夫だろう。
武尊は安心した。
「そっか。よかった」
「恭介君の荷物は、言われた通り全て佐藤家に送ります。
恭介君、昨日は少しだけ食事を口にできたそうですよ。ほとんど眠って過ごしているようですが、回復に向かっているようです」
淡々と告げる葵に、武尊は黙って頷いた。
「恭介君のこと、本当にいいんですか」
武尊はゆっくりと、大きく頷く。
「ああ。恭介には今後一切関わらない。物部家もだ」
「……かしこまりました。当主のおっしゃる通りにいたします」
葵は複雑な表情で武尊の背中を見て、黙って部屋から出ていった。
静かになった部屋で、寂しそうに玉依が震える。
そんな玉依を胸に抱くと、少ない荷物を持って、武尊も部屋から出ていった。
病院で目を開けた恭介はぐるりと辺りを見回す。近くにいた若菜と目が合うと、かすれる声で問いかけた。
「武尊は……?」
若菜は怯えながら答えた。
「また来るって言ってたよ」
恭介は安心して頷いた。
「武尊に言っといて。
一人で無茶しないでって。元気になったら、一緒に頑張ろうって。
だから、一人で無茶しないで」
何度も繰り返すと、再び瞼が落ちてくる。
「わかった。ちゃんと伝えておくから、安心して」
その言葉が聞こえたのか、恭介の表情が和らぐ。
若菜はうつむいて、両手を強く握りしめた。
「……恭介、ごめん」
静かな病院に無機質なモニターの音が響く。
若菜のつぶやきは聞こえることなく、恭介は再び深い夢の中に落ちて行った。
本作品は個人創作です。
一部の表現や設定の整理にAI(ChatGPT)を補助的に使用しています。
「さち」名義で「pixiv」「小説家になろう」「カクヨム」にて同時掲載しています。
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