6-6.あなたが隣にいる、それだけで〜第一部エピローグ*
◇翠琴と懐徳 —甘やかな午後—
「ふあぁ……」
欠伸を噛み殺しながら、翠琴はふくらんだお腹にそっと手を添えた。
子を授かってからというもの、眠気がひどい。
毎日が、まるで夢の中のように、やわらかく過ぎていく。
懐徳は、いまや重責を担う身。
朝は早く、夜は遅い。
日中のほとんどを、ひとりで過ごすことも珍しくなくなった。
けれど──
今日は、少しだけ違った。
「えっ……もう帰ってきたの?」
玄関の扉が開くと、そこに懐徳が立っていた。
両腕いっぱいに、抱えきれないほどの花束を携えて。
「……お誕生日、おめでとう」
その言葉に、翠琴は瞬きをした。
「あ……そっか、今日、誕生日だったんだ……」
自分でも忘れていたことに、思わず頬がゆるむ。
──こういうところ、本当に、マメな人だ。
ふわりと花の香りが部屋を満たした、そのとき──
「……あっ、今、蹴った!」
ぽん、と合図を送るように、お腹の中で小さな命が動いた。
翠琴はふふっと笑い、そっと手を当てる。
”懐徳に似た優しい子が生まれますように……”
懐徳も、そっと願った。
”翠琴のように愛らしい子が生まれますように……”
「ふふ、ねぇ、今、何を考えてた?」
「それは──内緒」
目が合い、ふたりして小さく笑い合う。
そっと、指がふれて──やがて、静かに絡み合う。
”大好きよ”
翠琴の手から伝わる静かな想い。
懐徳は、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま、
彼女の頬にそっと唇を落とした。
「……愛してる」
ただ、それだけで、心が満ちていく。
春の陽ざしが柔らかく差し込む、甘やかな午後だった。
◇趙普と燁華 —あなたのとなりで目覚める朝—
──夜が明けて、朝の光が差し込む。
昨夜、ふたりはついに夫婦になった。
初めて、心も身体も重ねた夜だった。
あの“事故”のときとは違い──
趙普は驚くほど優しくて、燁華も、戸惑いながらもちゃんと応えることができた。
隣から、静かな寝息が聞こえる。
”綺麗”
無防備な寝顔を見て、思わずつぶやきそうになる。
そういえば、最初はこの顔に一目惚れしたんだった──
まさか、こんな未来が待っているなんて、思いもしなかった。
「……人生って、ほんとに不思議」
ぽつりとこぼれたその声に──
ぱちり、と彼が目を開けた。
「……お、おはよう」
慌てて視線をそらそうとしたその瞬間、
ぐいっと引き寄せられる。
「きゃっ──」
「逃げるなよ」
耳元に、低く甘い声。
そのまま、あたたかく抱きしめられる。
「……逃げないよ」
逃げたくなんて、なかった。
ずっとこの温もりに包まれていたい──
そう、素直に思った。
「痛むところ、ないか?」
優しく、しかしどこか確信犯めいた手つきで肌に触れる。
「ひゃっ……! な、ないけど……あっ……」
昨夜の記憶が蘇り、触れられた場所が熱を持つ。
「だいぶ感度良くなったよね。もう少し開発してみるか」
「か…開発!?私は物じゃないんだけど!?」
「ん? 知ってるよ」
くすりと笑い、彼の大きな手がなぞる。
そのたびに、背中がゾクゾクとして甘い声が漏れそうになる。
「燁華は俺の大切な宝物だよ」
「だから、そういうのが物っぽい!」
プイッと顔を背けたその横で──
ふと見ると、趙普はまたすやすやと眠っていた。
「はぁっ……」
無防備で、穏やかなその横顔に、燁華はそっと頬を寄せた。
「……ずっと、このまま居られたらいいのに」
小さくこぼれたその声は、朝の光の中へと溶けていった。




