東にあるは天与の地⑥頼朝に繋がる物語
平家物語(自由律に)ep12「炎立ちて」関連エピソード
この富士の山、素晴らしい。いかなる人界の騒乱も見えず、三千世界を全て含む宇宙。そう、時の流れ(宇)と空間(宙)があるだけだ。全国の霊場を巡るうちにたどり着いたこの静寂の地。ここで私は目覚める、遠藤盛遠から文覚と成るのだ。
「これが父上、源義朝公の骸骨です。」
目の前に僧が骨を置いた。
「これが、父上、、、、、」
源頼朝の最初の一言であった。
「私も元は武士だったので、こうなった宿命の厳しさ、無念はよく分かるつもりです。」
「、、、、文覚と言うたか。」
「はい。」
「礼を言う。有り難いことを、感謝する。」
やはり源氏の嫡流、伊豆に流されているとはいえ錆は身の奥までは達していない。ならば、試すか。
「その骨に何を誓いましたか?」
「、、、、、、、、。」
伺っている。こちらの真意を。
「いや、他意はありません。ただ随分と悲痛な顔をしていたものですから。」
「いつかは仇をとる。それだけだ。」
覚悟したように言った。
「そのとおりでしょう。しかし周りはそれで済みません。」
文覚が返すと意外そうな顔をした。
「無論、命を惜しむものではない。」
武士としての心を説いているのか?
「、、、、父の仇を平家にとるのであれば、貴方は対立者となりますな。」
「、、、、、、。」
「貴方が次々と平家の報復を跳ね返すのなら、いつかは源氏の正統として、平家と天下を分けることとなります。そうなると並び立つ、ということは期しがたいでしょう。雌雄を決する、ということに否応なく向かってゆく。そのような流れに身を置く始まりが仇をうつということ、そして「果」に向かって見える力見えない力が貴方に押し寄せる事になります。」
「望まぬとしても?」
「避けることは出来ません。天下を担うものは天に昇ってくる他者を許しません。」
日本という天下を分け合うことは出来ない。いつかは上下の別は成立する。かつて伊豆国から近い坂東で蜂起した平将門、西国の藤原純友、奥州の阿弖流爲を朝廷は許して並立させたか?そんなことはなかった。そんな脆弱な者は中央で立つことは許されない。追われるだけだ。
「、、、、至強の平家と戦うことになると?」
「平家は天下の至強ではありません。」
?
「所詮、平氏の中の清盛の一派が平家。大勢力ですが比肩する者は幾つもいます。」
「、、、、奥州や僧兵、源氏か。」
「しかし平家はその上に居る。何故か?」
「天命か?」
「縁ですよ。平家は日本の中で多くのつながりを結んでいます。非平家平氏、寺社仏閣、元海賊、地方の武士、貴族、数え上げればきりがありません。清盛の父忠盛が武士として初めて殿上人になってから様々な場所に出て、戦い、或いは手を握る相手を求めてきた。そうして位人臣を極めると味方に恩恵を与えて共に在る旨味を感じさせてきた。平家に挑むなら彼らとも戦うことになります。」
「奥州藤原や源氏の中でも平家と付き合う者たちがいる。」
「それらが平家を至強に見せる縁というもの。」
なら勝ちようがないではないか。やはり巨大極まりない相手だろう。顔に露骨に出た。
「御坊は僧ゆえ、落ち着いてますがね、、、、戦いの中に産まれ生きる我々にはこの力の差は大きすぎる。」
はっとした。何という弱音か。この頼朝も弓馬の術に秀でた強者ぞ。しかし文覚は意外にも顔を和らげた。
「兵衛佐殿は己の小ささも相手の大きさも測れる、ゆえに恐れている。ここでされど平家何するものぞ!と叫ぶようであれば単なる無謀者。一匹夫の挫折を見ることになると思っていましたが。」
「測れてもどうなるものか。どうにも、、、」
「伊豆から周りを見ればよろしい。下野国、上野国、常陸国、上総国、下総国、武蔵国、相模国、安房国の坂東以外にも伊豆国、これだけの広い関東、兵馬満ちる関東を糾合すればどれだけの力になるか。」
「天慶の騒ぎは鎮圧されたが」
「その頃よりもこの地の力は増しています。しかし畿内に居るとその発展が分かりません。かつての面影に囚われている目にはこの地点の持つ力が映らないのです。その天与の地があなたの目の前にあります。」
「政子の北条家だけではないということか。しかし私にこの地が従ってくれるだろうか。」
「貴方が勝つ道に在るなら従うでしょう。」
力が抜けるような気がした。それならやってみれば分かるというぐらいの見立てだと言っているようなものではないか!
「私はその道を切り開くべきだと言いたいのです。」
頼朝のドッチラケを感じた文覚が言った。少し人としての動揺が見えて腹の中でクスリと笑いが生じた。
「切り拓く、、、。元手もなしに、、、。」
しかしこれは本心からの呟きではない。この僧の言葉をもっと引き出したい。
「謀られるな。兵衛佐殿の手元には北条家、そして源氏の嫡流というもとでがあるでしょう。」
そう、そうだ。
「それで足りないと思うなら、前借りをすれば良い。」
「御坊は商人ですか?」
「この文覚。武士の身から出家し、諸国を巡り名高い霊峰・霊場で修行を致しました。滝に打たれ数日、天童の降臨を受けたこともあります。それほど様々なモノを見て、感じ、思いを馳せてきました。商人というものにも世話になり、接したこともあります。それら全ての体験が私の中に入り込んで、脈打っているのです。商人の言葉が出ることもあるでしょう。」
前借りとは、、、、?
「大きな商いをしようとする者が、当座の元手を手に入れるために、先で手に入るであろう利を当て込んで借りることですよ。」
「、、、千里眼でもお持ちですか?」
まあ顔に出すぎていたな。
「天下を担うようになれば、味方した者には恩賞を。そうすれば今の私の身でも」
と言いかけてやめた。違う。もっと与えなければならないものが武士には在る。
「我らの拓き、耕し、依るこの荘園を奪い合うのではなく、安堵させる。しかも朝廷ではなく我らの手で。」
「大きな想いをお持ちで。」
この男の眼は高い所を見ている。人を引っ張ってゆく者だ。その眼が少し沈む。
「その為に平家と戦い、平家の如く、、、」
「彼らの後追いをする必要はありません。天下を担うなら、貴方の在り方で担えば宜しい。そもそも平家と同じくするなら、兵衛佐殿、貴方は武士の土地の安堵を与えることは出来ません。」
「!」
「清盛殿のように太政大臣まで上り詰め、政事を総覧する、するとすべき事が多すぎるのです。とても手が回らない。結局、身内、味方贔屓と成る以外に道はなくなります。清盛殿が就任するやすぐに太政大臣を辞したのは、彼の勝手だけではありません。時間を得なければなりません。果たして朝議に参加し、除目に奔走して貴方が武士として成したいことに手が届くでしょうか。」
「自分なりの、、、、武士としての、、、。」
「貴方のその眼を以て、手をつける事を選ばねばなりません。全てを担うことはありません。平家も天下にある宗は軍勢です。それ以外は貴方なりに選ぶべきです。それが出来ないのが清盛殿であり、平家です。」
「、、、、どうも、清盛という人は頼ってこられると全てを受け入れてしまう、、、、そんな男でしょうか?」
「自分が全てに関わりたがる。そういうところはあります。」
「ははははっ。」
可笑しさを感じたのか、笑った。急に愛嬌が出た。
「あの太政入道、を!」
「そうです。権力に絶対必要なものを挙げるならそれは強い軍勢。それを有して、他に、更に、とは、そうとしか言えないでしょう。」
どうも心の底の思いが出過ぎている。この男の前では人はそうなるのか?
「朝議は京の貴族連に担ってもらおう。武士として、共に立つ私は手が回らない。しかし、それが許されるだろうか?」
「律令が空虚になって、国軍が成り立たないでいる時代に誰も文句は言えないでしょう。軍勢の管轄は今日の貴族にとってただの面倒事!だから武士が各地から呼ばれているのです。」
ここらへんは元、武士の自負や貴族の怠惰への憤りを吐露してしまったか。
「刀を握る者が動かす世。」
「もうそういう時世です。律令による平安はありません。ならば、国の根本にある武に拠って立つ、結局、平家もそうやって世を治めています。」
「おい!白湯を持ってこい!御坊のが冷えているぞ!」
頼朝が小間仕えに声をかけた。ハッとしたようにバタバタ駆けてゆく。それを見送った頼朝がこちらを向いた。
「どの官職として朝廷と関わるべきでしょう?軍勢を統べり、軍政にも関わるなら、、、」
「阿弖流爲征伐時の坂上田村麻呂は将軍として朝廷に要求を出して他の豪族の私兵の徴発をも飲ませて、奥州国司も兼任し物資、人夫の供給も滞りなく行いました。しかし危機に対応する為の権限周りはやはり将軍職に付随していたと思うべきです。」
「軍勢を領する者が任にあっては(君命も受けざる所あり)と権を振るう。幕僚と共に。」
「孫子をお読みで?」
「戦が終わっても将軍であり続け、、、その麾下の幕府が六十余諸国の武士と地で治天を行う。我等が治、、、治天は朝廷に、我等は治地を行う。」
応じずに頼朝は続けた。
「、、、、もう道筋は見えたようですな。僧如きがもはや言うことは有りますまい。」
立ち上がりさっさと動き出す。少し遅れて動き出した頼朝、
「結構です。ただ髑髏を届けに来たついでに話に興じただけ、これにて御暇します。」
白湯を持ってきた小間仕えがぽかんとしている。そこを通り過ぎ外に出た。素早いことだ。
富士の高みから見える景色には人の喜怒哀楽は何も見えない。それをひたすらに日が照らしている。しかし夜には下界の火の瞬きが見えた。そこに人々の営みがある。
仏の慈悲を人は感じにくい。日の光を在って当たり前だとしか思わないように。夜の火は人の目を引き、人を集める。世の中を動かす智者、英傑の様に。
「朝廷の威が衰え、世が乱れるなら昼の日であれ、夜の火であれ光に人はすがる。兵衛佐殿、どのみち兵を挙げ世に意を問うなら、、、貴方は大きな火となりなされ。」
そう一人呟くとあとは風の吹くまま、足の向くまま一僧として流れてゆくのだった。




