小篇 戦の幕間で
平家物語(自由律に)ep12「炎立ちて」関連エピソード
下衆共が、、、、、、。
ひたすらにそう思っている。そうやって憎悪を滾らせないと自分は例えようもなく惨めな身に堕ちてしまう。その確信がある。
下っ端の兵に乱暴されている。平将門が坂東で国司を追い八カ国を占領してから直ぐの話だ。将門とやり合っている平貞盛の妻は一族の女子供や源扶の家族を連れて下野国に向かっていた。坂東各地で将門勢に押されている中で、夫の貞盛からようやく下野国の藤原秀郷という拠り所を得たので、合流するようにとの知らせが来た。既に将門の追手はかかっている、とるものも取らずに出発した。しかし、この坂東の地で敵軍の足は早い。捕まってしまった。
もう一行が止められるや、兵が襲いかかってくる。戰場という場所で女のニオイというものはあまりに刺激的なのだ。そして戦場を支配する武の荒々しい力をまとった者たちの側に、今それがある。糧や金目の物と同じく強い者達には全ての所有が赦される。飢えた様に身体に群がる兵に抵抗することも早々に力尽きされるがままにされている。
大体、畿内諸国からの移民や虜囚、百済、高句麗、新羅といった所からの渡来人、生え抜き、あるいは陸奥国で捕らえられて送られてきた蝦夷捕囚そういった者達で形作られた地は古くから耕されてきた西国や畿内諸国とは勝手が違う蛮地だ。掟も何も無い者と思っていた。だから夫の貞盛が
「一族の遺領を少しでもまとめる為に坂東へ。」
と言ってきた時には反対した。馬寮で馬の管理をして生きていけているならそれで良いではないだろうか?
しかし、もっと上を目指すのなら、さして嫌悪していない、いとこの将門と張り合わなければならない、そういう女の身では分かりにくい理屈を押し付けられて東にやってきた。
「なんて広い、どこまでも山ではなく、地が広がっている、、、、。」
山城国の小野も山に囲まれた広き地。しかしここはもっとだだっ広い、比べるべくもない。そして吹き渡る風は海原へ通り抜けてゆくという。異国ではないだろうか。京に居ては見ることのできない大風景。
「草深き鄙、としか思われてはいないが、中々どうして、と感じるだろう?俺達も父も爺も祖先もひたすらに耕し拓いてきた。都の考えじゃ及ばないさ。」
坂東に足を踏み入れてから貞盛は口数が多い。顔が輝いている。
「それでもあなた、その、、、蝦夷とかが歩き回っているのでしょう?」
これを聞いて貞盛は大笑いをした。
「ははは、いつの時代の話だ。もうそんな蛮人はおらぬよ。昔、陸奥国から送られてきた蝦夷捕囚の子孫も何処にいるやら。」
坂東とはいえ一国の中心は国府であり、国衙、国分寺もある。国府だけで見るなら田舎感は薄い。そういえば道鏡が流されてきたのは下野国。その時より時が流れているのなら昔日の関東未開噺は忘れるべきだろう。
「奥様、月の始めには歌会に是非。京風をお聞かせくださいませ。」
国府に家族を置いて叔父平良持の遺領の継承に忙しい夫は将門との戦いに専念している。しかしそれは国府の向こうの向こうで競り合っている“どこかで続いている合戦”の噂程度にしか感じない。自分は思ったより開けていた国府で夫人連との交友に忙しい。以外と和歌を詠む人々は多い。夫人達も時々に集まり和歌を詠み貝合せなどの遊戯を楽しむ。都の有閑趣味と代わりは少ない。ただ、和歌に関しては都ではその時によっておふざけのような歌を詠んだり、風流も求められるが、ここでは常に古典を踏まえた格調高さがウケる。文化が成り立ってきていますね、、、偽らざる思いだ。
「国府だけじゃないんですよ。草深き村にも国府から大工を呼んで美妙な館を築いている者達がいるのですよ、奥様。」
坂東の国府で草深きところが、と聞いてクスッとした。
「今、貞盛殿が戦っている将門殿もその様な館を持っています。調度品は全て京から持ってきているらしいですよ。」
京から、、、というのは多くは日本で作られたものではない。震旦産だ。震旦から来る調度品は西国の富者が争って買っている。東国でも将門程ならわざわざ取り寄せることも出来るだろう。他にも綿等も日本でどんどん作られなくなっているので衣服の元になる絹もますます多く震旦から海を渡ってきている。律令国家華やかなりし頃はこの日本で作れていた物が食糧や必需品以外は震旦頼みになり、黄金や卑金属、木材で決済が行われている。通用銭に至っては端から震旦のを用いている。中世日本が茫洋と姿を現しつつある。
「そんな富を持つ者と夫は、、、、、。」
「将門殿も京の方とつながりがあるので、そのうち共に坂東を支えるようになるかもしれませんよ。早く合戦も終われば良いのに。」
将門も和歌を詠むらしい。どうも聞いていた蛮人っぽさはない。夫人連のウケも良い。意外に丸く収まる日は近いかもしれない。
夫と任地に来て一年で世界がひっくり返った。将門が蜂起、常陸国府から始まり坂東八カ国を占領、坂東は日本とは異なる国となった。田原秀郷の元に避難するように、との文が貞盛から来て急いで出発したが、追いつかれて襲われている。身が汚されていると共に坂東での日々もおぞましく塗り替えられている気がする。
「、、、、、、、、、、、、。」
小さく呟いた言葉を聞きつけた兵が遠慮もせずに殴った。戦が起こった地の支配権は武の力を持つ者が持つ。そんな彼らに口でも逆らうことはこの上ない無礼と受け取られる。猛き原則が男達を染め上げているのだ。
「、、、、、、、、、、、、、。」
それでも再び呟いた時に力が尽きた。心が闇に沈んでゆく。
意識を取り戻すと女達が自分を介抱していた。
「急いで出発しましょう。賊軍は“手違いであった。夫の元へ疾く、向かわれよ”と。気が変わらぬうちに。」
気絶している間に将門から命が降ったらしい。新しい衣服も贈られて歌が添えられていた。
よそにても 風のたよりに 吾ぞ問ふ
枝はなれたる 花の宿りを
将門が詠んだものだろうか。少なくとも身を案じる気はあるらしい。
「お心遣い感謝します。お返しに。」
よそにても 花の匂ひの ちりくれば
わが身わびしを おもほえぬかな
歌を返すと足早に出発した。今はここから少しでも遠のかねばならない。悲しんでいる余裕なんてないのだ。というよりもこの世に女として生まれて自らの肉体が男の力で蹂躙されて、それを受け入れるしかない、そんな思いを抱かない女なぞ存在しないだろう。今回もその一つに過ぎない。抱くのは悲しみより厭きれ、とにかく急いで遠ざかるのみだ。
「下野国に急いで。」
やや苛立ったような声をかけて一行を急かした。
「仏門で菩提を弔おうかと。」
夫、将門の決起が潰えた後に早々に寺で髪を落とした。将門が一時、叔父の良兼の奇襲を受けて態勢を立て直しに下総国で雌伏している時に叔父方に捕らえられて、自らの実家に送り返された。「見逃してやるから新しい男に嫁いで将門とは縁を切れ」ということだろう。受け入れられなかった。家にいた弟たちに頼み込んで脱出、再起した夫のもとに駆けつけた。夫は暴虐ではないし、私利私欲で動いたわけではない。もっと大きな事を目指して立ち上がっただけだ。周りがどう言おうが、そう思う。しかし敵味方含めて大勢の死者が出た以上誰かがそれを引き受けて、ただただ祈らねば浮かばれないだろう。この新しき力溢れる大地に怨情は似合わないし、満ちさせるのは良くない気がする。
「静かに経文を唱えて、花を供え弔う。倒れた者達のために。私がすべきとしたら、それ以外はないでしょう。」
「槙は大丈夫なのか?馳が心配しているぞ。」
白木三郎が遅れて進む便女勢に尋ねに来た。
「はぁ?あなたたちわかってないの?」
梅は呆れたように返した。
「何がだ。急に調子が悪くなって後ろから足並みを落として何とかついてきている、それが分からぬから皆、心配しているぞ。」
決戦が終わり、帰り始めて体調が悪くなった槙。他の男はともかく、馳は分からないかなぁ、、、。
「そりゃ子が腹に宿ったなら調子も悪くなるでしょ。馳に伝えてやりな。」
三郎は昼に怪異を見たような顔をした。
「お、お前、赤子が、、、本当なのか?」
「見誤ることはないよ。戦で子を成すなんて大したモンだね。栗野の血筋ってことかも?」
「すぐ伝えてくる。そっちはもっとゆるりとついて来い。」
「あい。」
栗野の祖先の一人、足助という男はこの地から2年間、九州に防人として渡っていた。防人の制後期にあたる時期の武勇談は武蔵国の彼等の三村に言い伝えられている。自らの田を耕し、戦になれば刀を持ち誇りのために戦う、そんな武勇談は村々の若者達の血に染み込み、この地の風土を成してゆく。馳とまきの伴の物語もその一部となってゆくだろう。
「あの虹、新しい魂をたくさん連れてきたのかな?」
梅はそっと腹を撫でた。
都に帰った平貞盛は戦功によって位は大幅に進められて念願の大出世となった。田原秀郷はその頃から「藤原」の姓を名乗り出し、藤原南家の忠文は律令国家崩壊期の多事に駆け回ることとなった。貞盛の妻に関しては史書は紙を惜しんでか黙して語らない。
通用銭に至っては、、、、皇朝十二銭は流通が極めて少なく記念硬貨ぐらいの扱いだったという説がある。そうでなかったとしても、京の東西市ですら使われるのは大陸から持ってこられた銅銭だっただろう。




