東にあるは天与の地⑤天に唾する 決戦編
平家物語(自由律に)ep12「炎立ちて」関連エピソード
「婆よ、誰を探す?」
上野国の村で老女が誰かを探している。
「き、昨日、旅の僧を泊めたがな、、、、。」
「おう。」
「今朝、発ったんで畑の石を掘り出そうといつもの通り来ると。」
「うんうん。」
「畑の強羅な土から、石が一つもなくなっておった!」
「!」
「信じられん。あと何年かかると思っていたら、一つもなくなって、土が柔くなっておる。それで思い出した。僧が出る時に夜に芋を出したことを謝して、“あの芋のような石で苦しむことは無くなるだろう”と言ったことを。」
「誰だ、その僧は。」
「急いで探しているが、影もない。確かダイシと言っていたが。」
奥の院で座っているだけでは飽き足らない。人の世を行くからこそあのような宝のような輝く心に会える、、、。僧は歩きながら想う。
“しかし、その心輝く地は戦乱の地となる。この地の立ち上る気が将の心を早らした。いずれこの地に立つ者は治天下を為す者となる。、、、、今はまだ早すぎる。”
田原秀郷の元に武蔵国からの300人の騎馬が来たのは年の終わりであった。栗野馳という者が率いている。
「あんな鄙から300!?」
驚き会った。いずれも騎馬。女も何人もいる。だからこの数か。
「武蔵国より栗野馳以下300,田原殿にお味方いたします。」
引き締まった顔が並ぶ。これはありがたい。
「いい面構えをしておるな。」
馳という若い頭目は嬉しそうに微笑んだ。
「便女が多いな。醜名は何という。」
「槙」「照葉」「楓」「紅葉」「蓮華♪」「菊花」「梅」口々に伝える。声だけで周りが和む。
「勇士達よ参陣感謝する。戦は年が明けてから、短いが憩っておかれよ。」
ついこの間、武蔵国府から逃げてきた百済王貞連もわずかな手勢を率いてきている。あの周辺に泊まらせよう。劈頭の一撃、最後で渾身の一撃の為に増援は助かる。
「将よ、この数で将門と戦うのですか?」
下野国の百済衆は不安そうに言った。金堀衆として来て土着したが数が少ない。この僅かな兵もやっと集めた。
「このまま都に逃げたら本拠の交野で笑い者だ。とにかく参加、だ。」
やれやれという顔が出る。まあ矢面に立たされることはないだろうが。そこにがやがやと人が来る。
「まきだから醜名が槙とはな。他みたいにもっとひねったらどうかの?」
「それを言うなら、山戸太郎の妻が蓮華ってひねり過ぎじゃない?」
戦場で女は二つの力に守られて才覚を発揮できる。夫の威、そして醜名の加護。この二つが猛り狂う他の男、戦の霊障を防ぐことで女も戦士として活躍できる。戦いの中の知恵だ。
「栗野の馳に付く白木三郎と申します。戰場で馬をそろえるので、よしなに。」
「百済王貞連である。聞けば任地の武蔵国よりとのこと。殊勝である。我も鼻が高い。」
貞連のそばにいる男が「合力の方はあそこが良いかと。」と案内をかって出た。ぞろぞろと導かれて灯りが動いていった。
そして天慶3年が明けた。先手を取ったのは将門方であった。伴類含めて4000を動員して常陸国に軍勢を動かしている。
「軍の行方が定まっていない。奴ら、未だ我が軍勢の場所が分かっていないな。探している、というところだ。」
ここは一拍、動かない。もうすぐ春の忙しさが始まる。将門は長期戦を考えているだろう。伴類はこちらの大軍が見つからないなら故郷に返される。そこが動き目だ。果たして軍勢も逃げている藤原為憲も見つからずに将門は伴類を帰し始めた。
「貞盛殿、将門は坂東に自分に敵する者なしと思っているのだろうか?」
貞盛は敵の大将の顔を思い浮かべる。そこまで増長慢ではない。むしろ
「坂東の者は自分の心根を分かってくれるだろう。そしてこの地に生きるものが春や秋の忙しさの中で戦をやる、その様な事をするはずはないだろう、と思っているかと。」
と述べた。
「なんじゃ、その青臭い考えは、、、。」
どうも天朝に逆らう悪逆非道という気がしない。馬鹿っと言いたいほど真っ直ぐなのか。ならば軍勢を動かし出したなら奇策は必要ない。力を尽くしての前進のみ。年が明けてすぐに貞盛は常陸大掾に任じられている。左馬允から掾へと思っていると平公雅(良兼の息子)や秀郷全八名も押領使へ任命された。国軍も来るので焦るなと伝えられた。反乱鎮圧に国は本気だ。それを将門はどこか分かっていない。
「そのようだな。あくまで坂東で揉めているだけだから、主の藤原忠平は様子見をする、と。そんな訳無かろうが。税の上がる地は国の物、間に入るのであればそれは賊として見られる。よほどの不利がなければ容認しない。国の非情さと権勢者との絆を混ぜては、終わりよ。」
その様な解っていない相手に国軍を待つ必要なし!坂東の士のみで勝負を決める。
出撃だ。
「先頭は武蔵騎馬衆貞盛指揮、中軍はこの秀郷、貞連殿は後詰してもらう。しかし全軍で一気に掛かって決めるぞ!」
1月末に出陣。その頃、藤原秀郷はしばらく動かずと判断した将門軍からは続々と伴類が帰郷していっていた。
「兵衛府からのお救い、ありがとうございます。この恩は必ず、、、、」
と言い出した源経基は東国行を告げられて顔を引き攣らせた。
「坂東に赴任経験がある者はこの危機に力を尽くすべきであろう。」
今年68歳の征東将軍忠文に言われては抗しようもない。
「なにせ、志があるものは田夫、受刑者、野盗であっても将門と戦え、と布告を出しているからな。」
国軍は弛んでいる。少しでも坂東の反将門勢力を集めねば、今戦っている田原秀郷周りだけでどれほどの助けになるか。内乱一つにこうも揺れ動く朝廷は治天下をなせているのか?忠平のいう新たな豊穣の大地を確保できればそれは何とかなるのか?
「まあこうして大軍が東征するならもはや心配はないがな。」
雑念を頭から追い出し、勝つ算段だけを残した。2月8日征討軍、都を発する。
隙を狙って秀郷・貞盛軍がついに出撃した。この動きで将門はようやく敵軍の中心と意図を知った。伴類は帰り、手勢は1000のみ。
「おのれ、春の働きを邪魔して戦を起こすとは、悪逆なり!」
これは許してはいけない。自分が坂東を鎮めるために勇まねば。不利は承知で出る。
「ねぇ、菊花、三郎達が喋ってたこと知ってる?」
「聞いたよ。常陸国のことでしょ。将門、マジ最悪。」
「何のこと?」
「蓮華は知らないんだ。常陸で源扶や貞盛の嫁達が逃げ遅れて乱暴されたってこと。」
「!」
「結局返されたらしいけど、どうして男ってそういう事するんだろうね。奪うのは糧だけにしろってーの。」
「許さない、、、。」
貞盛率いる先頭で便女達の話が続く。
「そろそろ黙りな。槙に言われる前に。」
梅が馳と槙の気色を察して言う。男達は既に黙り込んでいる。
「どちらもこの地には詳しい者同士。出だしの一撃で勢いを得て、そのまま数で追い散らす。これが我等の勝つ道、先頭の役割は大きい。」
貞盛は馳らと談じている。
山から遠望していた将門方、藤原玄茂・多治経明らがその軍勢を発見した。本軍の将門はまだ後ろだ。
「多い、、、、、。」
「藤原殿、我等はあちらに対してあまりに無勢。本軍に合流しても知れています。ここは相手が気づく前に奇襲を。」
将門から見つけたならまず知らせよ言われている。しかしまともにやり合うには数が違いすぎる。ならば先手奇襲ではないか?思った以上の数の差に二将は即断した。
「?」
「三郎?」
「貞盛殿、馳、向こうの山から鳥がザッと飛び立った。伏兵ではないか?」
「敵勢があそこにいると?うーん、いそうなところだな。」
そこに山戸が急いでやってきた。
「照葉に霊が降った。“来る!”と騒いでおる。」
用意する価値はある。先頭から本軍、後詰へと支度!の声が広がってゆく。
「栗野殿、この平地で騎馬戦は出来そうか?」
「ここに出てくる連中に真っ直ぐ突っ込むのなら。走り返す広さはない。」
「では相手が出てきたら真っすぐに、その後ろから我々も続く。それで追い散らしたとこに秀郷本軍が掛かって、勝ちだ。」
「承知!」
武蔵衆が列を並べた時に笑い声がこだました。馳が素早く鏑矢を飛ばした。
小平地に将門方の軍勢が流れ込む。それに目掛け速風の如く騎馬勢が割進む。敵勢の割れ目を後続が広げて散らす。そこに本軍が殺到した。
勝った。秀郷は追い回される敵軍をみて思う。飛んでくる矢はポツリポツリ程だ、これは後続はもういない。戦意も萎えている。
「逃げる奴らは何処に向かう?」
その先に将門は居るだろう。逃げ始めた敵軍を目で追う。
ヒュッ!
粘っている一団の長を矢が射抜いた。敵軍を貫いた騎馬の馳が離れて狙い撃ったのだ。
「「「当たっり〜!」」」
箙を叩いて300騎の男女がドッと囃した。それが秀郷勢の勝ち名乗りとなった。
その中で秀郷は逃げる相手の追跡を命じた。近くに本軍が居る。
敗走して来た玄茂達によって将門は相手の多さを知った。しかも手強い。
「一撃してから逃げねば追撃がキツイ。戦うぞ。」
翌日にはもう秀郷勢が来た。
「早めの追跡を出したから追い足も速いわい。」
勝ちに乗った多勢は何者かが背を押しているかのように勢いが出る。去年の戦いが幻の様だ。貞盛は押しに押す先頭で思った。全軍同士の戦いも勝ち。しかし将門は仕留められずに逃走に成功した。
「武蔵の駿馬を持ってしても逃げるとは、、、並の将ではない。」
勝ちに喜ぶ槙を抱えながら馳は思った。この将を討つことはできるのか?おそらく次は彼の本拠地、下総国での戦いになる。
国軍は東海道を進んでいる。どうも勝手に現地が開戦しているらしい。
「到着を待てと伝えているのに!二月半ばには着くのだぞ。」
忠文は坂東が畿内にある朝廷にとって御し難い地であることを感じる。
「何せ渡来人や蝦夷まで居る蛮地でありますから。蛮東と言っても良いくらいです。」
経基が機嫌を取るように言う。こういうのでも皇統の御落胤?らしい。と思っている所に常陸国での将門敗退の報が来た。
「おぉっ!」
思わず声が出る。もし坂東で当たるべからず勢いならば、鈴鹿の関を背に西上を防ぐという事もと思ったが、これなら断然坂東で戦うべきだ。軍馬の動きが活気づいた。
早馬によって坂東の戦況、征東軍の進み具合は都に続々と届いている。将門敗走の報が届いたときには沸きに沸いた。その中で忠平は西の報にも耳を立てている。藤原純友が西国で猛っている。その割に都は将門、将門だ。どうも海を隔てていると危機感が著しく下がるらしい。商人の行き来がそこまで影響を受けていないということもあるのか?しかし震旦の真正面に当たる大宰府が反乱軍の手に落ちている事態は国家にとって体裁が悪すぎる。東の次は西に注力せねば。そのためには坂東への征伐が成功しなければならない。
「文ちゃんの武運にかけて、、、一気に畳み込んでくれよ。」
2月13日に秀郷軍は将門の本拠地の下総国に着いた。
「勝っているのはこちらだというのに、助勢に来る者はいないのか!」
百済王貞連が不満そうに言った。しかし今は一年の稔りのための大切な初めの時期。この時期に戦を仕掛ける者達の方がおかしいのだ。だから坂東の民達は将門に同情的だ。その中を進んでいる。
こちらの力が尽きる云々以前に長く戦うほどに不利、いよいよ間違いなし、貞盛はじとっとした目の連なりを見て思っている。
将門は館を足場に抗戦する、と秀郷は思っていたが、猿島郡の広河江に退いてもぬけの殻であった。
「躊躇なく退いたな。手こずらしてくれるわい。」
それにしてもこの邸宅、坂東の草深き、、、と言われる処に立つにしては、なんとも整った、よくできた建物だ。同じ坂東に生きる自分でも驚いた。もう関東の地は辺境、という世ではなくなりつつあるのかもしれない、、、、奴はそれを感じたからこその一挙、なのか?しかし、
「戦前の景気づけだ!焼け!」
せっかくの建物が燃えてゆく。馳は自分たちもつけた火が大きく、邸宅を嘗め尽くして猛るのを見ている。ぎゅっと手を握られた、槙だった。
「なんで燃やすことがあるの?男ってさ、こういうどうしようもないこと平気でするよね。」
「、、、、、戦だ。やらなければやられるだけだろう。」
ふっと息を吐いて
「次の戦いが終わったらさ、勝とうが負けようが、どうなろうが武蔵国の村に帰ろ?」
と槙は言った。その悲しそうな顔が目に映る。「痛っ!」掌がつぶれるかと思うような力で握り返した。
「帰るさ。勝ってな。」
広河江に退いた将門勢は800。しかし勝てると思っている。勝手知りたる、最も戦いやすい地でこの十数日間の不利を覆す。
「明日の夜明けとともに征くぞ。」
14日、払暁から風が吹き荒れ空が雲で覆われている。そして風上は、、、、将門方。
「おのれ将門め、ここにきて武運に行きあたるとは。」
秀郷はギッと歯を軋めた。風上の有利を取られた以上、まずは守りを固めることだ。こちらは3000、数の有利がある。攻めを防ぎに防いで撓んだところで押し返す。勝つにはこれだ。
轟轟と吹きすさぶ風に乗って将門勢の笑い声が広河江に行き渡る。鏑矢が鳴り、戦いが始まった。
なにせ「風で兵が背中を押されつんのめった」と記述される風の中だ。風に乗って矢は長く、強く飛んでくる。こちらは楯を立てて防ぐが、それすら風で踊って抑えるのに必死だ。それをみて盛んに斬りこんでくる。
「軍勢の構えを崩すな!固まっていれば相手も攻めあぐねるだけだ。」
貞盛は必死に声を上げる。武蔵衆は軍勢を守るように駆けてくる騎馬兵と大風の中やりあっている。しかし風下から敵の本陣に斬りこむなら、風に押されてそこを矢で狙い撃ちにされるのみ。とにかく近づいてくる相手を追い払うことで守りに徹する。シャッ!山戸の頬を矢がかすめる。
「馳!風に矢が乗ってるからやばいぞ。何人か当たって落ちてる。」
「太郎、三郎。低く身を伏せて乗れ!一所に止まるな。狙われるぞ。」
「ええい、やっとるわい。」
「!」矢で射たれた者を引きずる楓の頬に雨粒が当たる。とんでもない豪雨が両軍の上に叩きつけて来た。
「この大風は坂東の地がこの将門に味方する証拠!この雨は一息入れて攻めろということだろう。」
自ら先頭に立ち戦う将門から休め!の号令が飛ぶ。声にこたえ軍勢が後ろに退いて控える。
「この雨風の中では追って攻めかけてもより不利が増す。いやなところで一息入れられたな。」
秀郷の体の芯が冷えるのは雨風の冷たさだけではない。
「どうする、、、、。」
このままでは無勢の相手に押し切られるかもしれない。すでに気を呑まれている。貞盛の背に冷たいものが差す。
ビクッ、照葉の背に同じく冷たいものが差す。しかしそれは雨だけではなく、「降りてきた」ものだった。側の紅葉の手が信じられない力で掴まれた。
「痛っ!えっ?」
側にいた白木三郎にもこの大風にも関わらずよく聞こえた。
「この雨の後は攻めるべし。我等が行くなら風は我等にこそ吹く!」
馬鹿なと思ったが、確かに大雨の中、風は弱くなってきている。ならば、向きも。武蔵国でも時々あることだ。急いで馬を馳の側に寄せる。
「照葉に降りてきたモノがそう告げた?なら。」
貞盛に意見が飛ぶ。
「確かに常陸国でも時々あることだ。」
このまま守るよりも、攻勢に出るべきでは?いや、出なければ押し切られる。
「よし行くぞ!雨も弱くなってきた。休みを挟んで次は我らが攻める番じゃ。」
騎馬が軍勢から離れ、間を置いた将門方に駆けてゆく。
「風下から無理に押してきたか、矢の餌食にしてくれる。」
近づいてくる敵に向かい始めた時、ごうっ、前から突き飛ばされるような向かい風。その中を武蔵衆が突進してくる。こちらの矢は風で進まず、あちらが場上から撃つ矢は恐ろしく速まる。風の向きが逆になったのだ。今や風下が将門方。風上から駆ける騎馬勢が将門勢の陣を貫き抜けた時、秀郷本軍も前に動き出した。
「如何なる才か。風を読む者がいるのか?何にせよ、変わり目での先手が打てたわい。」
盛んに寄せよ、掛かれよと大音声を出す。ここで攻めねばもう勝ちはなし、そう感じた藤原秀郷、必死の指揮である。
そして一転、押される平将門。しかし先頭に立ち戦う将に兵は付き従って戦う。数で劣っているが中々崩れない。
「、、、、、、、。」
それを離れて馳は見ている。今、かかってくる騎馬兵とやり合いながら、風上に大回りしている途中だ。遠目にも将門勢の中心がよく見える。
「太郎、三郎、槙、ここから将を射る!」
騎射に長けた栗野馳の決断だ。ここから射るなら馳しかいない。周りは皆そう思う。十騎ほどが群れから離れ、再び風上へ。
ここから狙えるのか?貞盛は届くはずはないと感じた。しかし委ねてみようとも思った。2月のこの十数日の攻勢で彼らの力はたっぷり見た。賭けてみるのも良いだろう。
「我は騎馬で追い散らすがな!」
次々打ちかかってくるのをこの貞盛は相手とする。
「向かい風が来ようとも、この将門の意気をくじくことはできぬわ!」
将門はもはや自らの身命を顧みない。この戦いの兵達の雄たけび、叫びが未知の領域に彼の精神を誘い込んだ。その将に率いられて兵達も自らを顧みない。
大風が吹き続けている。その中で栗野馳は矢をつがえる。入り乱れて戦う軍勢をやや遠くに見る、狙いがつかない。
「太郎、三郎。もっと守れ!ウチの人が狙えないでしょ。」
「ええい、やっとるわい。」
騒がしさの中で遠目に小さく見える将門を睨む。美男で闘志をみなぎらせている。ここに矢を走らせる。
“南無たるす弓弦権現、わが祖先、助けたまえ”
心の中でつぶやく。すうっと周りの音も人も消えて指揮を執る将門と自分の間に誰もいなくなった。相変わらず大風が吹いている。その風が乗せる葉が飛び流れて行く。その葉が狙う将に向かって吹きつけられてゆく。“風の道が見えた”と思った瞬間には矢は馳の手を離れていた。矢が飛んで行く、まるで馳の魂が乗ったように天を駆けて将門の兜の下に吸い込まれていった。馬上の将が落馬するのと同時に、馳もふっと意識が遠くなった。
「馳!」
槙が馬を寄せて体を支えた。遠く耳に「将門様があ、なぜ!」と騒いでいるのだけが聞こえた。
将門が戦死した時、征東軍はまだ駿河国を進んでいた。
「やったあ。反逆者めは倒れたぞ。坂東で戦わずによかったわい!」
源経基が喜んで騒いでいる。この前まで人心地がつかないような顔をしていたくせに。ちなみに後世から見ると、この経基は清和源氏の祖とされる。
「気を引き締めて追い討て、と伝えよ。残党がまだいるぞ。」
忠文は命じた。そう言いながら力が抜けてゆくように感じた。軍勢同士がぶつかる勝負は予測不能な大ごとだ、そのための準備がすべて無駄になったとしてももったいないとは思わない。
反逆者平将門の生んだ坂東新国は倒れた。戦の直後2月19日には興世王が上総国、藤原玄明が常陸国で捕まり、殺された。関東という大地の声を聴いた将の夢はしばらく生い茂る草の中で眠ることとなった。
「武蔵国の衆よ、待たんか。征東将軍殿はまだ到着していないぞ。お目通りしろ。」
平貞盛が言っても衆の足は止まらなかった。
「なにか届け物があるなら送るということで。急いで帰れば春の働きを取り戻せるので。」
馬上の人となった若者達はいそいそと去っていった。
藤原秀郷は空を見ている。戦のあと、雲が去り晴れたと思うと虹がかかった。虹だ。水底の奥、山の頂といった人が至りがたい場所には主が棲む。時々気分のままに空を駆ける。雨が降る時に、なのか雨を伴うのか、止む時には大地をまたぐ七色の姿をいっとき拝むことができる。みな感嘆して
「ヌジ、、、」とその名を呟いた。
“猿丸よ、美事でした。かつての約束を果たした貴方の血筋はこの地で栄え、名を伝えられる祖となるでしょう。”
涼やかな声が聞こえた気がした、それを思い出している。
「あの日の虹。また見れねえかな、、、。」
「東の次は西だ。すでに純友は追い詰められている。最後の一押しじゃ。」
太政大臣藤原忠平は良い流れが来たと思った。関東の地の内乱が早く終わってよかった。戦わねばならない相手も租税の納め手、それがバタバタ死んでは勝っても国が手に入れるべき地の富が減るだけだ。この上なくうまくいった。この如く、西も速やかにカタをつける!
将門の首級は秀郷によって取られ、都に送られた。それを恐れつつ、興味に惹かれて群衆が集まって来た。その中に一人の僧がいる。しかし誰一人として気づくことはない。
“平将門、しかと見届けたぞ。朝廷も群衆もお前を反逆者、敗北者としか見ないだろう。しかし関東、ことに坂東の民はそれのみではない。大地の為に立ったお前は物語として伝えられて、いずれ後を辿る者が現れる。その時に反逆者平将門は先駆者平将門となり、歴史に記されるのだ。しばし闇に眠れ。せめて今は、この僧一人は経文を唱え、その心を慰めようぞ。”
「み、見ろ。将門の首が笑いよった!」
「なんと恐ろしい。」
群衆が悲鳴御上げた。何ということはない、腐りが進み死後硬直が柔くなったことで顔の筋肉が緩んだだけの現象だ。
しかしこの騒ぎに尾ひれがつき将門伝説が形作られてゆく。それは中世からを規定する武家政権のさきがけでもあった。
押領使、、、、地方の治安担当の令外の官。警察署長ぐらいのもの。




