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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
二枚目 振袖
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”人生”というものを歩みたい

 私が振袖と名の付くもので一番最初に思い描いたのは、以前図書館で写真集を借りて見た美しい手描き友禅(てがきゆうぜん)だった。


 絵画と同じく無地の生地へ一筆一筆と色を付けられている緻密さと美しさは『着る物』というにはあまりに惜しい、展示して眺めるだけでも価値を感じられるほどの優美であり、人間国宝が多数存在している日本の着物美の最高潮だった。


「お給金は私から支払います。あまり出せないけど……」

「お、お金はともかく、布に絵なんて描いたこと無い! む、無理だ!」

「でも、キャンパスも布ですよね」

「……!」

「時間のあるときにクライアントである次期バドール男爵を交えて相談したいのですけど、魔法士に固定休があるか分からないのでご相談にきました」

「み、三日後の安息日なら空いてるけど……そそそそんなこと某には無理だ! ぜ、絶対失敗する!」

 ガクガクと震えて涙目になる。やはりこの人に大きな仕事はプレッシャーだったか……。

「そりゃ失敗してもいいとは言えません。経費もかかるし。失敗をできるだけしないように必死に考えてもらいたいです」

「か、考えるって今から……? な、何の知識もないのに……」

「それは私も同じです。振袖なんて私自身も着たことすらないんです。一緒に考えますからルゥバさんの絵で着物に柄をつけて欲しいんです」

「……!」ルゥバは絶句した後、小さい声で言った。「み、三日後まで考えさせてたもれ……」



 ダメかもしれないな、と思っていた。

 あの人は元引きこもりだった。いきなり大舞台に引っ張り上げた結果となったのだから、それは心に傷を負わせることになったかもしれない。日に日に申し訳ない気持ちが膨らんだ。


 だが三日後、バドール男爵家の前で待っているとルゥバはやってきた。

「さ、桜子氏……」

 早足で来たようで息があがっている。

「来てくれてありがとうございます。正直、この前の様子だったら駄目かなって思ってたから嬉しい」

「あ、あの……そ、某の絵でって言ってくれたから……それで……」

 ルゥバはいつも仰々しいローブを着ていたのだが、今日は一般の人と同じく普通の洋服だった。遠目に見たとき手にいつもの杖を持っていなければ分からなかったほどだ。

「魔法師って私服でもいいんですね。ずっとローブ指定かと思ってました」

「あ、うん、ほ、本当はずっとローブ。だけど」ぐっと顔を上げた。「ま、魔法士はもう辞めてきた」

 ヤメテキタ。

 意味が脳に浸透するまで時間がかかった。

「……ええええ!? 何で!?」

「え、絵を書く時間がまとめて欲しくて……」

「だってだって! 国一番の魔法師って聞きましたよ!?」

「や、辞めるって言ったらいっぱい怒られた……ゼ、ゼラン神官にも止められた……」

「そりゃそうですよ! 私だって、絵を頼んだのは今回だけですよ!? お礼もそんなにたくさん払えないですよ!?」

「わ、分かってる。だ、だけど……」人と目を合わせたがらない彼が珍しく真正面から見据えてきた。「し、失敗しても後悔しないと思ったんだ。だ、誰にどう思われるかじゃなくて某自身のためにそうしたいんだ。じゃ、じゃないと……」

「じゃないと?」

「き、きっと次死んでもまた転生してやり直しのような気がして」

「また転生を? そうなんですか?」

「わ、わからないけど、そんなこともあるかもって……」


 ある……かもしれない。現にこうして一度転生しているのだからないとは言い切れない。


「だけど、前世のやり直しのために今があるわけじゃないんじゃ」

「それでも、げ、現世で頑張れないやつが次の世界でがんばる資格ないと思って。こ、今度こそ本当の”人生”というものを歩みたいから」

「そうなんですか……」

 かなりの暴挙だけど、彼はやっと自分で自分のことを考え始めたんだ。

「ぜ、前世では……二十歳過ぎて無職で引きこもりだと家にも居場所なくて」

「それはあった方が異常だと思いますが」

「だ、だけどこの前、白無垢作りの時に絵を描く協力をしたらみんなが喜んでくれて。そ、某はここでは必要とされてるんだって。い、いていいんだって思えたんだ。だ、だから……だから……」一拍おいて、はっきりと言った「ぜ、前世からの夢だった漫画家になる!」

「えっ……」またしても意味が脳に浸透するまで時間がかかった。「漫画って、この世界にあるんですか!?」

「が、概念から作る!!」

「壮大すぎる!」

「さ、桜子氏だって着物の概念をつくったじゃないか」

「……確かに」

 二の句が継げない。私は成り行きだが、自らその茨の道を歩もうとはなんという人生波乱万丈…まぁ転生している時点でこの人の人生は相当なのだが……。

「あ、諦めたらそこで試合終了だから……!」

「試合?」

 しかし格好つけるためだけに魔法士をやっていたときとは違い、地位も職もなくなった今の彼こそがなんだか話しやすい。私は今初めて本当のルゥバという人間と対面したに違いない。

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