振袖
店を後にした刹那、こらえきれずその場にしゃがみこんだ。
やばい、今になって血の気が引いてきた。手も震えが止まらない。
どうしよう……やってしまった……生まれて初めて借金をしてしまった……しかも返せる見込みがまったくない。
「どうしていきなりそんな事になってるの!?」アパートに帰り今日の顛末を話すとスルーフは激高した。「いきなり借金だなんて! もっとやりようがあったでしょう!!」
大声に萎縮する。
「だって私の仕事のことだし……居候させてもらってるだけでも十分迷惑かけてるし……」
「よりにもよってあのがめついオヤジに借りなくなって!」
「あの人、ヤバい人?」
「悪人とまではいかなくてもお金は大好きね。返済期間だってあなたに返せないとふんで設定したのよ、短すぎるもの」
「え、な、なんで?」
「目先の金よりもあなたの商売のほうが大きく儲けれると考えたのでしょう」スルーフは大きなため息をついて椅子にもたれかかった。「まったく、サクラコの行動力は感心を通り越して恐ろしいわ……」
「それよりも……」どうしてもスルーフに聞いておきたいことがあった。「私がバドール男爵家に出入りするの、嫌じゃない?」
「どうして?」
「なんというか……心情的に……」
あの家ともう関わりたくないのか、逆に自分のテリトリーだと思っているかは分からなかったが、スルーフの理解は必要だと思っていた。
「ストラはまだ母親のお腹にいる時から知っているのよ。私にとっても孫娘だわ。彼女がそうしたいというなら是非そうしてあげて。サクラコが仲介してくれるなら私も見守れるわ」
「そう言ってもらえるなら……」一応ホッとした。「それと、引越し先も目星をつけてきたんだ」
「えっ」
質屋の帰りに偶然、かの人に会えたのだ。
「元々約束の一ヶ月の期限も迫っていたし、今回のことで作業スペースも必要だと思って。ワンルームだけど住居兼作業場ってことで」
「そう……」もはや驚き疲れたという顔をしている。「あなたもいなくなるのね」
「数日後にはきちんと契約をして、新居に入れる予定。ルタンズ婦人と話をしたんだよ」
「……えっ? ルタンズ婦人に?」
この固有名詞は私も今日知ったばかりなのだが、婦人とはすでに一度会話をしているので契約の話は借金を申し込んだ件よりはスムーズに行われた。
考えていることがある。
ストラはパーティードレスを所望している。
格式あるパーティーに参加できるといえば訪問着、色無地、つけ下げが定番だが、今回はただのパーティーではない、彼女の爵位襲名式、つまり彼女自身がホストでもありメインでもある。ということは……これはまごうことなき成人式。
成人式といえばもちろん振袖だ!
お振袖についてはもはや説明するまでもない。着物=成人式に着るものと思っている人もまだ多いだろう。特徴はなんといっても袖の袂の長さで、七十五センチ~百十三センチ程度、長身の女性の場合はさらに長いこともある。
元々未婚の男性からの求愛に対して左右に振ると『OK』、前後に袖を振れば『NO』という意味合いだったという。現代においても告白を断られる時に『フる』『フラレる』というが、まさにこの動作が由来である。
二十歳のお祝いとして着用するようになったのは千九百四十六年からと言われていて、実はかなり最近の行事だ。新しい装いで大人としての自覚を促す、という意味合いが主である。だから十代であっても大人の仲間入りとして社会で活躍していこうとするストラにはピッタリなのだ。
とすると……私にはもうひとつ行かなければならない場所がある。
アポ無しで王宮に行くと当然警備騎士にはばまれたが、なんとかイラールを呼んでもらった。
「サクラコ! 変わりはないか!」
「変わらないよ! イラールも元気だね!」
数日ぶりの再会だが、それまでは寝食をともにしていたためとても懐かしく思え、私達は手を取り合って喜んだ。
「現在ゼラン様なら今謁見中で席を外せないのだが」
「ううん、今日はルゥバさんに会いに来たんだ」
「ルゥバ魔法士に?」
聖堂というところに案内されると、儀式とかの後でヘトヘトになったルゥバが出てきたところだった。こちらが手を振って挨拶してもテンションは全く上がらず。
「あ、憧れの剣と魔法の世界なのにちっとも魔法使わせてもらえない……き、決まりごとばかりで自由もない……」
魔法の杖を文字通り杖としてもたれかかっている。
「地位のある人ってそういうものらしいですよ」
「こ、こんな地位なら持ってても仕方ない……」
すっかり疲弊しているが、職務であれば助けようもない。タイミング悪かったかなと、思いつつ、本題を切り出した。
「実は、ルゥバさんに仕事の依頼をしたくて来たんです」
「し、仕事? 何の魔法?」
「いいえ。絵を書いて頂きたいんです」
「え、絵? えぇ?」状況が飲み込めず分かりやすく頭を抱える。「そ、某に絵とはなぜに?」
私はストラとのやり取りの顛末と、振り袖を作りたいという私の意思を真剣に伝えた。
「着物に絵を手描きして欲しいんです」




