宮殿を去る日
草履は、靴職人に私のウレタン草履を見せたら仕組みは一発で理解してくれた。
靴底に当たる天は木型にクッション材になる綿と布地を敷き、鼻緒はもちろん着物と同じ布。格調の高さを表現するため台といういわゆるソールは六センチに決めた。
足袋の構造も私のストレッチ足袋からお針子さんたちが一発で理解。私のには猫の刺繍が入っているが、今回はそれぞれの国の花を銀糸で刺繍することになった。
こうして、ものの見事にぴったり一ヶ月で異世界で白無垢は完成した。それはズバリ百人のお針子の力であると言うほかない。
「うむ、これでいいだろう」
とゼランが言った瞬間、ホールではワッと大歓声があがった。私もイラールやたくさんのお針子と拍手したり抱き合ったりした。
その様子をルゥバは壁際でひっそりと見ていた。彼はイラールに命令されなくなってからもちょこちょこと見にきては雑用をこなしてくれていた。もちろん功労者の一人と言っていい。
その側にそっと寄っていく。
「ルゥバさん、お疲れ様でした」
「あ、あぁ……」
喜んでいないわけでもなかろうが、みんなとの感情には距離があるように見えた。一様にホッとした顔つきが気に入らないのかと思ったがそうではなかった。
「も、物作りの仕事っていいな……」
私とは目をあわせずぼんやりとみんなを見ている。
「分かります。何かが形になっていくって楽しいですよね」
「に、苦手な分野だったから楽しいよりは大変が多かったけど……なんかよかった……こ、これが達成感ってやつかな……」
「みんなも、もちろん仕事っていうのもあるけど、やっぱり針仕事が楽しいんですよ」
「仕事が楽しい……」
「ルゥバさんが魔法士やってるのと一緒でしょ」
「ま、魔法士はチート能力でかっこつけたかっただけだし、好きって言うのとは違う気がする……」そして急にこちらに向き直った。「さ、桜子氏……」
「は、はい?」
「う、生まれてから一度も友達ができなくて、学校もやめて、バイトも続けれなくて、自分で誰にも相手にされない惨めさを認めたくなくてどんどん卑屈になって、自分の人生はもうダメなんだって、生まれ変わってやり直すしかないんだって毎日思って、顔が良かったなら家柄がよかったなら生まれつき能力が高いならって無い物ねだりばかりして、でも死ぬ勇気はなくて、いじけて投げやりになって閉じ籠ってて……」目に涙が溜まっていく。「で、でも、それでも生き続けていたら、も、元の世界でも楽しいことあったのかな……」
「ありましたよ、絶対」
だって人間はどんな状況でも心の拠り所を探してしまう生き物だから。だから私は今、生きている。
作業が終わるということは私が宮殿を去る日も同時に来るということだった。早ければ明日には部屋を追い出されるかもしれない。
少ないとはいえ、女があれこれと揃えながら一ヶ月過ごした部屋だから結局物入りとなり、出来る限り断捨離した。自室のないスルーフの部屋にはそんなに持って帰れない。掃除は出発の朝にやろう。
そんな夜更けに
トントン
と控えめなノックとともに
「サクラコ、まだ起きてるか?」
小さく声をかけてきた。この声は。
ドアを開けると部屋着姿のイラールが大きな体をもじもじさせている。
「どうぞ入って!」
「なんだ、もう出ていく準備をしていたのか」
片付いた部屋を見渡す。
「少しね。ゼランさんがいつ出ていけって言うかわからないし。もともと荷物は少ないんだけど」
ちょっとだけしんみりしてしまう。そしてイラールは意を決したように私にぐっと迫ってきた。
「サクラコ! じ、実はな!」
「う、うん?」
「わ、わ、」
「うん?」
「わ、私もキモノを着れるだろうか!?」
そうか、帰る前にこれを聞きたかったのか! お洒落したいと思ったら突撃しちゃう、そんなパワーがある子なんだな!
「着れるよ!」
「ほんとか!?」
「私の着てる着物でいいなら今やろうよ!」
「いいのか!?」
「足首が隠れるくらいのスカートは持ってる?」
「ワンピースでは駄目だろうか?」
「大丈夫だよ! それ持ってきて!」




