これがロイヤルファミリー
考えることが山積みで毎日が目まぐるしい。日本のことを思い出す暇もないが、毎日着物に触れ合っているおかげで案外ホームシックも感じなかった。
そして今日ついにフィッティングが行われたのである。そう、王女様がいらして実際に着てもらうのだ。
最初はもちろん似た体型の小間使いがモデルをする予定だったのだが、婚儀当日にハプニングがあってはいけないとゼランが強く押したのと、王女様も快く承諾してくださったおかげである。
それなりに綺麗な人なんだろうなぁとは思っていたけれど、単純に美人というだけではなくて広間に入ってきたとき圧倒的な威圧感と優雅な立ち居振る舞いに、一般庶民のこちらはまるで石になったように動けなくなった。着飾ったスルーフも本当にお姫様みたいに美しかったけど、さすがは正真正銘お姫様、これがロイヤルファミリーと呼ばれる人……!
「あなたが婚礼衣装を作ってくれたのね?」
そう言われて手を差し伸べられてどっと脇汗がふいた。
「はっはひっ……!」
「私の晴れの日です。よろしく頼みますね」
「がっがっがんばりますですぅっ……!」
手汗でビショビショで握手してしまって、顔から火が出た。
もっと丁寧に喋りたかったが頭が真っ白で言葉が出ない。
王族なんて生まれが違うくらいで本質は同じ人間、なんて思ってたけど、実際にお会いすると同じ人間かどうかもわからないくらいステージの差を感じる。生まれ持った資質に加えて帝王学がそうさせるのだろう。ヤバい、手が震えて帯ちゃんと締められるかな……。
本番さながらに丁寧に着付けをする。真っ白い襦袢に真っ白い長着、そして銀糸の刺繍が入った帯。
着物初心者さんから『帯の巻き方は左回りと右回り、どちらが正解なの?』という質問があるが、実はどちらも正解だ。
よく言われるのは時計回りを関東巻き、反時計回りを関西巻きというが、別に大阪に行ったから反時計回りに直さなきゃ! ということでもなくて、自分が巻きやすい方でいい。
私がどちら派かというと、実は両方使う。何せ私の着付けの先生は特定じゃない。この結び方がしたいなと思ったらその動画を探し、その動画の人が関東なら関東、関西なら関西になるというその場適応型だ。
「結構苦しいのね……」
「最初が一番苦しく感じますが段々とゆるくなっていくのが定石です。着崩れしないようにかなりきつく締めますが、具合が悪くなりそうなくらい苦しかったら言ってください」
ギュウギュウと帯を締められながら、王女様はこんなことをおっしゃっていた。
「王族に生まれた以上、政略結婚は承知の上です。この婚礼に何の不服もありません。ですが相手方は好青年で美丈夫とも聞いております。予め定められた夫であっても、一人の人生として仲良く慎ましく暮らしていけたらば幸せです」
すごい……素晴らしすぎる……! 年の頃は同じくらいなのになんという達観。私には無理だぁ。
ひとまずサイズに大幅な間違いはなく、白無垢はこのまま順調に仕上げ工程に進めていって良さそうだ。ゼランたちは髪型や化粧についても何やら相談している。
王女様に鏡を見てもらうと
「素敵なドレスだわ」ほぅとため息をつかれた。「是非おじい様にお見せしたいわ。当日は予定が目白押しで無理でしょうから……」
おじい様ってあれか。ゼランが言ってた前国王様か。
お墓に行くのかな? と思ったらゼランが言った。
「そうですね。今の時間ならばお部屋でおくつろぎだろうから、是非見ていただこう」
生きてるじゃん! と前のめりにこけそうになったが、その理由はお会いしたときに判明した。
裾持ち係として付きそうと、王女様とゼランは宮廷の最奥の部屋にうやうやしく入っていた。裾を持ちながら同時に入室して、やっと理由が分かった。
前国王様は太めの体でカウチにもたれかかるようにして座っていた。その目は真っ白に濁っていてとても視力があるようには見えなかった。盲目故に常に片手には杖を持ち、もう片手では空中をさぐっている。
「おじい様、私の婚礼用の衣装ができあがりました。是非触ってください」
「おぉ変わった形だな。ゼラン、苦労しただろう」
「これしきのこと。お役に立てるだけで光栄でございます」
あの高飛車なゼランが下手に出て、さらに照れるように笑っている。
この人にもこんな一面があるんだな。
「前国王様が盲目になられたのは私に責任があるのだ」
広間に戻り王女様が小間使たちに着物を脱がせてもらっている間、ゼランは私に説明をしてくれた。
「ゼランさんに?」
「前国王様が目の具合が良くないと数度と訴えられてな。そのたびに私は目の治療を行った。しかし一向に良くならないうえに目の中に煙のようなものが見えるとか、赤いカーテンのようなものが見えるとか問診のたびに別なことを言うので、目ではなく心の病ではないかと疑い、治療の力を弱め話を聞くなど心療を積極的にしていたのだ」
「……? よくわかりません」
「私もそうだった。しかし前国王様は間違いなくご病気だった。目でもなく心でもなく、血液の病気だったのだ。結局病は進行し、現在は光を感じられる程度にしか視力は機能していない」
「病気は誰のせいでもないのでは」
「いや、私は考えるべきだったんだ。自分の知識を慢心し、想定外の病気があるなど考えもしなかった。結果失明された前国王様は十分な政治力を発揮する自信がないと先前退去をご決断されたのだ。
私は前国王様だけでなく、現国王様、そして現在継承権第一位の王女様の運命さえ変えてしまったのだ」
そういうことだったのか……。
最初から前国王様のためだけに行動していたのだ。古代魔法まで引っ張り出して一人躍起になって王女様のためのドレスを錬成しようとしたのも全て。
「私はな、若い頃優秀すぎるが故にどこにもなじめないでいた」なにこれ、自慢?「魔力量を見いだされ神殿に呼ばれてからも若すぎてくすぶっていた私を見出していただき、責任のある仕事につかせていただいたのは前国王様なのだ。一生を変えていただいた恩があるのに……そもそも治療は私の仕事であるのに……治せなかった……一番治療したい人を。私は、自分で自分を呪ってしまいたい!」
「……」
その悲鳴のような言葉に、こちらまで切なくなった。
上流階級には上流階級の責務がある。特にこの人はとんと責任というものに縛られる気質のようだ。
「サクラコ、お前のおかげで素晴らしい婚礼衣装ができそうだ」
「えっ……」この人に礼を言われるとは思わなかった。「私の国にこんな言葉があります、『転んでもただでは起きない』。きっと後悔にも得るものがあるはずです」
「それならいいのだが……前国王様のためにとしたことが、今度はお前の運命を狂わせてしまい本当に申し訳ないと思っている」
「素直に謝られたら怒りにくいなぁ!」
普通の女子高生だった私を普通の人生から外させたことは恨んでないかというと嘘になる。だが怒ってはいない。納得もできないが彼の事情も理解した。
「ではもう二度と謝らん」
「だからと言って威張らないでくださいよ!」
私が怒鳴ったのでゼランは一瞬ひるんだと後に、ふいに表情筋を緩めた。
「お前の私を敬わない姿勢は、他の人間では味わったことがない」
へぇ、この人も破顔するんだ。




