第7話「突然ですが、大怪我を負ってしまった」
キリがいいところまで連投します
マオは魔法書を開いて地面に置き、頑丈そうな棒を片手に地面に何かを描き始めた。
ただの落書き……ではないはずだ。最初に直径十メートルほどの真円を描き、あとはその中を縦横無尽に歩きながら何かを書き込んでいく。
よく目を凝らしてみると、描いているのは絵ではなく文字のようだった。
しかしどうやら王国語ではないらしく、なんて書いているのか全然わからなかった。もしかするとマオの創作言語かと思ったが、じっと見ているとどこかで見た覚えがあるような……。
「ところでマオ、一体どんな魔法を使うつもりなんだ?」
「兄に危険はないから気にするな、なのだ」
「危険な魔法なんてあるのか……」
「危険じゃない魔法の方が少ないのだ。というか、集中したいから少しだまるのだ」
「ぁい」
一文字一文字、一文一文、地面に刻むたびにマオの額から汗が浮き上がる。もしかすると、既に魔法は始まっているのかもしれない。
何らかの魔法を使うための図形……前世の知識からすれば、魔法陣と呼ぶべきもの。
マオの異常な疲れ方を見ると、魔法陣の構築に体力なり魔力なりを奪われているんだろう。
汗だくになるマオを止めるわけにもいかず「休憩する?」「水いるか?」と、距離を置いて気遣っていた。
初めのうちは無視するマオだったが、やがて疲労感には勝てないのか、たまに水をもらいに休憩しに来てくれた。
そして三十分後――――――
「…………完成したのだ」
全身汗だくになったマオは、満足げに笑みを浮かべていた。
地面には奇妙な魔法陣が、怪しげな光を発していた。赤く青く、と交互に繰り返し点滅し、やがて紫色の光に変わり風を吸い込み始めた。
今まで向かい風だったはずなのに、風向きが急変した。それどころか、目に見てわかるほど魔法陣の中央に渦を巻き始めた。
ハリケーンだ。急いでマオを連れて逃げなければ。と思うのに、なぜか両足が縫いつけられてしまったかのようにその場から動かなかった。勝手に震えだし、気づけば手足や歯の根が噛み合わなくなるほど、体が震えだした。
初めて味わった感覚だ――――――これが、全身が震え上がるほどの、恐怖。
「来たか――――」
俺が恐怖を自覚すると同時に、マオの言葉に合わせてハリケーンが空に向かって、炎を孕みながら立ち上り出す。
火の気なんてどこにもなかったはずなのに、魔法陣の中央には炎がとぐろを巻いて天に昇っていた。
熱いなんてものじゃない、これ以上近づいたら火傷しそうなほどの灼熱が顕現化していた。
『我を呼び起こすのは何者だ――――――』
突然、炎の中からそんな声が聞こえてきた。
いや、それは声じゃなかった。頭の中に直接文字が浮かび上がり、音として脳内に響いてきた。
「我が呼んだのだ。このいまいましい『念話』はやめよ」
どうやらマオにも届いていたらしい、何者かの声。
『念話』というらしいが、いくら頭が割れそうなほどにでかい音だったからって、いきなりケンカ腰なのはまずいんじゃないか?
『ほう……? 良い威勢だ』
だが声の主は特に気分を害した様子もなく、少しだけ抑えられた音量で再び念話が届く。
そして、炎が霧散する。飛び散った炎の中には、一匹の獅子がいた。いや獅子に似ている、といった方がいいかも知れない。
全身が赤銅色の毛並みに覆われているが、よく見ればそれは毛ではなく炎だ。空気が熱で揺らめき、見ているだけで目が乾きそうなほどの熱気が伝わって来る。そのうえ立派なタテガミは白熱化しているのか、赤銅色の体の中でも特に異色な存在感を醸し出していた。
『我を『精霊』だと知っていて、大層な口を聞いているのだろうな。小娘』
自らを『精霊』と名乗った獅子は、クリアブルーの三つ瞳をマオに向ける。
特に額にある瞳は縦に割るように大きく見開き、恐ろしい風貌をより際立たせた。
正直に言えば、俺は既に呼吸を忘れて恐怖に縛られていた。見たこともない異様、震え上がるほどの存在感、初めて浴びせられる……敵意と殺気。
何もかもが始めてばかりの恐怖体験に、思わず意識が遠くなりかける。
このまま眠ったら二度と起き上がれないんじゃないかな、と呆然と思いながら……。
「当たり前であろう、炎獅子リーオンよ。むしろ其方の方こそ、我を忘れたとは言わせぬぞ」
途切れかかった意識が、ピンと張り詰めた。
倒れ掛かった体を無理やり引き起こし、声の主を見た。
――――マオだ。マオは獅子の瞳を真正面から睨み返し、苛立たしげに眉をひそめていた。
そうだ、妹を残して兄が無責任に眠りこけるわけにはいかないだろ!
しっかり目を覚ませと自身に喝を入れるべく、頬を思いっきり張り倒そうとするが。
「我はふたたび生を得てもどった。故に力を取りもどすべく、その第一号として貴様を選んでやった。喜びにふるえよ」
我が妹は尊大だ。
いや、尊大なんてものじゃない! 悪いイメージでの唯我独尊っぷりを発揮している。
(マオさんや、さすがにそれはまずいって。いくら前世持ちだとはいえ、こんなあからさまにやばい相手を煽るんじゃない!)
手放しかけて意識が、今度は別の意味でしっかり覚醒した。
心臓に悪いなんてもんじゃない、確実に寿命減ったよ今。
『ハハハ……面白い事を言う小娘だ!』
「っ、だからリーオン! 我は小娘などでは……」
『いいや! 貴様はただの小娘だ!!』
ふざけていられたのは、獅子が笑いながら言った一言までだった。
次に発した言葉は、怒りと共に大気を焼き焦がした。
先ほどまでとは比べ物にならない熱量を孕んだ風が吹き荒れ、肌を、髪を、服を焦がしていく。
息を止めていないと喉が焼けてしまいそうだ。
「リーオン、貴様……!」
『我を使役しうるものは既にこの世にいない! ましてや人間の小娘如きに仕えるなどありえぬ!』
「そこまで目がくさったか、愚か者め……!」
マオは熱というよりも、獅子の発した言葉によって苦悶の表情を浮かべた。
どうやら……あの炎の獅子はマオの前世と何かしらの関わりがあるらしい。
それをわかってもらえないのなら、確かにそれはつらいものがあるだろう。
だが、俺としてはあの第一声が間違いだったと思う。
親しい間柄なら許されるかもしれないが、まずはわかってもらう努力をするべきだったのではないか妹よ。
『どうやって我を呼び出せたかは知らぬが、報いを受けよ小娘!』
獅子の雄叫びとともに熱気が膨れ上がり、肌が焼ける。
同時に、背筋が凍るほどの殺気が叩きつけられた。
俺ではなく、マオに。
気がついたら、俺は全力で駆け出していた。
思いっきり腕を突き出し、悔しげに歯噛みし睨みつけるマオに向かって。
「――――――!!!」
名前を呼んだはずなのに、声にならなかった。
ただ、驚いた顔でマオがこっちに振り返ってくれたから、声は届いていたんだろう。
突き出した腕がマオを遠くに弾き飛ばし、彼女は大きく口を開いて何かを発しようとした。
でも、それを聞き届けることはできなかった。
全身に襲い掛かってきた凄まじい熱と激痛で、意識を落としてしまったから。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗