とある公爵令嬢の独り言③
夏休みの開ける数日前、私は王城に登城していた。
ファルセリス・ファン・アイワーン第一王女殿下……幼馴染のセリス様からお茶会のお誘いを受けた日だったから。
いつもの東屋に通されたのは私と護衛の侍女とカトレアのみ。今日は私的なお茶会ということで、それほど着飾っていないラフな正装に身を包んでいる。
「お招きいただき、ありがとうございますファルセリス様」
「よく来てくれましたね、アルメリア。今日は楽にしてください。いつも通りに、ね」
「畏まりました」
いつも通り、通例の挨拶を交わして無作法にならない程度に格好を崩す。
親しき仲にも礼儀あり。さすがに幼馴染といえど、いくら昔から姉のように慕っていたとしても、公爵令嬢と姫殿下という関係は無視できるものではない。
(まあ、未だにそれを気にしない者たちもいるのだけど……)
「せっかくのお茶会なのに考え事? 眉間にシワが寄ったわよ」
「失礼しました。ふと、前回のことを思い出してしまいました」
「ああ、なるほど。安心して、今回はきちんと口止めしてありますから」
「それはそれは」
何よりです、とは言わない。というか言えない。
一瞬ではあるけれど、セリス様の表情に険しい色が浮き上がっていたから。
どうやら、あの人たちの評判は上級生のセリス様の耳にも入ってきているらしい。
「本当なら和やかにしたかったところだけど、先にその話題が出てしまったし、すませてしまいましょうか。率直に訪ねますが、大丈夫なのかしら?」
セリス様は現生徒会長であり、もうすぐ生徒会役員を選定する時期に入る。
生徒会役員は立候補ができるけれど、任命されるには『現生徒会の半数の賛成』と『生徒会長の賛成』の二つの条件をクリアしなければならない。このどちらか片方からの信任を得られなければ、立候補でも推薦でも役員になることはできない。
これでは生徒会役員なんてほとんど集まらないように思えるかもしれないけど、実際には夏休み中に生徒会には生徒の成績や授業態度など、優秀な生徒とそうではない生徒の情報が共有されているのだ。そうすることによって役員に据えるべき生徒と、据えてはいけない生徒のリストを少しずつ作成していっている。
「……彼ら三人については、あまり大丈夫ではないかと」
「そうね。成績は可もなく不可もなく、というよりやや不可寄り。実技に関しては、実力不足ではないけれど問題あり、というところかしら」
「私は魔法の実技しか見る機会がなかったのですが、武術もですか?」
「武術は放課後にも機会があるでしょう? そこでちょっと、ね……」
ちょっと、というけれどセリス様の表情は優れない。むしろ頭痛を堪えているかのように、わずかに柳眉をしかめた。
「素行の方も問題ね。相手が平民だからといって、あの態度はどうかと思うわ」
「そちらに関しては私の方からも言っているのですが……ほぼ逆効果になっていて」
「当事者からの言葉とはいえ、聞く耳持っていない方にも非があるわ。平民相手の礼儀作法は使う機会はあまりないから知られていないのも無理はないけど、身分を笠に着て相手を見下す姿勢は褒められたものではないわ。自覚がないならなおさらね」
「お恥ずかしながら、私のクラスはほとんどそのような生徒ばかりで……」
「特待生制度はあれど、本当に必要としている生徒が利用する機会なんて稀でしたからね」
特待生制度の特権の一つにある学費免除。これを欲して受験に挑む身分の低い受験者……というのは、実はあまりいない。
それもそうだ。アイワーン学園などの多くの貴族が受験するアカデミーは、ハードルが極めて高い。
幼い頃から専属の家庭教師をつけてもらえる貴族と独学で学ぶしかない平民では、スタートラインが違いすぎる。ましてや高位貴族に通うに相応しい環境をと考えれば、受験内容も推して知るべしだ。
そのため、アイワーン学園をはじめとする敷居の高いアカデミーにおける特待生生徒度とは、本年度の最終週生徒を表す勲章扱いだった。
平民が入学できても、両親が陞爵した影響で少し前まで平民だった、というケースばかりだったと父から聞いている。
だから、レオ・オールドという人物は本当に異質だ。
例年以上に評価の厳しいアイワーン学園の入試において、総合成績トップで入学してしまった平民。
私をはじめ周囲の生徒たちはどのように関係を持ったらいいかと、当然ながら困惑した。
(なのに……悪い意味で彼らが先陣を切ってくれたものね)
『タンザー・フィア・マエダ』
『シーダ・フィア・ツチヤ』
『ウェスカ・フィア・クロダ』
爵位は準伯爵でギリギリ高位貴族に入れるという家柄だけど、両親が魔王討伐の立役者。そのためか彼らに擦り寄る貴族は大勢いて、直接的な交流はなくても彼らと同じ指針を取る生徒が増えるのは当然の帰結だった。
本来なら賞賛されるべき成績と実力を持っているのに、それが不当に埋もれてしまっている。
アカデミー側は正当に評価してくれているけど、周囲の風潮が彼を見下し排斥している。
でもこれに関しては、あまり彼らばかり責められないのだけど……。
「ただ、貴方の悪評も火種に注ぐ油になっていますよ?」
「うっ……そのことは、シャルロッテにも言われました」
「一年度の実技はともかく、筆記で順位を落とすのは予想外でしたよ」
「申し訳ありません。そのことに関しては、弁解のしようもなく……」
「事実、この件があってあらぬ噂も流れたようですしね」
耳の痛い話だけど、その通りなので何も言えない。
定期テストは順位が張り出される分、トップ10の争いは些細なミスで変動することがある。
それが何度も続けば、当然だけど勉学に身が入っていないと思われる。下の順位の者からすれば羨んだり賞賛だったり、遠い世界のこととしてあまり意識しないだろうけど、目敏い者はすぐにそれに気づいてしまう。
そして案の定、順位を落とした私の傍にいる異物に注視する。
公爵令嬢と平民。この二つを隔てる身分という壁は城壁のように分厚く、越えようとすれば罰せられる。
いくらアカデミー内とはいえ、してはならないマナーがある。身分違いの恋などがいい例だ。
そして成人したばかりといえども、色恋の話題に多感な年頃。公爵令嬢の傍に男がいてその頃から成績が落ち始めたとあれば、その根を利用して好き勝手な枝葉を生やしたくなる人間がいても不思議じゃない。
当事者たちに直接問わないせいで噂はどんどんバリエーションを増やし、気が付けば『令嬢の戯れから平民と語り合ううちに堕落していった』『平民が令嬢のたらし込みに成功した』などと、根拠も証拠もない下品な噂が耳に届くようになった。
(シャルが耳にした噂は、まだ上品な方だったのでしょうね。もし私とレオがそういう関係だという噂を聞いてたら、即座に斬りかかっていたでしょうしね)
その誤解もある日を境にしっかりと晴れた。
もっとも、あそこまで彼の腕前を気に入るとは思わなかったけど。まさか休みの期間を使って、遠方まで依頼を受けに行くとは……。
「眉間に皺が寄っているわよ、メリア」
「えっ……失礼しました」
「珍しいわね、そこまで表情に出るなんて。噂のことを気にしているのなら、中期課程では払拭できるように行動することね」
「はい、心に刻んでおきます」
セリス様に言われて、淑女に相応しくない表情になっていたことに気づく。
でも、私はそこまで噂を気にしていただろうか?
所詮は噂、口にするのも特に関係のないその他大勢、シャルやタンザーたちのように直接切り込んでこなければ、こちらから反論するのも馬鹿らしいと割り切っていたはず。
けれど、それを気にするのも前期課程までの話よ。
「これ以上成績を落とすと苦言を呈す者が大勢いるので、気を引き締めて取り組みます。筆記も実技も取り返すつもりでいますので、ご安心を」
「………………」
「? セリス様、どうかなさいましたか?」
珍しく、セリス様が素の表情を見せて固まっている。
立場が上の人間になるほど、素の自分は見せず仮面を被って振舞うものだ。
私だって限られた人にしか素の自分を見せないし、家の中でも淑女たれと常に仮面をつけている。家族としての触れ合いなんて、そう頻繁にあるものじゃない。
公爵令嬢の私でさえそうなのだから、王族であるセリス様はもっと厳しい。
常に穏やかで笑みを絶やさず、毅然と振舞う時は男子にも負けないように。セリス様は十歳になる前に、そう在るように仮面を作っていた。
だから、目を丸くして驚き固まるセリス姉様なんて、数年振りに見た。
「……ねえ、メリア。せっかくだから、貴方が経験したアカデミー生活を教えてくれないかしら」
「私のですか?」
「噂は耳に入ってきたけど、所詮は噂。しかも悪意塗れだとわかる低俗なもの。だったら本人の口から聞いた方が、真実がわかるでしょう?」
「……実は噂が事実で、隠すために嘘をつくかもしれませんよ」
なぜか、今のセリス様は機嫌が良さそうだった。
だからだろうか。普段ならば言わないような軽口と共に、ふふ、と小さく笑みをこぼした。
すると、セリス様はにやり、といたずらっ子のような笑みを一瞬だけ見せた。
「お姉様を騙せるなら大したものです。むしろ賞賛の言葉をかけましょう」
そうだった。行儀が悪くなるので、内心で肩を竦めた。
まだ誰もがやんちゃだった頃から、誰もセリス姉様に勝てなかったのだ。
棒きれを振り回すチャンバラごっこでも、魔法に関する勉強でも……そして、嘘を突き通すことでも。
「冗談です。セリス様に嘘なんてつきませんよ」
「おや、降参が早いのですね」
「勝てないとわかっている勝負を仕掛けるつもりはありませんので。
なのでありのままにお話はしますが、語れないこともありますよ」
「構いませんよ。それでは、聞かせてくださいな」
それからしばらくの間、私が過ごした前期課程での日々を題材にお茶会が進んだ。
幼馴染三人と、レオの確執の始まり。
魔法の実技において、レオが見せた類稀なる魔法の技術。
そして……噂の根幹となる、私とレオとの交流の始まり。
魔法の技術を学びながら、たまたま参加するに至った冒険者ギルドでの依頼。
予想外な展開の多かったゴブリンの討伐。
意外なほど、話のほとんどにレオが現れていた。
いやもちろんセリス様に噂を真に受けてもらっては困るから、最初はレオという人物像に触れるために多めに話そうと思っていたのだが……
ああ、もちろんレオからどういったことを学んでいるのかは、すべて伏せた。
前もって許可をもらったということもあったけど、やはり私は魔法という分野は個人が持てる一つの財産だと思っている。
だから本人に確認を取らず、不用意に話すのはたとえ相手がセリス様でも憚られた。
「なるほど。それで教えを請う対価として、東屋でカトレアから教育を受けているのね」
「そうですが……そこまでご存知でしたか」
「貴方と平民が東屋でお茶会をしている、という噂も耳にしていたわ。もっとも、実際は侍女にしごかれていたみたいだから、すぐに下火になったようだけど」
「飲み込みが早いのか、つい力が入るようですよ。ねえカトレア?」
話を振ってみると、「私はご希望に沿う形で教育を進めているだけです」と粛々と返した。
実際カトレアは私の補助をお願いしていたのだけど、いつの間にか礼儀作法の採点に加わりアドバイスも与え、気が付けばカトレアが指導員になり、私は講師兼見本という役割になっていたりする。見に来た人たちは、おそらくその時期だろう。
「でも、その人が貴方に魔法を教えてくれている、とはね」
「どういった手段かは……」
「わかっているわ。というか、私も貴方の考えには理解しているもの。
魔法という分野は平民・貴族と関わらず才能・努力・研鑽、そして閃きによって大輪を咲かせることのできる種子。貴族への陞爵だって不可能ではないんだもの、おいそれと口にできないという貴方の考えは正しいわ」
「恐れ入ります」
「……でも、だからなのかしらね」
「セリス様?」
「久しぶりに、貴方が魔法で楽しそうな顔をしていたのは」
「え――――?」
楽しそうな顔?
そんな表情を、していただろうか?
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