第5話「突然ですが、妹が反抗期です」
ぱれっとに出てくる妹キャラって魅力的なキャラが多いですよね。
そんなキャラクターが作れるようになりたい今日この頃。
それから、五年の月日が流れた。
俺は10歳に、マオは5歳になった。
マイナ様から事情を聞いていた俺は、生後間もないマオが余計なストレスを感じないように、出来る限りのサポートをした。
母さんからは「よくわかるわねえ、さすがお兄ちゃん!」と褒められた。
父さんからは「さっぱりわからん……レオ、助けてくれ!」と嘆かれ、何故か二人分のフォローをさせられたが。
とにかく、2歳になる頃には自分の意思表示もすっかりできるようになり、赤ん坊の頃から世話をしていたこともあって仲良し兄妹になった。
「…………なってたら、よかったんだけどなぁ」
「兄よ。ジャマだからどくのだ」
俺はベッドの上で黄昏ていた。そこへ飛んでくる氷のように冷たく、しかし舌っ足らずな女の子の声。
声の方を向けば、炎のように鮮やかな朱色と艶やかなザクロ色のグラデーションが織り成す、美しい髪を腰まで伸ばした小さな女の子がいた。頬まで伸びた前髪から覗くダークブルーの双眸が、冷ややかに俺を見上げていた。
彼女こそ声の主であり、マイシスターことマオである。
「邪魔してたか? ごめんごめん」
「リビングにいるとさわがしいから、ベッドを使うのだ。兄は外にでも行けばよいのだ」
「兄ちゃん、一緒に本を読みたいなあ」
「さっさとどくのだ」
「……………………ぁい」
すごすごとベッドの上から降りる。
マオは邪魔者がいなくなったと満足げに頷くと、二人用のベッドを占領した。どうやら村長のところから借りてきた本を読みたいらしい。
父さんも母さんも、「神童」と呼ばれるマオを構いたくて仕方ないからな。ここじゃないと落ち着いて読めないのだ。
そう。5歳になったマオは、村で神童と呼ばれるほどの子供に成長した。
読み書きは俺よりも早く習得し、最初から一人で買い物もこなし、大人顔負けの知識で村に貢献している。
はっきり言って、俺とは雲泥の差だ。体の大きさで負けてしまえば、どっちが年上かわからないほどに。
父さんも母さんもマオを可愛がるが、それで俺が蔑ろにされているわけではない。
きちんと食事は均等に出てくるし、女の子らしい遊びができない父さんは、むしろ俺に構ってほしがり、外に連れて行きたがる。
どちらかといえば、不満なのは母さんの方だろう。
マオは一、二年前の俺と同じく、本を読んで様々な知識を吸収することに意識を割き、家族らしい交流が非常に乏しい。
「マオちゃんと一緒に遊びたいのにっ」と母さんが泣き落としを仕掛け、その時くらいでないと両親とあまり触れ合わない。
そして大人びているマオは同年代の子供たちとの付き合いも悪く、仲はあまり良くない。
今年になって、さらにそれは悪化した。付き合いが悪いマオを強引に連れ出そうとした男の子が現れ、それをマオが返り討ちにしてしまったのだ。
いくら精神的に成熟しているとは言え、体は5歳の女の子だ。
前世というアドバンテージがなければ、下手をすればマオの方が怪我をしていた。
俺は妹であることを差し引いても、マオを責める気にはなれなかった。
だが村の子供たちはそうは思わなかった。
神童として大人に媚び、同じ子供は見下し、時に暴力を振るう野蛮な女の子。
それが彼らにとってのマオという女の子だ。
「レオ! マオを見かけなかったか。さっきから姿を見ないんだが」
「マオなら、部屋に来たよ。本を読みたいんだってさ」
「なんだって? ならリビングで読めばいいじゃないか。お父さんが読み聞かせてあげるぞ!」
「貴方じゃ読めないと思うわよ?」
リビングに出ると、父さんと母さんがいた。
マオを探していたようだが、俺が見たと言うなり部屋に突撃し出しそうな父さんに、母さんが待ったをかけた。
「何をいうんだマーザ! マオは「パパ、ご本読んで」と素直に甘えられないんだ! すぐ行ってやらねば」
「あの子が借りてきたのは魔法書だったわよ? 魔法が苦手な貴方に読めるの?」
「……今夜のオカズは何かな、ママ」
あっという間に意気消沈し、椅子に腰掛ける父さん。
苦手なのはわかったが、少しくらい克服する努力は見せようよ……。
いつもより高いテンションの父さんにため息をつく、少しだけ憂いた表情を見せる母さん。
当たり前だが、両親はマオのことを心配している。
傍から見れば大人顔負けの知識と知性を持ち、誰からも頼りにされる神童だ。
しかし日頃からマオを知っている者からすれば、家族を含めて積極的に人と関わっていこうとしない5歳の女の子だ。
だから俺たちは過剰なまでにマオに構うし、元気づけようと三割増で明るく振舞っている。
今のところ、疎ましそうにされてはいるが無視されてはいない。
希望的観測だが、嫌がられていないのなら続けていけば態度が軟化する可能性はある。
「せっかくだから、今日はマオちゃんのリクエストに応えちゃおうかしら。レオちゃん、聞いてきてくれる?」
「わかった。骨は拾ってね」
「なんでそんな覚悟を決めてるの……?」
なんでと言われても……どういうわけか、マオは俺にだけはやけにあたりが強いんだ。
なるべくドタドタと騒がしくしないように、部屋に戻ってドアの隙間からこっそりマオの様子を伺う。
ベッドの上に体育座りしているマオは、分厚いハードカバーの本を食い入るように読み耽っている。
かなり集中しているようだが、だからといって周囲への警戒が疎かになっているわけではないのだ。
試しに、音を立てずにドアを開けようとすると。
「兄よ、何の用なのだ?」
ご覧のとおりである。ちなみに本からはチラリとも目を離していない。
こっそり忍び寄るのは最初から諦めていたので、無駄な抵抗をせずに観念して姿を現した。
「母さんが、夕飯はマオの好きなものを作るって言ってるんだ。何か食べたいものはある?」
「別に」
「まあまあそう言わずに。肉なら鹿とか牛とかあるだろ? 今夜は何の気分だ?」
「特に」
「まあまあまあそう言わずに。野菜はどうだ? マオってあんまり野菜は食べないだろ? 嫌いなものがあるなら、今夜くらい避けてもらってもいいと思うんだ。だからむしろ、食べたくないものはあるか?」
「別に」
「まあまあまあまあ……!」
ちなみに、以下エンドレスである。
マオは「別に」「特に」を延々と繰り返し、イエスでもノーでもない答えを繰り返すもんだから、方向性を定めることもできない。
ついでに言わせてもらえば、俺がマオにリクエストを取りに来るのは、これが初めてじゃなかったりする。なので無駄に根気だけは強い。
豚肉とかどうだろう? なんの料理がいい? 野菜はだめ? 干物とか好きだけど食べたくない? など、とりあえず思いつく限りの質問を重ねていく。矢継ぎ早に尋ねず、ちゃんとマオの反応を見ながらだ。
伊達に赤ん坊の頃からマオの世話をしていない。僅かな表情や仕草の変化を見落とさず、好みとまでとはいかなくてもマオが興味を引くラインナップを見つけてみせる!
――――そして十分後――――
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……じ、じゃあ、今夜は卵メインで母さんに頼んでくるよ」
常に一言二言しか喋らないマオに対して、俺は常に喋りっぱなしだ。飲み物もなく、すっかり喉が枯れてしまった。
だがとにかく、マオは今日は卵に興味を示していた。嫌っている素振りではなかったし、もうこれでいいだろう。
そう思って部屋を出ようとすると――――
「どうして、ここまでかかわろうとするのだ」
いつもなら、そのまま部屋を出ていた。だのに今日は珍しく――もしかすると初めてかもしれない――マオに呼び止められた。
驚きを隠せず、慌てて振り向いた。
そこには本の世界から身を引き剥がし、俺をじっと見据えるマオの姿があった。
「いやな女だと思わないか。話がいのない女だと思わないか。つまらない女だろう? どうして兄は、そこまでしてかかわろうとするのだ?」
夜中の海のように、深く暗い青の双眸が瞬き一つせずに俺を見定めてくる。
まるで得体の知れないものを、知識にないものを初めて見つけた研究者のような、鋭い目つきだ。
そんなに、俺は奇妙なことをしているだろうか。
むしろマオがどうしてそんな問いかけをするのか、こっちが不思議に思った。
「俺はマオの兄さんだぞ? どうして放って置けると思うんだ」
「――――――――――――………………あに、だから?」
「そうさ。たとえマオがどんな態度を取ろうと、何をしていようと、俺の妹であることに変わりない。だから顔を見合わせれば挨拶するし、声をかける。他愛のないことだって話したいし、好き嫌いの話をするのもコミュニケーションの一つだ。家族との交流だよ? 面倒臭がったりするわけないだろ」
実際はそんなことはない。誰も彼もが家族だからといって好ましく思ったり、疎ましく思わなかったりすることはない。
人との関わり方なんてそれぞれだから、マオに強要するつもりはない。
ましてや俺とマオは前世持ちだ。
今世と前世で上手く折り合いをつけられないと頭の中がひどく混乱するし、新しい家族とどう関わっていけばいいのかわからなくなる。
だから、俺の方から歩み寄ることを選んだ。
互いに無関心だったり、遠慮して関わりを閉ざせば、家族の絆は二度と修復できなくなってしまう。
両親もそれをわかっているのか、単純にマオを心配しているのか、それはわからない。
おそらく後者だとは思うが、だから俺たちは同じ行動を取った。
「家族なら、マオと話すことに理由なんていらないよ。だって大切だからね。父さんと母さんも、きっと同じことを言うと思うよ?」
心配だからという理由もある。むしろここ最近はずっとそうだったかもしれない。
だがそれ以上に、マオは血の繋がった妹なんだ。仲良くしたいと思うことは、何も不思議じゃないはずだ。
少なくとも、邪険にされた程度で嫌うほど俺は狭量じゃない。
無視されたら傷つくが、反応を返してくれるならいくらでも頑張れる。
それが……兄ってもんじゃないだろうか?
「もう疑問は解けた? そろそろ母さんに伝えないと、別の料理ができちゃうかも知れないぞ」
「…………ああ。もうわかったのだ」
納得はしてないって感じだな。でもそれは、これから時間をかけてわかってもらえばいいだけの話だ。
その日の夕飯は、母さんがこれでもかと張り切って用意された卵料理の数々がテーブルに所狭しと並んだ。
当分、卵は見なくていいや……。
卵尽くしの夕飯を乗り越えた次の日から、少しずつだがマオに変化が現れた。
今までのように一言二言で済ませる場合が多いが、たまに「卵はいや」「鶏肉がいい」「芋は好かない」「魚が食べてみたい」など、食事に関しては自分の意思を表に出してくれるようになった。
コミュニケーション以外に関しては、相も変わらず本が好きなのか黙々と難しそうな本を読んでいる。
ただし、場所が部屋からリビングに変わり、父さんや母さんに可愛がられる姿を見かけるようになった。
度が過ぎると鬱陶しくなるのか部屋に来るのは変わらずだ。しかし、ここでも一つ変化があった。
マオの第一声が「兄よ。どくのだ」であることはそのままだが、ベッドの上からどかすだけで部屋から追い出されることはなくなった。
話しかけても反応はないし、これ以上機嫌を損ねるのも怖かったし、大人しく俺もその場で本を読むことが新しい日課だ。
少しだけマオが近寄ってきてくれたみたいで、家の中の空気が少しずつ明るくなっていくことがわかった。
だが、その空気をぶち壊す凄惨な事件が、起こってしまった。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗