第3話「突然ですが、妹ができた」
(マイナ様……本日も感謝しております)
夢の中でマイナ様に会ってから、すっかり習慣になった祈りの儀式。
といっても、俺を転生させてくれたマイナ様曰く、祈りを捧げるにはこれといった格式は存在せず、気持ちが大事なのだと言ってくれた。
だから俺はしっかりと目を覚まし、身だしなみを整え、朝食を摂る前に両手を組んで祈り、感謝を捧げる。
この頃はまだ自覚がなかったが、マイナ様から告げられた前世の妻の現状を聞き、俺は少しずつ変わっていった。
前世のことに思いを馳せることが徐々に少なくなり、体の成長に引きずられて、精神年齢も年相応の若さになっていった。
ただ、前世の経験や知識がなくなったわけじゃない。
達観しすぎだと言われては、曖昧に笑って誤魔化していた。
マイナ様とのはじめての交信が、自分を変える一つの転機となった。
そして、もう一つ。俺の人生を大きく変える転機と大きな関わりを持つ存在が現れた。
いや、現れようとしていた。
母上殿……母さんの妊娠が発覚したのだ。
「で、ででで、でかしたぞマーザ!!!」
親父殿……父さんは力一杯母さんを抱きしめた。
おいおい、まだお腹が大きくなってないけど、あんまり乱暴にしては……。
「貴方もレオちゃんも、慌てすぎよ。これから家族が増えるんだから、嬉しいのはわかるけどね」
前世の俺は末弟だった。上にいた兄と姉には可愛がってもらったが、自分が可愛がる側になるなんて思ってもみなかった。
守る側の兄になるという未体験。血の繋がった家族が増えるという初体験。
それからは、毎日が待ち遠しかった。
妊婦や赤ん坊に関する本をいろいろなところから借りて読んで、父さんと一緒に母さんを過剰なまでにフォローして、「やりすぎ!」と怒られて正座させられて、そんな日々を送っていた。
月が経つごとに、母さんのお腹が大きくなっていく。
宿った命が順調に成長していることがわかり、家の中の空気も比例して暖かくなっていた。
ただ、母さんは日常生活を送ることが大変そうで、できるだけ家事を代わってあげた。
父さんも父さんで、できる限り傍にいたいようだったが、一日の稼ぎ頭にして食卓の彩りの一端を担っている。
父さんが狩りをしてくれないと、新鮮で美味しい肉が手に入らないのだ。
母さんに体力をつけてもらうためにも、父さんには狩りを頑張ってもらいたい。
「レオちゃん、大丈夫? 薪割り大変じゃない?」
「大丈夫だから、ちゃんとできるから! 危ないから近づかないでっ」
前世の夏休みで、よく田舎に連れて帰ってもらった経験が生きた。
五右衛門風呂に入るために薪割りをしたことがあったのだが、いかんせん今の体は小さすぎる。
割った薪がどこに飛ぶかもわからないし、できる限り母さんには離れていてほしい。
今は洗濯物を干しに来たようだが、本来ならそれも変わりたいところだった。
しかし母さんが「このままじゃ運動不足になってしまうわ!」と男二人の過保護っぷりに頬を膨らませて拗ねてしまった。
なので目の届くところでなら家事をしてもいい、という話に落ち着いていた。
「母さん、あんまり無理はしないで。何かあったら大変じゃすまないよ」
「わかってるわ。まったく、レオちゃんは本当にお父さんにそっくりね」
夕方になれば、母さんの代わりに台所に立ち、夕飯の仕込みをする。
そんな俺の様子を見る母さんは、ダイニングでこれから生まれてくる子供のために服を縫っている。
「そっくりって……父さんも家事を代わってくれたってこと?」
「残念ながら、剣は振れるけど包丁は苦手みたいでね。ご飯だけはお母さんが作ったわ。でもね、私やお腹の子に対して過保護なのは、本当にそっくりよ」
そうなのか……確かに、髪の色は父さんに似ているが、体つきや顔つきは母さん似なんだよな。
父さんはムキムキな筋肉質だが、俺はなかなか筋肉がつきづらい。
顔立ちも、まだ幼いということもあるが、あまり男らしいとは言えない。
行動が父さんに似ているということは、性格も似ていくんだろうか。
さすがにあそこまで暑苦しく、おっちょこちょいな性格にはなりたくないなあ。
「よかったわねぇ、マオちゃん。貴方のお兄ちゃんは、お父さんみたいに優しい人よ」
母さんは愛おしそうに、胎児のいるお腹を撫でた。
実は妊娠が発覚したその日に、名前はつけられていた。男の子なら「レイブ」。女の子なら「マオ」と。
すっかり大きくなったお腹の中にいるのは、どうやら女の子らしい。
科学の代わりに魔法という特殊な能力があるこの世界では、すべてとは言えないが医療技術に置き換えられる魔法技術がある。
この村唯一の産婆に魔法でエコー検査のように胎児を調べてもらった結果、性別がしっかり判明した。
「いやいや、話しかけてもわからないでしょ。まだ生まれてないんだし」
「あら、そんなことないわ。今も嬉しそうに動いたもの」
「え……?」
「貴方がいた時とおんなじよ。ちゃんと伝わっているんだから」
「おいで」と母さんが手招きする。近づいた俺はそのまま優しく引き寄せられ、大きくなったお腹に押しつけられた。
「ほら、お兄ちゃんが傍にいるわ。とても優しいお兄ちゃんよ」
トン、と僅かにお腹が揺れる。
こ、これがいわゆる、赤ちゃんがお腹を蹴った、というやつか!
「わかった? ちゃんとお母さんの言うことがわかるよの。貴方もそうだったから」
「お、俺も……?」
「そうよ。お父さんと私と、何度も何度も話しかけたの。お腹の中にいた時は結構やんちゃでね、貴方が反応するたびにお父さん、すごくはしゃいだのよ」
全然記憶にない。いや、胎児の頃の記憶なんて残るものじゃないと思うが。
しかし、自分の知らない自分を知られているというのは、なんともむずがゆいものだ。
「レオちゃんも、どんどん話しかけてあげてね? マオちゃんもきちんと聞いているんだから」
「……うん。そうだね、ちゃんと生きてるんだもんね」
「そうよ、お兄ちゃん! 生まれる前でも、貴方はもうお兄ちゃんなんだから」
嬉しそうに母さんが肩を叩き、同時にお腹の中にいる妹からも返事があった。
思えばこの時、俺に兄としての自覚が芽生えたんだろう。
前世とか中身三十代のおっさんだとか、そんなのは関係ない。
一人の兄として、新しく生まれる妹を守れるようになろう、と。
◇
そして季節は流れ、冬が訪れた。
今冬一番の厳しい冷え込みが襲う夜、父ディータと母マーザの間に生まれた命が、無事に取り上げられた。
俺はついに、本当の意味で兄となった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 俺は今! 猛烈に! 感動しているううう!」
「相変わらず喧しい男だねえ。あんまり騒ぐと泣いちまうよ。女の子なんだから」
村一番の年長者にして、薬師であるジェーン婆さんが産婆として立ち会ってくれた。
俺の出産に立ち会ってくれたのもジェーン婆さんで、今回も頭を下げてお願いした。
結果として、母子ともに異常なく健康だった。ひとまずは父さんと一緒にホッとしたが、その直後にテンションが最高潮に達した。
小さくも産声を上げる、生まれたばかりの赤ん坊。俺よりもさらに小さい、新しい命。
「ほら! レオ兄ちゃんだぞ! レオ、お前の妹のマオだぞ!」
「貴方、抱きしめたままはしゃぎ回らないの」
母さんに注意されるが、構わず妹を抱いて腰を下ろす。俺の視線と同じ高さに、妹のマオがいる。
小さな手が虚空をさまよい、まるで迷子が戸惑っているように見えた。
おずおずと手を伸ばすと、妹はギュッと指先を掴んだ。
思ったよりも強い力で、もう離さないと言わんばかりに握り締められた。
――――ああ。俺……
本当に、兄になったんだな。
<下書き>
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