act.6
取り敢えず、ドン・マルコーニの件は落着した。
いつも通りの風景に、マリーという存在が加わっているが。
「マリーはどうするか決めたかい?
狙撃か二丁拳銃か」
22/45を通常分解しているマリーに尋ねる。
今は午前中。コーヒーを飲みながらマリーの分解と結合を見ているのだ。幼いのに、もう既にそれなりの速さで通常分解が出来ている。
「まだ、決めてません……」
「ま、そうだよねー
銃すら撃ってないもんね」
マリーがこれで累計15回目の結合を終わらせた。
「じゃ、お昼食べに行こうか」
「はい」
「ワシも腹減った」
そこに同居人も現れる。相変わらずホモ臭い。
「付いて来ても良いけど離れて歩けよ。
君は教育に悪い」
シッシと手を振るうと、同居人は快活に笑う。
「人殺しを教えている分際で何が教育に悪いか!
これまたアホな事を言う奴め」
違いない。
「君はたま真実を鋭く抉る。日本刀のようにね」
「お前がワシをバカにしてるっていうのは理解した」
「ハッハッハ」
「あの」
マリーは緊張したように声を出した。彼女は未だに僕と同居人を怖がっている。いや、怖がっているというか距離を測りかねているというのが正解に近いだろう。師匠と弟子と言う関係は本当に微妙だ。先生と生徒とも違う。不思議な関係だ。
「銃を扱うのと、刃物を扱うのは、どちらが難しいですか?」
「刃物」
「銃」
お互いに見合う。
「銃ってのは、一週間も扱えば子供でも簡単に人を殺せるようになる」
「刃物もだ」
「バカ言え。
僕がナイフを持ってもお前に勝てるわけないだろうが」
「当たり前だ」
ハンと鼻で笑われたのがイラっと来た。
「だが、銃は違う。
10年戦場にいた老兵を、初陣の兵士でも殺すことが出来るんだぞ」
「お互いに対峙して試合形式にすればそうならんだろう」
「何処の世界に正々堂々と名乗りを上げて戦う馬鹿がいるんだ。
フロンティアスピリッツ持った奴はもう死んだ」
僕だって正々堂々の撃ち合いはしたくない。
紳士的なのと馬鹿は違うぞ。
「それに、一週間修行してマフィアの事務所に放り込んで全滅させて来いって指示出したらどっちが多く殺せると思ってるのさ?」
「ふん、決まってる。
良き師匠に従えられた弟子ならば刀だ」
ワシみたいな?とか言い出したので相手にするのを止めた。相手にするだけバカだ。
「マリー、よく見ろ。セックスばっかしてるとこういう馬鹿になるんだ。
セックスはいかんというわけではないが、多淫は馬鹿になるぞ」
「おい、ワシの何処が莫迦だ。
いい加減にしないとワシもキレるぞ」
「いい加減にするのは君の馬鹿さ加減だ。
まったく。仕事でもして来たらどうだい?君、そろそろお金ヤバいんじゃないの?家賃半分出せなかったら追い出すからね」
「……まったく五月蠅い奴め」
同居人が元同居人になるかどうかははっきり言ってどうでもよい。今のところ同居人は鼻を鳴らして刀を担いで家を出ていく。全く。
それから数日、同居人は帰ってこず、実に平和だった。
マリーの教育も順調だ。
「……先生は、人を殺すのに戸惑いとかは無いんですか?」
「え?無いよ」
「最初、人を殺す時は、どうだったんですか?」
「最初の殺人?
うーん……」
最初の殺人かぁ~……どうだったっかな?
「アキは特に何の感想もなく人を殺しているよ。
彼はそういう男だ。殺人と言う行為を特別視することがない」
「ッ!?」
思わず立ち上がって入り口を見れば、お師匠が立っていた。バニラエッセンスの様な甘いが鼻に付かない匂い。びっしりと皴一つないスーツにテンガロンハットを被った男が立っていた。
40代後半のナイスミドルガイ。
「だ、誰ですか?」
音も気配もなく立つお師匠にマリーは手に銃をしっかり握りしめていた。うんうん。
不自然に気が付いたなら銃を抜けと教えた通りに出来たね。
「大丈夫だよ、マリー。
この人は僕のお師匠。ガンマン、シェリフ、色々と渾名を持ってる人さ」
「いやはや、こんな老い耄れには過ぎたる名前さ。
始めましてフロイライン」
お師匠は丁寧に挨拶をした。
「お師匠、この子はマリー。
僕の教え子になりました」
「うんうん。聞いてるよ。
その事もあって少し様子見に来たんだけど、ま、大丈夫そうだね。
もう、食事は済ませたかい?」
「いえ、まだてす。
外に食べに行こうかって思っていたところです」
「うんうん。
じゃ、一緒に食事しようか」
マリーに手を洗う様に言い、テーブルの上を片付ける。
「お師匠はどこまで行ってきたんですか?」
「最近じゃヨーロッパだね」
「最前線じゃないですか」
「うんうん。
でも、楽しかったよ。彼処は」
「へー前線で撃ち合いしたんですか?」
「したした。
敵のパワードスーツ部隊とかち合ってね。此方は傭兵部隊。一応公社も後ろに控えてたけど、いの一番に逃げてね」
大変だったよとお師匠が笑うので、そうなのだろう。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「うんうん。君に会うのが一つと、君の同居人に用があって来たんだよ」
「同居人はさっき出て行きましたよ?」
「入口ですれ違ったよ。
そこで用件も済ませたよ」
「分かりました。
では、食事に行きましょう」
お師匠と外に出ると通りがざわ付く。
「何処か良い店を知ってるかな?」
「ケラー・ロジェですね。
彼処はマスターが死んで息子に成りましたが変わらずです。寧ろ、僕は今の方が好きですね」
「うんうん。
では、行ってみよう」
それから3人で店に向かう。ケラー・ロジェは裏路地と表通りの丁度境目にあるバー兼カフェみたいな場所である。
中は落ち着いた雰囲気で、やはり落ち着いた音楽が流れている。何ていう曲かは分からないが。
ピアノのジャズみたいなクラシックみたいな?
「やぁ、マスター」
「ああ、アキさん。
それにマリーも。おや?貴方はシェリフでは?」
マスターが僕等の入店に目尻を下げ、お師匠を見てその細い目を見開いた。
「うんうん。お久し振りだね。
アキから聞いたよ。マスター、元マスターは亡くなったそうだね」
「ええ、はい。
シェリフにはご贔屓にしてもらって……親父もシェリフが常連って事を常に自慢し、誇りにしてましたよ。
よかったら、線香でもあげてやって下さい。亡くなった親父もシェリフに焼香してもらえれば、あの世で喜んでくれるでしょう」
「有り難い。
早速、焼香させてもらいたい」
お師匠はマスターに案内されて奥に行った。
僕とマリーはテーブル席に座る。すると、ケイ素系がやって来て席に座った。
「無礼だぞ」
「はい。無礼は承知しております。
しかし、我々は無礼すら厭わない状況にあります」
「お師匠は席を外している」
「彼ではなく貴方に話しています」
「それなら尚更無礼だ。
然るべき手順を踏め」
ケイ素系を睨むが、ケイ素系は意に介さない。あろう事か写真すら出して来た。
「この写真を見て下さい」
見るとグロ画像。
マリーがヒィっと声を上げて目を逸らすので、頭を撫でてやった。
「宇宙人君、ここがどういう場所で、どういう状況か分かっているかね?」
ケイ素系の頭にリボルバーの銃口が突き付けられる。
コルトM1851アーミーのカスタムモデル“ザ・フォーチュネイト・サン”だ。幸運な息子の名を持つその銃は、お師匠の相棒でもある。
僕が一番好きな銃だ。磨き上げられた鏡の様なステンレス製のシリンダーやバレルに、象牙のグリップ。グリップには薔薇の絵が描かれ、バレルはオクタゴンの7インチ。横にはその名前が刻まれて黒く染め抜かれている。
「宇宙人、この店で騒ぎを起こすなら死を覚悟しろ。
特に、お得意さんがいる間はな」
マスターが公社の作るハイブリッドショットガンを構えて告げた。僕は隣でオッカナビックリに銃を構えたマリーにカウンターの方に行きなさいと告げて、M1858を机の下から出す。
マスターやお師匠が抜いているのだ、見せても良かろう。
「失礼する!此処に……居たぞ!」
入口から別のケイ素系が入って来て店内を見回すと、言葉も途中に外に叫んだ。
外からはケイ素系が更に3人やって来て、お師匠に銃を押し付けられているケイ素系を捕縛する。
「お前は勝手な事をし過ぎだ!」
「離せ!今の捜査方針では奴は絶対に捕まらない!」
「だからってこんな事をして許されると思うな!」
大立ち回りに発展しそうな展開を、一発の銃声がそれを止めた。
「このまま、その馬鹿騒ぎを続けても良いが、行き着く先はお前達を皆殺しだぞ?」
銃声はマスターだった。天井に向けて一発。
マリーが両耳を塞いで目を硬く瞑っていた。マスターの指示だろう。
「俺に纏めて撃たれるか、シェリフかトゥーハンドに撃たれるか、それとも仲良く揃って今すぐ此処から出て行くか、好きなのを選べ」
ケイ素系達は慌てて立ち上がり、無礼を侘びながら店から出て行った。
あのグロ画像を残したまま。
「やれやれ」
マスターはため息を吐くと、扉に掛かる札をCLOSEにする。
「今日は閉店だ。
あぁ、シェリフ達は勿論違うよ。食事とコーヒーをサービスしたい」
「いえ、僕の方こそ謝罪をしなくては。
僕に要件があったらしいので」
マスターの言葉に慌てて告げる。多分このままでは平行線だ。
「では、食事代を払うからコーヒーをサービスして貰いたい。
アキは君のコーヒーが好きと言っていたからね」
折衷案を出したのは他でもない、お師匠だった。
僕の昼はビフテキ。お師匠も同じもの。マリーはオムライスだった。マリーのお気に入りだ。
この店はビフテキが最高に美味い。それは親子とも変わらない。
一噛みしただけで塩コショウだけなのに甘く濃厚な肉汁が、口の中に広がる。
「美味い肉だね。
この味は変わらない」
「ええ、美味しいですね」
お師匠は満足そうに肉を切り、口に運ぶ。マリーも美味しそうにオムライスを食べていた。
「マリーはどうかね?」
「狙撃の素養があります」
「狙撃ならマガトだね。
彼も私と共にヨーロッパに行っていた。もう、帰って来てるだろう」
「マガトも行ってたんですか?」
初耳で驚いた。
「ああ、公社に敵が新型のパワードスーツを新型の対戦車ライフルで撃たないか?と言われてて喜び勇んで来たらしい」
「結果は?」
「新型の対戦車ライフルのデザインが気に入らないとかで、酷く御立腹だったよ」
ほらと一枚の写真を渡される。
見ると実にSFチックな外観をした対戦車ライフルだ。口径は10mmで駆動は電気。つまり、電磁投射砲だ。
そんなレールガンの隣に童顔の青年が仏頂面で木と鉄の巨大なボルトアクションライフルを携えて立っていた。多分、お師匠が無理矢理立たせて撮ったのだろう。
「この外見はダメですね。
彼が怒るのも無理は無い」
「銃は鉄と木だろう!って見た瞬間に開発した技術者を殴り飛ばしてね。
威力は申し分ないし、反動もマイルド。彼の使う“エンド・オブ・ウォー”よりも使い易い。公社はこれを正式に採用する事に決めたそうだ。外見を少し変えてね」
お師匠は肩を竦めて笑う。
マリーも写真を見ながらモクモクとオムライスを食べていた。
「この人が、狙撃の先生ですか?」
「んー、まだ先生じゃないよ。
マリーが狙撃の「アキはいるかい?」
そこに来客だ。
見ればくるみ子さんだ。
「くるみ子さん!」
立ち上がって此方ですと手を上げると、くるみ子さんがマスターにコーヒーと言いながらやって来た。
「どうしたんですか?」
「ああ、マガトの奴がお前探しててよ。
連れてきたんだ」
くるみ子さんが早く入って来いよと入口に叫ぶと、件のスナイパーがマスターに失礼しますと断って入って来た。
マスターがコーヒーを淹れ始める。
「うげ……ガンマン」
くるみ子さんはお師匠を見るとバツの悪そうな顔をした。
ヤンキーたるくるみ子さんは少年課の刑事の様なお師匠を苦手とするのだ。
純粋にくるみ子さんよりも強いので。
「やぁ、くるみ子くん。
元気にしてたかい?」
「うっす」
「やぁ、アキ。
君の弟子は対戦車ライフルに興味があるって聞いたけど、その子かい?」
マガトも生き生きとした顔で隣のテーブルから椅子を引っ張ってきた。
「やぁ、パック。
この子はマリーで僕の弟子だけれども、対戦車ライフルには興味無いよ。狙撃の素養が凄く高いから、君に狙撃を教えてもらおうと思ってるんだ」
「任せてよ。
はい、マリー。僕はパトリック・マガト。パックって呼んでよ」
「始めまして。マリーです。マリー・カルロノス。
今は、先生の所で銃の修行とかをしています」
マリーは頭を下げると、マガトは僕を見た。
「凄いな。
君の弟子は良く教育が行き届いてるよ。狙撃の素養高いなら僕の所に通いなよ。狙撃の基本から狩りの仕方まで教えてあげる」
「どうするマリー?」
「先生は、どうした方が良いと思いますか?」
マリーは僕を見た。
「僕はマリーがこの道を歩くならパックの所に教えを請う方が良いと思うよ。圧倒的に。
護身用程度の技術なら僕の教える最低限度の射撃でも良い。ただし、この道を歩く事は出来無い」
マリーは暫く考え、それから僕を見た。
「習います。狙撃を」
「やった」
パックが満面の笑みを浮かべる。
「厳しい道だ。良く励むんだよ」
「はい」
「早速今から連れて行っても良いかい?」
「オムライス食べてからね。
マリー、今日から新しい先生にパックが加わる。
教える時間は狙撃を優先するからね。時間が空いたら僕の所に来なさい。パックも日帰り出来ない事あるなら僕に連絡してね。
僕の弟子であり、今の保護者でもあるから」
「分かったよ。
今日からよろしくねマリー」
「はい!よろしくおねがいします」
マリーは緊張気味にマガトに頭を下げた。
久々の投稿だよー
演習と災派重なっててんやわんやだよー