第四一話:惨事の後に
山岳都市オロスの霊園――
青く澄み渡った空にたなびく雲の間を、その白い鳥は飛び進む。それはまるで多くの人間の魂を冥府に誘うように群れを成し、山間の谷に消えていく。
バーランド・クルシュターの起こした都市全体を巻き込んだ大規模災害は、彼の死という結末に終わり、おおよそ一カ月が経過していた。
法廷にて立つべき主犯格が死亡したことにより、事件の真相を語るのはオロス支部を担当する女司祭の証言に委ねられ、彼女と事件解決にあたったとされるフェレスの虚言がまかり通ってしまう。
一方、真皇教団の女教皇は教団幹部にあった法王派の指導者を監督不足だとして糾弾し、「神で使える身でありながら、男は自らの野心に溺れすぎる」とバートランドの目論みを逆手に取り、皮肉にも教団内での法王派の権威を大幅に低下するという結末になった。
――自分の大切なもののために、他人の努力を踏みにじる
フェレスが悪魔としての生き方を貫いた結果である。
今日はそのフェレスが、ノルキアト共和国で執り行われた裁判の付き添い人としての役目を完遂し、レナ司祭と共に帰還する日なのだった。
遺骨のない3つの墓の前に立ち、ピスティリカとリフォルシアは並び立ち、その墓地の前に2人はお供えの花を置く。
その墓に眠るのは2人が救えなかった孤児院の子供達、エリシアとヘルゼ、そしてクリオクの三人だ。
事件が終息して一週間後のこと、軍主導となったオロスの復興作業にも一区切りがつき、犠牲者の追悼式が行われた。レナ司祭不在ということで、葬儀のミサで典礼を行う巫女はピスカが指名され、彼女は霊園に並べられた遺体を並べ、涙ながらに故人たちをおくることになる。
ピスカの家族だった三人の墓は、聖堂最奥に住む彼女と同じ神官たちの希望もあり、こうして霊園の墓に混ざった。
葬儀から三日間、埋葬帳が死肉を漁って鳥葬が完成するまでは、そりゃもう酷い死臭が立ち込めていたが、今はもう何もない。
それが良かったことなのか、それとも悲しむべきことなのか、2人は結論を出せずに、孤児院に住んでいた子供たちの墓を拝む
「リーシャ姉さま。私はどうして、こんなに弱いんでしょうか?」
「それはあんただけじゃないっての。あたしも……何もできなかったし」
「でも、リーシャ姉さまは初めから覚悟が決まっていました。それなのに、私は――エリシアは、ヘルゼとクリオクは、救われたのでしょうか?」
「さあね、あたしも本人たちじゃないからわからない。けどさ、あんたが救った命はここにあるんだから、あたしには胸を張んなさい。これじゃ、あたしが生きてない方がよかったみたいじゃん!」
「――そんな! それは絶対にありえません!」
後悔に押しつぶされそうになり、きゅっと胸の前で手を強く握りしめて縮こまるピスカへ、実は自分も泣き出してしまいたかったけれど、「年下の少女にかっこ悪い自分は見せれない」と気丈に振る舞って、リーシャは友人を元気づけるため、彼女の憧れるお姉さまを演じて肩を叩く。
と、そこへ――皮のジャケットとジーンズを穿いた男が帰還する。
「やっと見つけたぞ? 先に三珠のとこへ顔を出したが、シルキリアが目を覚ましそうって話だ」
「マザーが! ――あっ、いい忘れそうになってました。フェレスさん、お疲れ様です。お姉さまに助力して頂き、ありがとうございます」
「それは後でいい、俺は教え子のために仕事をしただけだしな。それより、早く行ってやれ」
「はい!」と元気よく返事をすると、ピスカはフェレスの横を通り過ぎ、霊園の階段を駆け下りていく。そしてリーシャはフェレスを見るや否や、「えい!」と気合を入れて抱きついた。
「――なっ! いつも言ってるだろう、急に抱きつくな」
「え~、一カ月間も先輩エナジー不足だったんですよ~。たまには甘えてもいいじゃないですか~」
「まったく、お前は――」
わなわなと拳を震わせたフェレスだったが、胸元に顔を埋めてきたリーシャの腕が震えていて、服が湿るような感覚に抱いたから、その拳を下げることにする。
「お前、泣いてるのか?」
フェレスの問いにリーシャは答えなかったが、普段のあざとさはまったくなく、傷心した少女のように彼女が狐の耳と尻尾を垂らしていたから、ゆっくりと頭を撫でてやり、「溜まったもんは吐き出しとけ」と大人らしく少女を抱擁した。
「あたし……また、何もできなかったんです! あの時と何も変わってません!」
「――ああ」
「エリシア、言ってました。私はお姉さんだから……マザー手伝いをして支えるんだって。ヘルゼどクリオク、言ってました。自分たちが兵士になって……マザーを守るんだって。あたし、あたし――三人に死んでほしくなかったのに! 殺したくなんてなかったのに! どうして、守れないの……強くなろうって頑張って、それで傭兵としての経験も積んで、こんなに足掻いてるのに!」
「そうだな、俺は知ってるさ。お前の頑張りも、その無力さだってな。だから、泣き止んだら前を向け。立ち止まるな、それが生き残った奴にできることだ」
「先輩! センパイ――うああああああああああああああああああ!!」
山々へ木霊するほどに絶叫し、リーシャは自分の無力さに苛まれて泣きじゃくる。強がりもなく、女の意地すらもなく、年相応のか弱い少女の心をむき出しにしたリーシャを強く抱き止め、フェレスは彼女が泣き止むのを待つ。
少女が憧れる男として、彼女の嘆きを少しでも和らげられるように――
◇
天津三珠はオロスの診療所にいた。
供え物の花瓶が置かれるくらいで、派手な飾り付けのない質素な石造りの部屋に、1つの医療用ベッドと、その周りを囲うように張られたカーテンは片側により、診療所の個室にある小さな窓枠からは、陽光が差し込んでいた。
ベッドとすぐ横に置かれた椅子に座り、三珠は白いベッドの上で静かな寝息を立て、たまに悪夢を見るように苦しむブラウニー族の女性を看病する。自殺を試みた
らしいシルキリアだが、三珠はそんな幸福は許せないと、彼女を蘇生した。
三珠の死生観はちょっとだけ狂っているのかもしれないけれど、邪魔者として生きた自分にとって、痛覚と恐怖さえ克服すれば救いのある死と、苦しみ続けなければいけない生を天秤にかければ、生きることの方が何倍も苦痛なのだ。
だからこそ、三珠は苦しめるために、シルキリアを生かすことにした。フェレスとは真逆の考えかもしれないが、これが三珠が生きる上で培った歪んだ価値観で、子供を3人も殺した母親に楽などさせず、ずっと死ぬまで後悔をし続け、絶対に償えない償いをすることをシルキリアに強いる。
それが、生きることのできなかった子供たちへの供養だと三珠は思ったからだ。
フェレスがレナ司祭に連れ添った一カ月間――
三珠は1人でも多くの人を助けるために、大賢者という免罪符を使って、怪我人に治癒魔法を施した水を霊薬と語って渡したり、復興作業を行う兵士たちの手伝ったりと、医者の不養生を心配されるくらいには働いた回もあり、街の復興はそれなりに進んでいる。
その過程で「砦で自分たちを救ったのは、大賢者様の作った霊薬だったのか」と、兵士達が勝手な解釈をしてしまう。三珠は稀代の魔術を扱える上に、高位の錬金術を極めた賢者階級有数の実力者などと風潮され、高貴で誇り高い不老不死に至った老婆を演じざる負えなくなり、引っ込みがつかなくなってた。
それでも、「大賢者様ありがとうございます」と感謝する人たちがいる中で、「どうして自分の知り合いは救ってくれないの?」と苦情を言いたそうに、けれど我慢して俯く人々の姿も見せつけられ、三珠の胸は締め付けられるように痛んだ。
リーシャやピスカ、それにスィアは三珠の心情を気遣い、励ましてもくれたが、自分の力不足は間違いなく、悔しくて悔しくて仕方がない。
ピスカとリーシャから孤児院の子供たちの顛末を聞いた三珠は、どの世界でも変わらない不平等な理不尽に、文句を1つでも言ってやりたい気分になる。そんな葛藤に苛まれていると、うぅ、とシルキリアが声を漏らし、彼女はゆっくりと瞼を開けていく。
「ここは……?」
焦点の定まらない目は三珠の顔を映し、彼女は落胆するように言う。
「そう、私は助かってしまったのね」
「はい、私が治療しました」
「どうして、死なせてくれなかったの? その方が、よかったのに……」
「フェレスさんにも聞かれました。バラドさんに手を貸して、子供たちを殺した母親に、救う価値はあるのかって、また同じことをするかもしれないって」
「じゃあ、どうして助けたりしたの?」
「たぶん、私が信じたかっただけだと思います。自分のエゴを、シルキリアさんに押し付けたんです。そうしないと、私の人生が否定されてしまいそうだったから」
三珠が孤児院に向かった2人の元に駆け付けた時、腹を短刀で刺し貫いたシルキリアは虫の息だった。そんな彼女の頬に一筋の涙が流れていたから、三珠はフェレスに法廷でシルキリアのことを伏せるように頭を下げ、彼も自分の熱意に打たれたらしく、渋々ながら了承してくれた。
シルキリアが目覚めたところで、三珠はベッドから立ち上がり、
「あとは2人に任せます」
と言って、病室の入り口に目を向けると、ドアの前で待たせていたピスカとアイナが入室する。




