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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第一部:オロス編 そして負け犬は少女と出会う
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第三九話:五分間の死闘

 復活魔法を扱う前に、三珠はレナ司祭の遺体に時間遡行の魔法を使っていた。

 魂を――彼女の願いを肉体うつわに戻すならば、体を生命活動を行えるくらいまで修復し、レナ司祭の魂を降霊する必要があるからだ。

 しかし時間遡行の魔法にも限界はある。傷ついた細胞を巻き戻すことはできても、灰となって消滅したレナ司祭の片足までは修復できない。

 肉体を時間遡行させる過程で、今の状態を維持して時間を巻き戻すわけだから当然、切断した首や手足、または各臓器を揃え直さなければ、完全な修復は不可能で、修復に必要な部位がないのであれば創り直せない。頭が消し飛んだりすれば、肉体の修復ができなかったわけで、レナ司祭が生命活動を行う上で必要な体のパーツを失わなかったことは、不幸中の幸いだった。


「スィア、頑張れる?」

『うん、スィアは三珠の力だから』


 魔導書スィアは床に寝かされたレナ司祭の体の上を飛行し、本のカバー開き、ページをパラパラとめくり、時間遡行の魔法を検索する。

 ギン! と刃と刃が打ち合う音を聞き、三珠は今まさにバートランドと戦闘中のフェレスを信じると、集中力を高めるために周囲の雑音を排斥して、静かに息を吐き出して瞑想を始めた。


 そこは人の願望が集う深層域――「新しい人生では幸せになりたい」とか、「もう一度やり直したい」とか、そんな他人の霊魂の語らいを聞き流し、まるで深海に潜るように沈んでいく三珠は、「私の命の恩人(ヒーロー)が救われますように」と、そう願う女性の片影に手を伸ばす。



    ◇



 大気を震わせるような音を響かせ、黒蛇の牙はフェレスの作りあげた防御型設置魔術の白い花弁に阻まれ、一進一退の火花を散らす。

 ある異界の地の伝承にて、楽園と呼ばれた聖地に始まりの男と女、そして善悪を知る木の実はあった。禁じられた実のなる木に巻き付き、始まりの女を騙した堕落の蛇は、その正体を人々に夢想される。

 ゆえに、創作神話の登場人物である蛇は、正体不明の知識へびとして人々に伝わり、人の数だけ真の姿を手に入れた。

 

 それは堕落、「簡単に享楽を手にしたい」という欲望の集積体だ。信仰への反逆者がもつにふさわしい悪魔の力は、バートランドが魔導書を経由して、己の心を異界の伝承に映し、そして生まれた呪詛の完成形だった。

 黒き大蛇の牙を弾き返したフェレスだが、バートランドは黒蛇の呪術を霧散させ、黒くなった腕に片手剣を握りしめ、眼前の敵に向かって走り込み、そして上段から振り下ろした。

 咄嗟に、フェレスは銃剣を長銃から剣へと可変させると、バートランドの剣を真っ向から迎え撃つ。そして激突、剣戟は大聖堂の大気を震わせ、甲高い金属音を壁に反響させて、フェレスとバートランドは顔を密着させる。

 優劣のつかない鍔迫り合いの後に、両者は後方に飛び退いた。


「5分だ、5分くれてやる。その間に俺を倒せば、勝機があるかもしれないぞ?」

「随分と強気じゃないか? 無才の君が僕に勝るとでも?」

「さあな、それはやってみないと分からないぞ?」


 決して弱気を見せずに、フェレスは虚勢を張ってバートランドを威嚇した。

 こと魔術の才能であれば、バートランドの判断は正しく、フェレスに勝機はありえない。魔術の撃ち合いになれば、銃剣の魔術弾に依存するフェレスには装填時間というロスタイムがあり、魔術を瞬発的に使用できるバートランドに分がある。

 可能な限り、銃剣による接近戦に持ち込みたいが、そこはバートランドも対策してくるだろう。それに、彼の孕んだ〝堕落〟の呪詛が気掛かりだ。

 どんな効果があるのかも不明な上、対処が困難ときている。

 フェレスは呪詛への警戒を念頭に置き、バートランドの動向を窺う。


「やはり、君は勘に障る男だね。君の顔を見ているだけで虫唾が走るよ! 早く滅びてくれ、永遠に!」


 そうバートランドが叫ぶと、フェレスの足元に黒い靄のようなものが発生し、それは無数の子蛇となってフェレスの全身を襲った。

 頭を切ったバートランドの血が頬を伝い、顎を滴って、フェレスの足元の床に落ち、それは彼の呪詛の代償となり得たのだ。

 防御が間に合わず、フェレスはバングルの結界の上から黒蛇の牙の猛襲を受け、吹き飛ばされた彼は礼拝堂の長椅子を破壊し、腰掛けを欠損させて、飛び散った椅子の瓦礫に囲まれて腰を痛め、体を守る結界を潰された。


「僕だけ丸腰というのも不公平だからね。君にも同じ条件になってもらうよ?」

「そうかよ。俺としては、有利なままで勝ちたかったんだがな」


 フェレスは強がりを言いつつ、ふと三珠を一瞥した。

 彼女はレナ司祭の遺体の前で目を閉じ、復活魔法を使うための前準備に入ったようだ。魔法使用中の三珠は無防備で、どうにか守ってやらなければいけない。

 

 呪術を使うわけにはいかないよな? とフェレスは奥の手を封じる。

 

 というのも、フェレスの〝敗北〟の呪詛が、魔法使用中の三珠にどんな害を与えるのか、それが未知数だからである。確かにフェレスが奥の手を使えば、バートランドを負かす(・・・)ことは可能だろう。だが、フェレスは敵に打ち勝ち、自尊心を満たしたいわけではない。

 自分の勝ち(・・)を優先し、愛弟子を救わなかったなんて、どんなに外道な悪魔に落ちようとも、それだけは諦めたくなかった。悪魔は悪者あくまなりに、守りたい人がいるものだ。


「いつまでもじっとしてていいのか、バラド? 仕返しだ」

「――なっ!」


 フェレスがそう言うと、バラドの足元に魔法陣が浮かんだ。爆破型の設置魔術である。フェレスは戸惑いなく魔法陣を砕き、バートランドの足を奪うことに全力を注いだみたいに、燃え上がって炸裂した。

 爆炎があがり、煙と砂埃は舞い上がって、細かい石の破片がそこかしこへと散らかったが、しかし防御魔術を展開したバートランドに致命傷を与えることはおろか、傷一つ付けることはなかった。

 黒蛇の呪術ばかりに目がいっていたが、バートランドは防御系統の魔術を得意とする男だった。

 彼の扱う光魔術の結界は強固で、魔術適性の低いフェレスのお慰みのような魔術では、決定打になるはずもなかったのだ。

 

「まったく、フェレス君は容赦がないね。でも、君の魔術は威力が弱すぎる。これでは、僕の守りを突破できないよ?」

「だろうな、自分の凡人っぷりが嫌になるよ」


 フェレスは舌打ちしつつ、こっそりとバレットベルトに手を伸ばし、銃剣のシリンダーに魔術弾を装填する。光と地、火の魔術弾を2発ずつだ。

 フェレスの使った設置魔術は搖動、銃剣の装填時間を稼ぐための目くらまし。

 だが、バートランドもそれを察したらしく、


「ほう、やっぱり抜け目がないね。それなら、こうすればどうかな?」


 光の剣を1本作り上げたバートランドは、その魔術剣の射出角度をかえ、床に横たわるレナ司祭を治療する三珠に向けた。


「お前、まさか――っ!」

「当然さ、戦闘中に穴をつくのは当たり前だろう? 君だって僕の立場なら同じことをするはずだ。卑怯なんて言わないよね?」


 ははっ、とバートランドは口角をつりあげ、光の剣を瞑想中の三珠へと撃ち出す。バートランドの戦法が自分に重なり、「俺って最低な戦い方してるよな」と自分へのしっぺ返しのように感じつつ、フェレスは三珠の前に防御型の設置魔術を展開した。バートランドに狡猾さに乗せられた自覚はあるが、それでもフェレスは弟子たちを救いたかったのだ。

 その心の隙をつくように、バートランドは滞空する光の剣をさらに増加させ、今度はフェレスを狙う。

 

 死人の介抱に専念する少女など、フェレスという障害を排除した後に、どうとでもすればよい。肝心なのは、いち早く目の前の厄介な敵を始末することだ。

 バートランドが撃ち出した光の剣は、その形を一線の矢に変換させて、フェレスあ自衛用に展開した白い透明な花弁を、何本もの光矢が攻撃しては消滅し、ピキピキと、次第に花弁の端にひびをはわして欠け落ちていく。

 

 フェレスが設置魔術を同時に展開できるのは2つまで。

 バートランドは定期的に光の矢を三珠へも飛ばすから、フェレスはこれ以上の守りを固めることはできない。

 それを見越してか、バートランドは黒い蛇の呪詛を放ち、それは守護の花弁の横に湾曲し、フェレスの肩や太ももを噛みきり、擦り傷を刻みこんでいる。


 劣勢打開のために、フェレスは長銃に可変した銃剣の刀身をバートランドに向け、装填しておいた属性弾を複合した魔術弾を放つ。

 それは雷を帯びた鉄の弾丸、直線上を走るように飛ぶ雷の弾丸は、入道雲から振り注ぐ稲光の如くに、バートランドを強襲する。

 攻撃の手を止め、光の壁を展開したバートランド。しかし雷撃の銃弾が威力で勝り、それはバートランドの展開した障壁を打ち破り、彼に着弾すると思われた――が、彼を守るように動いた黒い蛇の群れにより、雷撃は打消される。


「――ぐっ!」


 そして体に違和感を覚えたのはフェレスだった。

 黒蛇に噛まれた傷口から赤黒い筋が膨れ上がり、フェレスの手足に伝わる力を奪ったのだ。黒蛇の持つ呪詛は堕落、その呪いはフェレスの肉体の神経系を通り、筋肉運動を減退させていた。

 自らの有利を悟ったバートランドは、あえて光属性の初級クラスの攻撃魔術である光球を展開し、膝をついたフェレスをなめくさり、彼をいたぶるために弱い魔術を撃ち出す。


「弱い、弱いじゃないか。フェレス君!」


 光球はフェレスの体に当たり、ボールでぶたれるように、彼は一発、一発の攻撃で体を仰け反らせ、やがてバートランドが放った巨大な光球に全身を強打して吹き飛び、聖堂の壁で背中を強打する。

 一瞬だけ息が止まった。心臓が圧迫されるような痛みを感じる。

 げほげほ、とせき込み、しかし戦意は失わず、フェレスはバートランドを睨む。


「なんだよ、弱い者いじめは楽しいか?」

「そうだね、最高の気分さ。どこぞの孤児院のバカ女も今頃、君と同じように地べたに這いつくばってくれているかな? だとすれば、傑作だ」

「お前、まさかピスカの家族に!」

「君が知ることじゃないさ、もうじき死ぬ君が、ね。もう少し、フェレス君の苦しむ顔が見たかったが、そろそろお別れにしようかな?」


 足腰の立たなくなったフェレスに、バートランドは彼の命を絶つため、ゆっくりと歩み寄る。


「そうかい? けど、それはどうかな?」


 フェレスが三珠の方をチラ見する。フェレスの挙動を不審に思い、バートランドが彼と同じ方向を見た。と、その時だった――


「――先生!」


 そう叫んだ女性が水属性の中級魔術を放ち、大型の配管から吹き出したような水鉄砲が、バートランドの横腹に食い込み、みしみしと骨の軋む音を上げ、彼を流水が持つ力のままに押し流す。

 レナ司祭が無事に蘇生を果たし、三珠に背中を預けるように座って、水属性の魔術を行使したのである。はぁはぁ、と息を荒げる三珠は額に汗を流し、それを拭ってフェレスに親指を立てた。


「フェレスさん、成功したよ!」

「ああ、よくやった。後は俺がやる、三珠はレナを連れて、礼拝堂の外に向かってくれ! なるだけ早く、だ!」

「先生、私は――っ!」

「片足ないんだろ? どうやって動く気だ、邪魔だから下がれ!」


 「待って」と言おうとしたレナ司祭の言葉を遮り、フェレスの指示に従った三珠は空間転移の魔法を再使用して、真っ黒な影を残したかと思うと、礼拝堂の外へ消える。フェレスは2人が脱出したのを確認し、


「バラド、どうやらタイムアップだったみたいだな」

「調子になるなよ、フェレス=エディーダ。君は僕の〝堕落〟の呪詛を浴びて満身創痍のはずだ。終わりにしてあげるよ、僕の最大の憎しみを込めてね!」


 バートランドが息張ると、彼の体に黒蛇が巻きつき始め、鼓動するように赤黒く点滅する紋様が肌に浮かぶ。「が、あああああ!」とバートランドは獣のような低い声を上げ、ぼとぼとと黒蛇は泥のような液体へと変化し、大聖堂の床に神秘的とは正反対の邪悪な黒沼を作り上げた。

 黒沼はぶくぶくと沸騰するように気泡を弾き、そしてだらんと肩の力を抜いて脱力したバートランドを囲うように、黒沼から這い出る影は無数の蛇となり、ぎょろりとした真っ赤な眼でフェレスを睨む。


「さあ、君を始末した後はあの女どもだ。潔く逝け、フェレス君!」


 まるで魔物のような犬歯を見せ、バートランドは唇から唾液を垂れ流し、目を血走らせて叫喚する。


『〝雄々しき堕落を(ソピア=フィズィ・)誘いし蛇(イグナウス)〟』


 真っ黒な沼から噴き出した数多の黒蛇は堕落の権化。堕ちた聖職者が宿す彼至上最大級の呪術は発散され、無数の黒蛇は密集し、まるで1匹の大蛇を模すように上空より滑走し、フェレスへと襲いかかる。

 しかしフェレスは一歩も下がろうとせず――


「強い力を手に入れて舞い上がってるみたいだが、そんな夢も終わりにしてやるよ? おわつらい向きに、その変に俺の血痕が飛び散ってるしな」


 フェレスはがくがくと力の入らない足を震わせ、けれど絶対に膝を折るまいと奮起して、向かい来る黒蛇の大群を前に、自分の奥の手を披露した。


永劫なる(ミラ=イタ・)敗北の宿怨(エオニオティア)


 礼拝堂内に撒き散らした血液を代償に、敗北の意志を凝縮したフェレスの呪術は発動する。 

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