【02】出会い
「……とにかく、落ち着こう」
真理愛は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「まず、着てる服……これは、なんていうか」
そう言って、自分の着ている服をつまんだ。
「ヒラヒラ……」
そう、ヒラヒラなのだ。
真っ白で薄い布が幾重にも重なってるせいで素肌は透けておらず、肌触りもいい。
いいのだが、このデザイン――例えて言えば、湯上りにバスタオルを巻いたような形に腰の部分をひもで縛っているというだけ、というある意味露出の激しいこの衣装は、いかんせんこのワイルドな森の中という環境にはそぐわないような気がする。
(いやエルフなら……あるいは妖精ならありかも……って普通に寒いし、しかも裸足だし)
ため息しか出ないとはまさにこのことだろう。
これなら寝る時に着ていたスウェット上下の方が、
このたよりない防御力ゼロのヒラヒラよりはまだマシだ。
(なんとかなんないかなぁ、魔法とか魔法とか魔法とかで)
そう思った瞬間、急に手のひらが光り、暖かくなった。
(うぉっ! なに?)
ポワン
(ナニコレ、マホウ?)
ポワンポワン
返事をするように光がまたたいた。
――ゴクリ――
真理愛はある決心をした、そして叫んだ。
「いいいいいでよブーツ!!!」
どもった。
どもったが、ちゃんと魔法は発動したようで、
真っ白な編み上げブーツがそこに現れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……よかったぁ~、お約束チートつきトリップで)
モグモグと咀嚼しながら真理愛は森の中を歩いていた。
ブーツとお揃いのような白いローブをはおりフードを頭からかぶり、片手にはカレーパンもう片方の手にはペットボトルのウーロン茶が握られている。
全て魔法で出したものだ。
不思議なことにフードを目深にかぶっても視界はクリアに見えて驚いた。
これも魔法の一種なんだろうか?
とりあえず顔は隠しておきたい。
異世界基準で自分の顔の造形がどういう評価なのか心配だからだ。
黒目が悪魔の証拠とかいって攻撃されたらたまらない。
歩き食いは行儀悪いとは思うがとにかく早く森を抜けて人の住んでいるところまでたどり着かねば。
野宿なんてしたこともないし、する気もない。
テクテクテク
ちなみになぜこうして見知らぬ森を当たり前のように歩いているかといえば、先ほど『我が歩く道に出口を示せ、ガイダンス!』とそのまんまな、中二病ちっくな呪文を唱えたからである。
その時にピコン、とカーナビのような矢印が見えたのだが、もう今さら驚かない。
テクテクテク
ひたすら矢印の方向に歩いてるとやがて開けた場所に出て、広い道にたぶん馬車のであろう複数の轍を見つけると、やっと安心したように息をついた。
「よかったぁ~これでどっかで馬車が通ればラッキー……ってえぇぇぇぇぇぇっ!?」
そこには、血だらけの男がふたりと馬が一匹倒れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
第三騎士団所属アースフィアレスト・フォン・セルラは死を覚悟していた。
王命による大規模な盗賊アジト壊滅の任務遂行中、逃げ出した賊の頭を深追いしすぎて崖から落ちてしまった。
己の情けなさと不甲斐なさ、それに絶え間なく襲う痛さに歯を食いしばって耐える。
落ちる際に何度も岩にぶつかったのがいけなかった。
草の地面でなく踏み固められた道であることもいけなかった。
多分いろいろな骨が折れているのだろう。
起き上がることができない。
せりあがってくる血の味に思わずむせる。
このまま味方の助けがくるまでもつか……
(無理だな)
そう思ったとたん、
声が聞こえた。
「ここここにょっ!」
(こにょ?)
「こにょ人を癒したまえっヒーーーール!」
アースフィアレストの体が、温かい光に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――」
アースフィアレストが目を覚ますと、
そこには白いローブにフードを目深にかぶった少女らしき者が、茶色い板のような物体にかぶりついていた。
「ダイジョウブレフカ?」
多分『大丈夫ですか?』と聞いたのだろう。
口をあわててモゴモゴ動かしているのでそのせいで上手く喋れなかったに違いない。
ゆっくりと起き上がり、自身の身体を確かめるとさっきまでの惨状が嘘のように傷は治っていた。
「……ああ、おかげで治ったようだ。 助かった、礼を言う」
「あ、言葉が通じる! よかったです。あ、あの、食べます?これ」
少女はそう言うと、
持っていた茶色い板の口をつけてない方をパキンと折って、アースフィアレストに渡そうとした。
「つ、疲れた時とか精神的にダメージうけた時は甘いものがイチバンなんですよ?」
なぜいちいち疑問形なんだろう。
発音がちょっとおかしいのは違う国の人間か種族が違うのかもしれないと彼は思い、
助けてもらった少女のせっかくの好意を無下にしたくはなかったので礼を言ってそれを受け取り、食べた。
「これは……菓子だったのか。うまいな」
「はい、チョコレートというんです」
そう言ったあと、真理愛はある事に思い至りピキっと固まった。
(チョコって……もしかしてこの世界になかったのかな? ヤバい! 成り行きで普通にあげちゃったけど食べさせてよかったのかな? この世界って砂糖とかあるのかな? 時空のゆがみとか歴史のゆがみとか食物連鎖とかパラドックスとかタイムリープとか起きちゃったらどうしよう!! てか私なんでこんなに初対面の人としゃべってるんだろう、でもだって血だらけだったしっほっとけなかったし……あ、もし口に合わなかったらどどどどうしよう怒るかな?)
明らかに挙動不審な態度になった真理愛に、アースフィアレストの警戒心が高まる。
「……どうした?」
「へ、あ、そ……その、変なもの食べさせちゃって申し訳ないっていうか」
「いや、うまかった。俺は菓子には疎いんだ。これは新しい商品なんだろう?」
「そ、そ、そうです! 新商品なんです!! まだどこにも売ってないんです! 食べられてラッキーでしたねっ」
食い気味に答えた真理愛に、アースフィアレストは『お、おう』とうなづいた。
「あらためて礼を言う。
俺はカスタード王国第三騎士団所属アースフィアレスト・フォン・セルラだ」
(カスタード……甘そうな名前の国だなぁ、昔読んだ児童書にそんなのがあったような、あ、それってクレヨン王国だっけ……てかこの人すごいイケメンだぁ~CG みたい。ミルクティみたいな髪の色で青い瞳……北欧系かな? 色素うっす……昔やったRPGゲームの主人公キャラに似てる)
「……その、」
「へ?」
「い、いやできたら君の名を教えてもらってもいいだろうか」
「あ、すいません! ま、ままままりあと申しますっ」
「ままままりあ?」
「いえ! まりあですっ真理愛といいます。すいません!」
「いや、あやまらなくていい。マリアか……よろしく」
アースフィアレストが右手を差し出し握手を求めると、
真理愛は一瞬呆けたように差し出された手を見ていたが、
やがて手のひらを自分の服でゴシゴシとこすると恥ずかしそうに手を握った。
「こちらこそ、よろしく、ですアースさん」
「……アースフィアレストだ」
「あーす、ふぃ……」
「アースフィアレスト」
「あーすふぃにゃにぇふと」
「アースフィアレスト」
「あーしゅしゅにゃにぇしゅと」
「……アースでいい」
はぁ、とあきらめたように息を吐いた。
「あの……すいません」
「いや、いい……気にするな」
「そうじゃなくて、その」
真理愛は申し訳なさそうな表情で少し離れた所を指さした。
そこにはアースフィアレストと一緒に落ちてきた
賊の頭が倒れていた。
「あの人……すいません、助けようとしたんですが私が見つけたときにはもう……」
「ああ……」
明らかに盗賊と思われる外見なのに助けようとしたのか、と眉をしかめた。
(世間知らずにもほどがある……もし、俺の前に奴が助かっていたらこの少女はどうなっていたか)
すでに事切れていたことに安堵し、助けられなかった責を感じているであろう少女をなぐさめるように優しく肩に手を置いた。
「君が気にしなくていい。アレは重罪人だ……どちらにせよ、死ぬ運命だった」
盗賊は問答無用で処刑――これがこの国のルールだ、そうされてもしょうがない事を奴らは今までやってきたのだから。
「でも……それでも、いえ、そう、ですね……ここは……そうなんですね」
最後の方はつぶやくように小さな声だった。
「ところで……馬はみかけなかっただろうか? 一緒に落ちてきたと思うんだが」
自分と同じ状態なら馬も無事ではないだろう、覚悟はできていた。
「あ、お馬さん! アースさんのお馬さんだったんですね! よかったぁ~こっちです」
沈んでいた少女の声が安心したような声に変わり、
アースフィアレストの服をつかみ
『こっちです』とうながした。
少し歩き、曲がり角の先に見えたのは
前足を上げいなないた状態でまるで剥製のように静止している我が愛馬の姿だった。
「ジャ……ジャスティス!!」
思わず駆け寄りその身を撫でさするが、何も反応がない。
「ジャスティスっていうんですかーそのお馬さん。いい名前ですね。かっこいいですね~私の実家で飼っている犬、あコーギーなんですけどコロスケっていうんですよ。大違いですね」
「コーギー? コロ? い、いやそれよりもこれは、どういうことだ? いったいどうなっている」
「えっと、治したらなんかビックリしたみたいで、逃げようとしたから止めました」
「……は?」
「え?」
「生きてる、のか?」
「ハイ生きてますよ」
「…………」
「…………」
――しばし見つめあい、数刻の沈黙の後
アースフィアレストが何度目かの息を吐いた。
「……助けてもらって感謝する……元に……戻してもらえないだろうか」
「ああ! すすすいませんっ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パカラパカラパカラ
ゆっくりとリズム良く馬の蹄の音が響く。
これ以上のスピードを出したら、己の胸に背中を合わせすっぽりとおさまるように座っている少女が
「イタイイタイイタイ! オシリイタイ!ギブギブギブ!!!」
と、叫ぶのでしょうがなくはやる気持ちを抑えてスピードを落としている。
運が良ければ後始末と自分を探しに来た騎士団の馬車と合流できるかもしれない。
そうしたら馬車に乗せてやることもできるだろう。
「なぁ……」
「ハ、ハイ?」
少女は痛みに耐えているのか、先ほどから一言も喋らず身体を固くしている。
慣れない乗馬はキツいだろうが、どうしてもこの不思議な少女の素性が知りたくてしかたない。
「君は……魔族なのか?」
「ふぁ?」
聞いたことのない不思議な叫び声があがった。
「魔族? 魔族なのですか? 私はっ?」
「い、いやなんでそれを俺に聞く?」
「魔族とは、人にあらざるもの人に仇なすもの、勇者が召喚されて討伐されてしまう人類の敵それが魔族!私は勇者たちに滅ぼされてしまうのですか?」
「だから落ち着け! 魔族は別に討伐されもしないし滅ぼされもしない」
「そうなのですか?」
「……ああ、魔族とは君のように魔法を自由に扱うことができる人種だ。
俺たち人族が魔法を使う場合、魔石と魔法陣が必要になる」
「…………」
「だから魔族だと思ったんだが。
しかし俺の知識では確か魔族は肌の色が褐色なはずだ」
(ドウシヨウ……)
「あ、変化の術とかそういうのを使っているのか? ここは人族の領地だからな、魔族のそれも若い娘だと色々危険だろう」
(ドウシヨウドウシヨウドウシヨウ! ヤバイよ、なんかこの人私が魔族だってことで納得しそうなんですけど! てか魔族じゃないし、ニンゲンだし! もっと言えばニホンジンだし! でも異世界から来ました~よろしく~キャハ! って言っても信じてもらえないかもだし、危険視されて研究室に隔離されていろいろ実験されちゃうかもだし、もしかして神殿みたいのに連れ込まれて神子様世界をお救いくださいとか言われちゃうかもだし、いやいやもしかしたら戦争が起こったら最終兵器少女とかにされちゃうかも!)
「き、」
「き?」
「記憶にございませんっ!!」
「は?」
「記憶がないんです!気が付いたら、そう、あそこにいて」
「…………」
「その、」
「……実家で犬を飼ってる、とさっき聞いたような気がするが?」
(ヤバイさすが騎士! 追い込みがハンパねぇ!)
「や、その、記憶の断片がそこかしこに……ああああ頭が痛い~」
「だ、大丈夫か!? すまない、命の恩人を追い詰めるようなことを言ってしまって」
本気であせって謝罪を述べるアースフィアレストに
ちょっとだけ良心の呵責を感じたが、
この世界のことがもう少しわかるまで自分の立場を安易にあかさないようにしようと心に誓う真理愛だった。




