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【10】助かりました


「なんだ、てめぇは」


女盗賊は、つかんでいた足首の手を放り出すように放した。


アースフィアレストは、自身の中にたぎる猛悪な情動をおさえようと、

ゆっくりと周りを見渡す。


騎士たちは皆、拘束されており、身動きが取れないでいる。

そのうちの一人はひどく暴行されたせいか、微動だにしない。


侍女のミーシェラの悲愴な面持ちは痛々しく、

よほど泣き叫んだのだろう。


そして、


目の前にうずくまっている少女。


胎児のように丸まり、身を守るように震えている。

蹴られたのだろう、所々にある足跡らしい土の汚れが痛々しかった。


「……マリアに何をした」


「はっ!! 王子様の登場かい!! かっこつけてんじゃないよっ!!」


「マリアに何をしたと聞いているっ!!」


「くっ」


女盗賊は、指笛を吹いて仲間を呼ぶ。



しかし、誰も来ない。


――辺りが静けさと緊張感に覆われる。


「……な、なんで来ねぇんだよっ! おい! お前たちっ!」


「無駄だ」


アースフィアレストは剣を両手で持ち、上段に構え

一気に振り下ろした。


「うがぁぁぁぁぁっ!!」


刃先から凄まじい魔力の斬撃ざんげきが走り、

まともに受けた女盗賊は吹き飛び、洞窟の壁に激突した。


「ぐ……がぁぁ……き、さま……その剣はなんだ……なんで魔法が」



「答える義理はない」


アースフィアレストは砂埃をまとい、苦しそうにせながら

血を吐いている女盗賊に近づき、見下ろると




再び、剣を振り下ろした。





アースフィアレストの怒気をまとったオーラが収束する。


ここからは、後ろ姿しか見えない。


――彼は今、どんな顔をしてるんだろう。


手を伸ばす。


真理愛の視界が、電源を切ったように暗くなった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「――まったく貴殿らは何をやっているっ!!」


アースフィアレストのらしくない怒鳴り声で

真理愛は目が覚めた。


どうやら気を失っていたらしい。


ここは馬車の中だ。洞窟じゃなかったことに安心した。


(……っ! いったぁ)


息を吐くと、蹴られ、殴られたところがズキズキと痛む。

痛むところに手を当て、治れと願う。


すると、身体が光り、温かくなり、痛みが引いていった。


(――呪文、言わなくても出来るんだ)


よかった、と思いながら複雑だった。


あの時も、ちゃんと、できていたら。


「マリア様、気付きました?」


向かい合う席に座っていたミーシェラは

寝ている真理愛の側に寄り、ひざまずいた。


「うん、もう大丈夫。ケガも、もう魔法で直したから」


「よかった……」


ぎゅうっと抱きすくめられると、たゆんたゆんのおっぱいが押し付けられ、

真理愛の息を止めにかかってきてる。二重の意味で。


嬉しい、嬉しいけれど


(う、うらやましくなんか、ないんだからねっ)



――外に出てみると、


アースフィアレストが仁王立ちになって

目の前にいる二人の騎士に向かって、説教をしていた。


「自分たちの任務を離れて、護衛対象者を危険にさらすとは何事だっ!!」


「その……アースフィアレスト卿が追いかけて来られると知ってたので、

大丈夫かな……と」


「大丈夫かな、じゃない!!」


(ふおお……アースさん、こえぇぇ)


「もし、当家の影が知らせに来なければ、間に合わなかったかもしれないんだぞっ!!」


(影? 影ってあれ? 忍者みたいなやつ? さ、さすが公爵家。

ついてきてたんだ……全然気が付かなかった……)


「申し訳なかった……」


二人の騎士が神妙にうなだれているのを見て

真理愛はちょっと可哀そうになった。


あの時、彼らが離れなかったら、

自分が『行ってあげて』と言ったかもしれないから。


視界を動かすと、シートの上に寝かされている騎士を見つけた。

あの時、酷い蹴られ方をした騎士だと気付くと

真理愛は駆け寄り、治癒魔法を施した。


治癒魔法の光りに気付くと、アースフィアレストはとたんに怒気を霧消させ、

その場を離れ、マリアの方へ近づいていく。


――助かった――


二人の騎士は安堵し、やっとその場の空気が弛緩した。


「マリア」


アースフィアレストは、真理愛のまだ少し乱れていた髪を指で優しく直し、

頭にそっと手をおいた。


「アースさん……助けてくれてありがとう」


「いや、すまない。危険な目にあわせてしまった」


真理愛はいいえ、と首を振った。


「いいんです。でも……びっくりです。

もう、会えないんだとばかり思ってましたヨ?」


「聞いてなかったのか? 王都で合流すると」


「キイテマセンヨ?」


「え?いやしかし、姉上が、確かに真理愛に伝えた、と……」


(しゅーてーふぁーにゃあーーーさまーー)


真理愛の頭の中に『うふふふふふ』と笑うシュテファーニアの顔が浮かんだ。


アースフィアレストも事態を理解し、はぁぁっと息を吐いた。


「……すまない。もっと早く……合流するはずだったんだが、

王都での引き継ぎと、この剣を借りるのにちょっと時間がかかってしまった」


そう言って、鞘に手をかける。


「じゃあ、私の護衛? ですか」


「ああ、当然だ」


ぎゅうっと


胸が締め付けられた。


なんで、こんなに


私は、こんなに


「アース、さん」


「うん?」


「あ、あたし……ね。魔法、使えな、かった。た、たかえなかった」


「……ああ」


「殴られて、はじめ、て、だったから。怖くって。魔法、出ろって

な、んども願ったのに」


「うん」


「騎士……さん、まで蹴られて、アタシのせいで、ころ、しゃれるんじゃないかって

思って、たっ……た、すけようとしたのに、怖くて、怖くて、すごく痛くって、

……なにも、なんも、できなくって……」



「うん」


(――あぁ、私は本当に)



(――私は、異世界に来てもやっぱり弱いままだ)



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



真理愛は、馬車の中でミーシェラにもたれかかるように座っている。

心あらずというか、目が遠いどこかを映しているような、

まるで消えてなくなりそうな儚さだ。


膨大な魔力を持っていたとしても、使えなくてもおかしくはない。

剣を持っていたからといって、戦えるわけじゃないのと一緒だ。


当たり前のことだ。

だから何もわるくない。


――そう、慰めるのは簡単だ。

だが、あそこまで自己嫌悪に陥っている真理愛に

それらの言葉は無意味に思えた。


アースフィアレストも覚えがある。


理不尽な暴力は、心まで破壊する。

あらがおうとすればなおさら。


できなかったからつらいんじゃなくて、

できると思っていた自分を嫌いになるのが、つらいのだ。


それでも、立ち直ってほしいとアースフィアレストは思う。


また、あの無邪気な笑顔をみせてほしい。

時々突拍子もないことを言って驚かせてほしい、と。


馬車を出す準備をしていると、木の陰から自分を呼ぶ『影』の気配を察し、

アースフィアレストはその場を離れた。


集団から見えないところまで来て、振り向くと

セルラ家の『影』と呼ばれる一人が臣下の礼をとっていた。


「――全員、片づけたか?」


「……申し訳ありません。手練れがいまして、一人逃しました」


「お前が逃がしたのか?」


アースフィアレストは目を見開いた。

記憶を辿ってもこの男が任務を失敗したことは聞いたことがない。


「……魔族でした」


「なんだと?」


「この馬車を狙ったのも、その魔族の先導だったらしいです」


「……わかった。お前は家に戻り、父上に伝えろ。

裏で誰か繋がってないか確かめてもらうよう言ってくれ。偶然とは思えない」


「御意」


男が姿を消すと、アースフィアレストは険しい表情を悟られぬよう、


大きく息を吐いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



――ここは、魔族の王が統治する、マーレット大陸 ガラム王国。


王の私的な場所であるはずの寝室に呼び出された男は、

香炉からたなびく薄煙と、

体液の残り香が混ざった、むせかえるような淫靡な匂いに、

顔をしかめた。


「また捕まえられなかったのか、ダーヴィット」


ガルフォルノン・ド・ユーライカ王は、目の前にいる男に問いただした。

その口調は、責めているようではなく、どこか楽しそうで。


癇に障るその言い方に、ダーヴィットと呼ばれた男は

ボサボサの黒髪に手をやり、イライラしながらかき回した。


「……人族が保護し、エルフが先導して攪乱かくらんしてるようなんですよ」


「ふん、小癪こしゃくな真似を」


寝台の上で上体だけを起こしたように座り、

両脇に一糸まとわぬエルフの女たちをはべらせ、

ガルフォルノン王は、鼻で笑った。


そして、左側に抱えていたエルフの首元を撫でるように真横に滑らすと

その白い首がぱっくりと割れ、血が吹き出した。


反対側に侍っていたエルフは、薬をかがされているのか、

目の前で起こった同族の惨劇にも動じず、トロンとした表情のままだ。


「……早く、天使を連れてこい、 ダーヴィット。

エルフはもう飽きた」


「……御意。」


「それにしても人族が保護、か……生意気な。

わからせないといけないな。人のものに手を出すとどうなるか」


「……陛下、私との約束は」


「ああ……わかっている」


もう話は済んだとばかりに手を払い、出ていけと示す。


ダーヴィットは愛想もなく、無表情のまま、

一礼をすると部屋を出て行った。


その様子を目で追うと、ガルフォルノン王は興がそがれたように、ベッドからおり

魔法で返り血を浴びた身を清めるとガウンを羽織った。


――何を企んでるがしらんが、まぁ……楽しませてもらおうか。


ガルフォルノン王は目を細め、冷ややかな嘲笑をもらした。





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