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もうバンド結成したら6

 超人のごとく山を駆けたギルベルトには遠く及ばないけれど、それでもユリウスを背負って精一杯山道を走る。寸前まで背負われることに抵抗を見せていた魔王様だけど、いざ乗ってしまえば生意気な言葉とは裏腹、ぐったりと私の背に身体を預けてきた。

 モカからあまりに一方的に痛めつけられながらも、全て受け入れていた姿を思い出すたび胸が痛む。


「でも、さっきはギルベルトに一体なにが起きていたの?」


 意識のない様子で私たちを攻撃してきた姿を思い返して問えば、ユリウスが身じろいだのを背中に感じた。


「……あいつの名は、ルーディーという」

「もう一人いるよね?」

「ああ、ヴェンデルだ」


 ここにきてようやく名前が判明しました。

 カフェモカもといヴェンデルとルーディー。


「さっきのはルーディーの得意とする魔術だ。あいつは相手の精神を撹乱させる」

「え、なにそれえげつない」

「逆にヴェンデルは無機物を操る」

「……だからゴーレム」


 精神と物理両面でぶん殴ってくる系のコンビって、やばいじゃないか。


「だが普通なら……精神をやられてすぐさま意識を浮上させるなんてできるものではない。あんな短時間で何度も立て直すあの騎士は、なんというか異常だな」

「あー、まあ、ギルベルトこそ物理に全振りしてるもんね」


 面倒なことをなにも考えないとも言うけれど。

 あの人の思考は単純明快である意味羨ましいです。


 と、あの騎士様の逸脱した凄さを再認識していたときでした。


「──っ!? うわあああああっ!?」

「なんだ!? どうした!」


 私の尻ポケットから空気を読まない突然の振動が起きたのは。


「あっ、スマホ!? スマホ鳴ってる!」


 千鳥に電話をかけたあと、適当に尻ポケットに突っ込んでいたスマホがブーンブーンと大震動を起こしていました。

 異世界要素目白押しの中、この唐突な現実味。頭の切り替えが難しい。すっかりその存在を忘れてたもんだから自分でもびっくりするくらいの悲鳴が出てしまいました。


 一旦立ち止まりユリウスを下ろしてからスマホを取り出す。画面に浮かんでいた名前を見て、慌てて通話ボタンをタップした。


「さ──」

『綾姉っ、今どこ!』


 私の声を遮って、叫ぶような沙代の声が耳元で大きく響く。スピーカーの向こうからはザカザカと風を切るような音も聞こえるので、どこかを走っているのかな?


「それが裏山に向かってたんだけど、ユリウスも大変なことになって……! とにかくマルゴさんに会わないと──」

『裏山ぁっ!?』


 なんでまたそんなとこに!? と苛立つような沙代の声がキーンとスマホから突き抜けてきて、思わず耳から遠ざける。わかる、わかるよその気持ち。でもこっちも色々あったんだよぉ!


『ていうかユリウスいたの!?』

「いたよ! あと──」


 千鳥と由真ちゃんも大変だし、カフェモカの真相もだし、ギルベルトも急がないとだし。って、伝えなきゃいけないことてんこ盛りなんだけど、


『裏山の方から神社に戻るってこと!?』

「え、あ、そうっ」

『漆間じいちゃんの畑から回ってく道!?』

「う、うんっ」

『なるほどね、だからあいつ……っ、わかった綾姉そこにいて!』

「えっ、ちょっとあの沙代、マルゴさんはどこ!?」

『そこにいれば来る!』

「は!? どういう──」


 切れた!

 私ほとんど何も言ってないんだけど!

 もおおおっ、千鳥も沙代もお姉ちゃんの言うこと聞いてくれないんだからあああっ!


「勇者と話していたのか?」


 一人地団太を踏む私に、不審そうなユリウスの声がかけられる。


「沙代がここにいろって。たぶんこっちに向かってるんだと思う」


 伝えたら、そうか。とそれだけ言ってユリウスがしゃがんだ。ああ、きっと立っているのもきついんだろうな。

 神社のメンツが今どうなっているのかはわからないけれど、沙代が来るならなんとかギルベルトの助太刀をお願いしなくては。


 しかし、ここにいればマルゴさんが来るって、なに?


 沙代の謎発言を思い返した、そのとき。

 足の裏から地震のような振動が伝わってきて、あれ……なんだか嫌な予感。

 ユリウスまで警戒するように、すっかり血の気が引いてしまった顔を無理やりに上げるものだから予感は確信となる。


「え、なにが来るの?」


 山道の先から地響きのような音が迫ってくると同時に、散々苦しめられたあの激しい耳鳴りが再びキーンとやってきました。


「な、なんかやばいっ!?」

「下がれ、下がれ……っ!」


 私とユリウスの声は見事に重なった。とにかくこの道からどかなきゃいけないことだけは以心伝心しました。手と手を取り合って転がるように横の茂みへ飛び込む。

 ドドドドドと足元が大きく揺れ始めた。


 ──先を見れば、ボコボコと大きく盛り上がる地面が、津波のようにこちらへ迫って来たのです。


「え、なにあれええええ!」

「きぃゃああああああああああっ!」


 私の声をかき消すように、とんでもなく可愛い萌え声の悲鳴が響き渡りました。思い浮かぶ人物なんて一人しかいない。他にいようはずがない。


「マルゴさん! ……マルゴさんっ!?」


 しかしながら後半が疑問形になってしまった。

 彼女は津波のごとく迫る土砂の上に乗って、怒涛の勢いでこちらへ運ばれてくるのだから。めちゃくちゃ涙目で悲鳴を上げるマルゴさんと目が合いました。


「アヤノおおおぉぉっ!」


 呼ばれた瞬間、波打つ土砂が目の前で急停止──その反動でマルゴさんが放り出される。再び甲高い萌え萌えな悲鳴を上げながら巨乳魔術師は転がっていきました。


「マルゴさあああぁぁんっ!」


 慌てて駆け寄れば、目を回すマルゴさんは両手を胸元で組んでいて、その手首には手錠のように岩の固まりがくっついている。


「大丈夫ですか!? 一体なにが──」

「おや、良かった。この道で合っていたようだ」


 上から降って来た声に、身体がビクリと跳ねた。

 見上げれば、マルゴさんが放り出された盛り上がる土の上に、白髪でダークブラウンの瞳をした彼が悠然と立っていたのだから。


 待ち合わせで無事知り合いに会えたのを喜ぶような、この場では違和感しか感じない穏やかな口調。相変わらず背筋が寒くなるような笑みを顔に張り付けて。

 先ほどまでこれと同じ顔で、怒り狂ったように鬼の形相を成していたルーディーとは正反対の落ち着きを醸し出すものだから、余計に怖い。やっぱり怖いよこの人!


 その感情の伺えない瞳が、スッと横の茂みに転がっていたユリウスを捉える。


「……ヴェンデル」

「なんだ、意外と元気そうではないですか。だいぶ痛めつけられていたと思ったのに」


 声を絞り出すように名を呼ぶユリウスとは対照的に、散々嬲られた少年の姿を見て彼は平然とそんなことを言う。けれど──目の前で笑みを浮かべていた青年の眉間に、ほんのわずかだけれど溝が生まれた。

 ゆるりとした動きで振り返り、今しがた彼らが来た山道の先を見据えて呟く。


「……本当にしぶとい」


 これまでの白々しく畏まった声色ではなく、思わずこぼれただろう声には隠し切れない忌々しさが滲んでいた。

 青年の足元からは紫色の光が溢れ、ふいっと軽く腕を振る。


 すると、突如地震のような縦揺れに襲われた。

 慌ててマルゴさんをユリウスのいる茂みの方へ引きずり、青年の視線の先を追えば──先端鋭い巨大な剣山のような岩が、山道を走るように次々と生えていきました。その先にいるなにかを突き殺さんとせんばかりに。


 とんでもない光景に息を呑む。

 けれど次の瞬間──突き進む岩の剣山がふき飛んだ。 


 まるで山道の奥から大砲が放たれたように、岩が砕けて破片が飛んでいく。

 あっという間に砂嵐のような砂塵で、視界は遮られてしまいました。


「今度はなにぃっ!?」


 すでに涙目で叫んでしまったのは見逃してほしい。

 私とユリウスが揃って目を白黒させていると、粉砕された岩々を足場にして、巻き上がる砂塵の中誰かが駆けて来たようです。目の前に広がる砂埃のスクリーンにぼんやりと人影が写る。


 さぁっと風で視界が開けたとき、まず目に飛び込んできたのは鋭く眩しい光を放つ銀色でした。


 それが私にはあの騎士が手にしていた聖剣とやらの刀身に見えたけれど、違った。それを握る人物は金髪ではなかった。

 よく見知った、黒髪のショートヘアが開けた視界に現れる。


「ほら、マルゴ来たでしょ?」

「さ……っ、沙代おおぉぉっ!」


 手には見知らぬ真剣というなんとも物騒なものを手にしていますが、私とユリウスの目の前には間違いなく妹が立っていました。

 勇者感ハンパない。

 どうしよう、一気に押し寄せる安心感に腰が抜けそう。


「綾姉は大丈夫!?」


 しかし問われてハッとする。今はこんなところで腰を抜かしている場合ではなかった。


「沙代、猫は二匹いる! ギルベルトが止めてるけどキツイ!」


 説明をすっ飛ばして簡潔な言葉になってしまったけれど、伊達に十何年姉妹をしているわけではない。沙代はすぐに状況を理解したらしく、頷いてくれました。

 ──そのままベーシストさん(仮)もといヴェンデルに向かっていく。直後にはまた爆風と砂塵が舞った。


 その間に私はマルゴさんの頬をペチペチです。


「マルゴさん! しっかりしてください! 起きて!」


 うぅ~ん……なんて可愛らしい声と共に閉じた睫毛が震える。

 すると、スッと私の横にユリウスが並んだ。


「ぬるい」


 パァン!


「痛ああぁぁいっ!」


 引くくらい容赦ないビンタでマルゴさんをひっぱたきました。おかげて気が付いてはくれましたけれど。


「なにしてくれますの!? ……って、魔王じゃない!」

「俺の魔力を戻せ」


 グイッと胸倉を掴んで詰めるユリウスを前に、瞳を瞬かせたマルゴさんは直後、その真意を探るように紫紺色の瞳を細めた。


「なぜ」

「そこのヴェンデルと、もう一人ルーディーを止める」

「もう一人!? ……なるほど二人いたということね、これで腑に落ちましたわ」


 それでもなお、マルゴさんはユリウスを見据える瞳に警戒の色を緩めない。


「ギルベルトがあなたとアヤノに、わたくしの元へ行けと?」

「あ、そうなんです! 早くしないとギルベルトが──」


 騎士の名前にユリウスと頷いたら、マルゴさんから「わかりましたわ」なんてため息と共に了承の声がしました。


「あのクソ騎士がそう言ったなら、そうなんでしょう」


 辛辣なのは変わらずですが、名前が出たとたんにあっさりと頷いてくれました。確かに相性は悪い二人ですが、そこには間違いなくお互いへの信頼があった。


「でしたら、これ。なんとかしてくださる?」

「少し待て」


 マルゴさんがごつい岩で拘束された両手を掲げれば、ユリウスがそこに手をかざしてしばし。手のひらからほんのわずかにホワッと赤い光が輝いたと思ったら、岩はサラサラと砂になって崩れた。

 自由になった両手をヒラつかせながら、マルゴさんが口を尖らせる。


「あぁもう、本当に重かったですわ。あいつ絶対に許しませんわよ」


 言いながら、今度はマルゴさんがユリウスのもっさりした前髪の上から額に手を置いた。早口で呪文を唱えだすとマルゴさんの白い魔法陣が周囲にいくつも浮かぶ。

 そのひとつひとつが強い光を放ち、なにかとても大掛かりなことが始まったということは私にもわかりました。


 気が焦る中沙代に視線を移すと、ヴェンデルが次々と地面から剣山を突き出すのを、剣圧のような飛ぶ斬撃で吹き飛ばしている姿が目に入る。なにあれ。妹がすごい。

 沙代は剣というようりも、刀のように刀身が反った長い刃物を振り回していました。

 ……これまでの流れでなんとなくあれがなんなのか目星はつきますが……うん、もういいや。あとで聞こう。


 そんな中、ダークブラウンの瞳がふっと細められたように見えた。口元には確かな笑み。全身が粟立つ感覚に無我夢中で叫ぶ。


「沙代! 避けてっ!!」

「────っ!?」


 私の声に沙代が横へ飛んだのと、その沙代がいた場所へ飛び込んできた誰かが地面を抉ったのはほとんど同時でした。

 突き立てられた拳を中心にして、そこだけクレーターみたいにへこんでいる。

 ゆるりと立ち上がった彼を見て息を呑んだ。


 ──なぜ、ここに。

 私と同じことに思い至っただろう沙代が、剣呑な顔つきで立ち上がる。


「ギルはどうした」


 現れたのは、ギルベルトが止めてくれていたヴェンデルの片割れ、ルーディーでした。


「ギルベルトはどうした!」


 けれど、彼は沙代の言葉を聞き流してヴェンデルに顔を向ける。その相手の視線が私たちに流れたのを追って、オレンジの瞳もユリウスを捉えた。

 そこでは、全身に珠のような汗を浮かべたマルゴさんの手が、まさにユリウスから離れる瞬間で。


 ルーディーがこちらに向かって跳んでくるのと、それを追う沙代の姿が目に入った。ユリウスに向かって伸びる手に、咄嗟に間に割って入る。


 私が少年に覆いかぶさったのと、ルーディーの手が私に触れたのと、焼けつくような熱い光に包まれたのは、全てが同時だった気がしました。

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