第一章 変態X変態=混沌3
同日午後一時過ぎ。
本来なら退屈な入学式と最初のHRも、朱翼様との妄想劇を展開する事で乗り切った。とりあえず脳内では三回のデートを重ね、ようやく初めて唇を交える事に成功した。紳士に清らかにがモットーの俺らしく純情ピュアピュアなお付き合いだ。
「おーい、一緒に吹奏楽部仮入にいかね?」
「ばーか、先生の話聞いてたのか? 仮入部は明日からだよ」
「あ、そっかー! じゃあさ、昼飯食いにファミレスでも行こうぜー」
教室。
既にぎこちなくも出来上がったクラス内グループ。
随所に出来上がったそれの中では先程配布された仮入部届けの話題で持ち切りだ。
八芸は芸術高校と云う事もあり芸術系部活動はかなり盛んらしい。
良く知らんが吹奏楽部は演奏がCD化されてたり、美術部は部員のデザインしたパッケージが店頭に並んでたりするらしい。そんなのに憧れて入ってくる奴も多いんだろうな。まあソロプレイ専門の作曲専攻たる俺は、他人と共闘プレイする必用も無く部活などどうでもいい。つーかこの学校に入った目的は、元々女子の多い芸術高校の中でも男女比2:8と云う素晴らしい黄金比を体現しているからであって、それ以外の理由は無い。
クラス女子にBPスキャンした所めぼしい数字は無かったため、俺はどのグループにもはいる事もしなかった。いや、内面美少女がいるかもしれんから油断は出来ないが。
しかーし! 今の俺には————朱翼様が居るッ!
正直今はあの完璧無垢なスーパー女神様とお近づきになる方法を考えるので頭がいっぱいだ! クズ男に目をつけられる前にいち早く俺が恋人と云う名の騎士となりお守りせねば。
さーて、どうやってあの方とお近づきになろうか…………
同じなのは専攻くらいで学年も縦のクラスも違う。他学年との接点がある場所か…………。ふーむ悩んではみたがなかなかそんなものはない。ならば接点を自分から作るのが得策、か…………
「——そうだ、仮入部!」
そうだよ、同じ部活に所属すれば他学年との接点あるじゃん! 共闘プレイ万歳!
「そうと決まれば朱翼様が何処の部に所属していらっしゃるか調べるぞ————!」
「——私がどうかいたしましたの?」
俺のクラスの扉前、なんと朱翼様がきょとんとした表情でお立ちになっていらした。
「あ、朱翼様!? ……何故こんな所に…………?」
驚く俺は軽く息を整えてからそう返した。
「先程輝くんのクラスはこちらと聞いた気がしたのですが……間違っていましたか?」
目を潤ませて心配そうにそう問いかけられた。
だからその上目遣いやめて! わざとなの? わざとでも可愛いけどさぁ!
そして室内と云うことでコートをお脱ぎになり真っ白なセーターが露になったそのお姿…………グッジョブです。
「い、いえ間違っておりません! 私如き平民を訪ねて下さるとは何とも慈悲深いのでしょう姫!」
俺は朝鮮の軍隊さながらに真っすぐ起立してそう答えた。
「……もう、輝くんったら……その姫とか朱翼様っていうの辞めて下さいよぅ! ……私、そんなにお高く止まって見えます?」
朱翼様は少し拗ねてぷい、と目線をそらし頬を少し膨らませた。……へぇこういう一面もあるのかぁ……いちいちめっちゃ可愛いなぁ。
「も、申し訳ございませんっ! …………あまりにもお美しい方だったので……私緊張してしまい……」
「それは嬉しいですけど私、輝さんともっと普通に仲良くしたいので……普通の先輩みたいに接してくれると嬉しいですわ」
「……りょ、了解です!」
え、何これなんでいきなり好意もたれてる感じなの? 明らか好意もたれてるよね? イマドキ少女漫画でもこんな最初っから好意もたれねえよ! 俺はラブコメの神様の出血大サービスに感謝した。
するとふぅー、と一呼吸置かれた後、朱翼先輩は再び口を開いた。
「……今日は輝くんを私の部活動にお誘いに来ましたの。是非、私共の部室にいらして頂けないかしら……?」
え————! 今それ調べようとしてたんです!
「ぜ、是非! 私も丁度朱翼先輩がどこの部活動に所属しているかお聞きしようと考えていた所なんです!」
「まあ、それは嬉しい!」
ぱあっと表情が晴れた。いちいち反応や仕草がめっちゃ可愛い。
「私、電子音楽研究部、というのに所属していますの」
「電子音楽研究部?」
……聞き慣れない名前だ。芸術高校故にこういったマニアックな部も多いのだろうか。
まあ活動内容なんて正直二の次だ。朱翼様が隣で微笑んでくれさえすれば俺はどんな拷問にでも耐える覚悟だ。
「詳しい説明は部室でしたいのですが……構いませんかしら?」
「ええ、勿論です!」
そう力強く答えると朱翼先輩はほっとした様に胸を撫で下ろした。どうやら俺を誘うのに緊張していたようだ。何それめちゃ可愛い。ていうか俺、さっきから『めっちゃ可愛い』連呼し過ぎじゃね。いや実際めっちゃ可愛いから仕方無いんだが。
「あっ!」
すると何かを思い出した様にぱっ、とする朱翼先輩。そしてなにやらがさごそとお鞄の中から取り出す。
それは携帯電話。それを前にぎゅっと突き出して、
「連絡先、交換致しません?」
……え、ええ、…………、え、ええええ、………………、
えぇぇぇぇえぇえええええええええええええええええええええええええええ!
「あ、ありがとう御座いますっ!」
くっそ、こういうのは男から行くもんだろ! スピード感溢れるダイ・ハ○ドみたいな速さで展開進んでくもんだからついついタイミング見失っちまってた。
直ぐさま俺も右ポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。
「……女性の方からお誘い頂くなんて…………情けない限りです」
「いえいえそんなことありませんわ。私もちょっと早すぎただろうって自覚はありますので」
うふふ、と微笑む朱翼先輩。あーもうなんなの、惚れるからマジやめて。
俺達はフルフルして連絡先を無事交換した。
雨音朱翼————メールアドレスと携帯番号をゲットしてしまった。同じ様に俺の連絡先を見つめて嬉しそうに微笑む朱翼先輩がめっちゃ可愛かったのは言うまでもない。
「それじゃあ改めて、部室に案内致しますわ! 私についていらして——っ!」
そう言うと朱翼先輩は俺の右手裾を引っ張り、子供の様にはしゃぎながら廊下を駆けた。何この青春感溢れる図。カ○ピスのCMかよ。清楚でお淑やかで可愛らしいのに積極的でいらっしゃる朱翼先輩。もう内面外見共に俺の理想通りじゃないですか!
やべえ、めっちゃ可愛い。
*
「こちらですわ」
八芸は音楽科本塔と美術科本塔、それから体育館塔と図書館塔、練習塔、アートスペース塔の合計六塔の建物が校内に敷き詰められた案外大きな学校だ。その割に生徒数は一学年一五〇程度と少数精鋭。まさに芸術のエリート高校だ。
俺や朱翼先輩のクラスがある音楽科本塔の二階北奥。そこにある総合音楽室の更に奥の第二音楽室に俺は案内…………と云うか引っ張って連れて行かれた。
「……あっすみません! ……つい嬉しくて、お手を引っ張ってしまいましたわ……」
「ぜ、全然大丈夫です! 寧ろ嬉しかったです!」
俺は笑顔を作り元気よくそう返した。
……ダメだ俺。普段は美少女を判定してるくせにいざこういう時になると気の効いた言葉が出て来ない。
ナンパとか出来る人、地味に尊敬する。
朱翼先輩は第二音楽室の防音加工が施された重い扉をがちゃり、と手慣れた手つきで空けた。
「さあ、ここが我ら電子音楽研究部の部室です!」
右手をさらりと伸ばし、胸を張り、得意気になって室内を見せた。
だが仰天————
そこに敷き詰められていたのは————音楽機材の山だった。
薄暗い室内。
十畳程の部屋にデスクトップパソコンが七台、しかもそのうち四台は三画面ディスプレイで中央に在る一台はなんと正面左右斜め右斜め左の計五画面だ。パソコンに詳しい訳ではないがどれも見るからにスペックが高そうな代物ばかり。
そしてそれぞれのパソコンには巨大なスピーカとキーボードが付随してあり、中央の五台モニターPCに至っては良く分からない機材でパソコンとエレキギターが繋がれている。
左壁を見ると本棚が在り『マスター!DTM』やら『ボーカロイドの全て!』といった意味不明の本から『良く分かるコード進行』やら『サルでも分かるポップスアレンジ』といった音楽専門書らしいものまで何百冊もズラリと陳列していた。
まるでちょっとしたスタジオだ。
そんな場所に案内された俺はただただ呆然としていた。
「芽衣ー! さっき話した新入部員連れて来たよー!」
朱翼先輩がそう言うと部室の端で液晶タブレットのペンを握っていた少女が振り返った。
「わぁ、お帰り朱翼ー! 早かったねー」
…………………………………………
んんんんんんんんん!
奥から現れた少女————
この子はっ!!
俺のBPスキャナーが烈火の如く回る——————————ッ!!
「身長一四四センチ、スリーサイズ上から90、59、85。推定バストサイズはG、だと……ッ! 足回り49センチ、体重49キロと体格にふさわしい程よいむっちり感! 金髪ミディアムヘアで長さは肩上一センチ……小顔でパーツも整っておりそこら辺のアイドルを有にしのぐ可愛らしさッ! これはまさしく………………
完璧なロリ巨乳だぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ——————————!!」
最後、つい興奮し大声で叫んだ。
朱翼先輩は若干引きつった表情で、立ち上がった芽衣と呼ばれた少女はきょとんとした表情でこちらを見た。この金髪美少女、俺が今朝の妄想中例えに使ったロリ巨乳娘とほぼ同スペックの持ち主じゃないか! いつから俺は予言者になったのだろう?
「なんて素晴らしいんだ! 文句なしのBP50だ! ……あ、いや待て…………」
気になる点が一つ————……。
俺はじっとその少女の目を見つめ、
「緑の瞳も素敵だけど色彩的にはサファイアブルーがベストマッチだ」
うむ、だがBP49。ほぼ完璧。紛れもなく美少女だ。
だがその金髪ロリ巨乳女神様は顔を火照らせて、
「……そ、その…………あんまり見つめられると照れちゃうなぁ」
俯きぼそっとそう言った。
その時、初めて自分の顔がどれだけ彼女に迫っていたのか気付く。そりゃもう背中押されたらチューできちゃう距離だった。
「あっ……!! ご、ごめんなさい…………!」
素早く顔を離すと俺は元の所に戻った。
その時ふ、と右隣りに立つ朱翼先輩に目を移すとむー、っとした表情でこちらを見ていた。これは怒っている、のだろうか…………?
……はっ! もしやこれは嫉妬ってやつすか! そうだよね、俺の事好きなんだもんね! でもそんなむすっとしたでぶっちょハムスターみたいな表情も素敵だよ!
「紹介します、彼女は綾瀬芽衣。二年五組の美術科デザイン専攻ですわ」
やっぱり少し不機嫌そうにそう言った。やべえ俺Mの自覚は無かったけど美少女にならキツくあたられるのは良いもんだ!
紹介に続き、うさぎさんの様に首をぴょんと傾げて笑う芽衣先輩。
「宜しくね! ええと……輝くん、だっけ?」
「あ、はい! 宜しくお願いします!」
……何故か俺の名前を知っていた。
ああ、きっと彼女らは入学式やらHRはないからその時間に朱翼先輩が話したのだろう。
……果たしてどんな紹介をされたのだろうか?
『今朝私、将来の旦那さんみつけちゃった♡』とかすかね!! あー鼻血とまんねえ。
「しかし部員がデザイン専攻と作曲専攻の電子音楽研究部って一体どんな部活なんでしょう?」
俺は当然の疑問をそこはかとなく聞いてみた。作曲もデザインも複数で活動する専攻ではなく一人黙々と創作するソロプレイ型なのだから。
「ふぇっ!?、ぇ……えと、あのぉ……そ、それはね————…………」
すると何故だろう、朱翼先輩は急に目をパチパチしてから目線を天井へ向ける。え、何かまずい事を聞いてしまった?
だがそんな朱翼先輩に代わって芽衣先輩が口を開いた。
「えっとね私達は————」
「あ————そーぉだ芽衣!! 作業のとちゅーじゃなかったっけ——!」
勢い良く前に乗り出た朱翼先輩はあからさまに目を見開いて大げさな身振りと共に芽衣先輩の言葉を無理矢理遮った。
すると頭に!を浮かべた芽衣先輩は「あっ! 保存してねいじゃん!」と自分にツッコみパソコンに戻った。
朱翼先輩、何やら慌てている……? まあそんな所も見ていて可愛いから許す。可愛いは全てを無効化するのだ。
「と、兎に角! 輝くんには是非、ここに入部して欲しいの——………… あ! そうっ!私達部員が少ないから今年誰も入らないと廃部なの————?」
出た、朱翼様の頬染め上目遣い! しかもいつもより顔近い! なんかワイシャツの隙間から微妙に谷間とか見えちゃったりしてるし! 更に香水とか柔軟剤とかシャンプーとか汗とかの香りがフュージョンして俺の鼻はエクスタシー!
さてはさっき俺が芽衣先輩に顔を近付け過ぎたのをまだ根に持ってるな! 入学初日からウハウハ! ……やっぱ明日死ぬのかな。神社、あとで寄ってこう。
だがそこで俺は、一つ思い出す。
「……勿論入部したいのですが、今持っているのは二週間だけ入部する事が出来る仮入部届けだけです。本入部届けは、その……二週間後仮入部期間が終了してから貰う様です」
朱翼先輩は目を皿にして静止した。
「えっ……、そ、そうなの……?」
「え、あ、はい」
すると少しばかり考える素振りを見せ、
「じゃあ仮入部で良いわっ」
と首を傾げてはにこりと笑った。
「かしこまりました!」
俺は上機嫌で先程HRで貰った仮入部届けを勢い良く鞄から取り出す。
——とその瞬間、朱翼先輩は間髪入れずそれをひょいと取り上げた。
それから先輩は部屋の中央に置かれた机にそれをばん!と置き、胸ポケットにしまってあった可愛らしいピンクのパンダさんボールペンをその右隣に置くのだった。
「さ、さあ!! こ、ここにお名前をお書きになってくださる?」
何やら切羽詰まった表情だ。部員が相当欲しかったのだろうか? あ、いや俺に早く仲間になって欲しいのか! そうだよね、いやぁ照れるぜ。
俺は一切も迷わず椅子に座り目の前に置かれたペンを握る。
朱翼先輩にせかされ、データ保存が終わった芽衣先輩に後ろから見守られると云う美女二人の注目する何とも緊張する中——仮入部届けに——名前を——書いた————
——刹那。
朱翼先輩に物凄い勢いでそれを取り上げられる————そりゃもう若干ビビってしまう速さで。
「………………」
それを見つめ不敵に笑う朱翼先輩。
「……これで貴方は私の物…………って訳ね」
背中だけを見せ振り向こうとしない朱翼先輩からなんだか邪悪な気配を感じた。先程迄の清楚で優しい先輩のオーラとはまるで違う。
え、何だろう、実は隠れドSとか? 俺そういうの割とイケる口だってさっき気付いたんで大歓迎っすよ! 寧ろ罵って! その黒いニーソ美脚で踏んづけて! ああっ! そうです! 俺の体は朱翼先輩の物です!
——だがそんな甘い妄想は、直ぐさま音を立て崩れ去った。
振り返った朱翼先輩は今迄に見た事の無い程冷酷で蔑んだ視線で俺を見る。その眼差しに俺は、背筋を舐められる様な恐怖を覚えた。
それから朱翼先輩は——後にも先にも忘れる事の無いこんな台詞を言い放ったのだ。
「いい、ド変態。貴方にはこの八芸電子音楽研究部の————『専属コンポーザー』として、私達に奉仕して貰うわ————」
あの時の俺はまだ知らなかった。
その瞬間が、
俺と朱翼との、
真の出会いだった、と云う事を…………




