第1話 初恋のあの子と再会
俺の初恋は小学5年生の頃だった。
相手は隣りのクラスの学級委員。彼女は優しくて、頭が良くて、子どもの目から見ても抜群の容姿をしていた。
恋のきっかけは、学校行事のスキー旅行だった。
教師が「班じゃなくて好きな人と食べていいぞ」と言った瞬間、俺は夕食会場のロッジで一人ぼっちになった。
当時俺はイジメられていて、一緒にご飯を食べる相手なんていなかったのだ。
ひとりぼっちなんて慣れていたはずなのに、皆が和気あいあいと行き交うなか、動けなくなってしまった。
「北山くん?」
「え」
顔を上げると、優しい目をした少女がこちらを見ていた。
俺は彼女の存在を知っていた。隣りのクラスの学級委員、向井詩織。お人形のように美しい容姿と屈託のない明るさを持つ、学年イチの人気者。
委員は窓の向こうへ目をやった。
「この席、特等席だね」
闇の中で雪が舞っていた。空からひっきりなしに落ちる雪は、地上に敷かれた積雪に吸い込まれていく。
「隣り、私たちも座っていい?」
委員の他に、友達がふたり。
ふたりとも俺に話しかける彼女をきょとんとした顔で見ていた。
俺は辺りを見渡してみる。大半の生徒はもうグループになって席についていて、これから席を探すことは、正直かなり億劫だった。
でも、
「どうぞ」
仕方ない。
俺は席を譲って、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってよ」
「え」
ところが、学級委員は俺の袖を握って、引き止める。
「隣りに座ってもいいか聞いたんだよ」
「いや……」
「私たちがどかしたみたいになるでしょ?」
「……なるかな?」
「なるの。いいからほら、食べようよ」
委員にぽんぽん、と宥められるように背中を叩かれて、俺は仕方なく席に着いた。
闇の中で舞う雪はまるで石の塊が降っているみたいに、その勢いを強くしていた。
それなのに白いかたまりは、積雪にぶつかって消えていく。
「ねえ、北山くんはさ――」
「北山くん――」
「ねえちょっとどう思う北山くん」
彼女は何度もこちらに話を振ってきた。俺が上手く返せなくても関係ない。まるで同じグループの友達に話しかけるみたいだった。
俺はこの時の会話を1往復ですら覚えていない。でも覗き込むようにこちらを見てきて、話しかけてくる委員の笑顔だけはくっきりと頭に残っている。
それは単純に、話しかけてくる彼女に胸がどきどきしていたからだろう。
この日以来、委員は学校でもよく俺の前に姿を現すようになった。それもスキー旅行の夕食のように、俺がピンチになった時ばかりだった。
たとえば、靴が隠されて帰れなくなった時。彼女は日が暮れるまで一緒に探してくれた。
そんなようなことが、何度もあったのだ。
だから、彼女に骨抜きにされるまでは一瞬だった。
他人のことなんて信じていなかったはずなのに、ちょっと優しくされたら、あっという間に好きになるんだ。間抜けだろう?
だが、片思いは所詮片思いだ。
こんな自分と委員が結ばれる訳なく、彼女は卒業と同時に私立の中学校へ進学して疎遠になった。
*********
さて、何故こんな昔のことを思い出しているかというと。
今、俺の視線の先に、委員がいるからだ……。
高校2年生の初日、窓際の席に座っているのは明らかに委員だった。
あのころの面影のまま、大人っぽく育った美しい横顔。俺は開いた口がふさがらなかった。
窓からそよ風を浴びて、心地よさそうに目を瞑る委員。柔らかい亜麻色の毛がふわっと舞っている。
私立の中学校に進学した彼女は、雲の上にいるような存在だった。
確かに俺も中学では勉強を頑張ったけど、でもまさか同じ高校に通うなんて夢にも思わなかった。
「……でも、俺には関係ない」
所詮小学校の頃の記憶だ。
もうこちらのことなんて、委員は覚えてないだろう。
俺にとって特別な存在でも、彼女にとってみたら大勢の中のひとりだ。そうやって俺はざわつく感情に蓋をした。
だが、突然窓際の彼女はこちらを向いた。
ハッとして俺は視線を落とす。顔が熱くなって、胸がうるさく鳴り始める。
「目が……合ったような」
恐る恐る……少しずつ顔を上げる。すると、委員がまるで俺が顔を上げるのを待っていたかのように、笑みを浮かべてこちらを見ていた。
俺は唖然とした。それから慌てて前を向きなおす。いつの間にかホームルームが始まっていた。
俺はこれから何十回、何百回とこの教室でホームルームを過ごすのだ。委員の居る、この教室で。
だから手に持っていたシャーペンで、机に『人は人』と書く。自戒を込めて、力強く。
ふたたび好きになってしまいませんように――そう胸のなかで力強く呟いた。




