第三話 播磨の盗賊②
翌朝、まだ薄暗い空の下、一行は丹波の国へ向けて出発の準備を整える。
「宇喜多家より援軍として派遣されました、明石全登と申します。よろしくお願いします。」
「あ、あの時の……!」
先日、城下で再開した西洋甲冑の少女―
全登は凛とした表情で深く一礼する。その姿に、一同は頼もしさを感じた。
「では出発しましょう。丹波ともなると、先は長いです。」
善助の言葉に、一行は馬を進めた。
播磨の国北部、深い山々のあいだを縫うように延びる山道。朝露に濡れた草むらからはひんやりとした風が吹き上がり、馬の吐息が白くたなびいていた。
全登は、ふと桜の馬上を見上げて目を瞬かせた。
「……あの、その妖怪はいったい……」
彼女の視線の先には、桜の馬の上にちょこんと座り、首をかしげる白い子犬。毛並みは雪のように真っ白で、澄んだ瞳で全登をじっと見つめている。
「あ、この子? 名前はスシイヌ! 妖怪なんだよ」
桜が無邪気に笑って答えると、全登の眉がぴくりと動く。
「スシイヌ……」
横で手綱を握る又兵衛が呆れたように口を開いた。
「おい殿、なんでそいつ連れてきたんだよ。ちっせぇし、どう考えても足ひっぱるだけだぜ」
桜は視線を泳がせ、唇を尖らせる。
「だって……」
桜は旅立ち前の官兵衛との一幕を思い出す。
――
官兵衛は腕を組み、真剣な顔で桜を見据えていた。
「殿。スシイヌも忘れずにお連れいただきますよう」
「え、えぇ!? でも、長旅になるし、連れて行くのは……」
桜が慌てると、官兵衛は目を細め、低く念を押すように言った。
「私にその妖怪の世話をさせるおつもりですか? ちゃんと最後までめんどうをみるよう言ったことを……よもやお忘れではありますまいな」
桜はその鋭い視線にたじろぎ、思わず肩をすくめる。
「うっ……」
――
桜はため息混じりに仲間へ告げる。
「……官兵衛が……世話できないから連れて行けって……」
又兵衛は大きく息を吐き、空を仰いだ。
「はぁー……」
全登は苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「まあ……妖怪ですしね……」
やがて一行は山道を抜け、小さな宿場町へ到着した。夕方に差し掛かり、瓦屋根の家々からは炊事の煙が細く立ち上り、通りには旅人と町人が入り交じって行き交っていた。
「ここで少し休憩しましょう」
善助が手を上げて提案し、一行は賑わいを見せる食事処へと入る。
暖簾をくぐると、香ばしい匂いと人々の笑い声が一気に押し寄せ、旅の疲れを和らげてくれた。
「俺、天丼!」
「おら肉うどんがいいだあ!」
又兵衛と友信が真っ先に声を上げ、店の者に注文を告げる。
食事が並ぶと、しばらく和やかな談笑のひとときが流れた。
湯呑を手にした善助がふと思い出したように全登へ視線を向ける。
「そういえば、当主の宇喜多殿はお元気ですか?」
全登は小さく笑みを浮かべ、答えた。
「ええ。いつもにやにやしながら毒の調合に精を出されています」
「そう……ですか。それはなにより」
善助はほんのわずかに口元を引きつらせつつも微笑を返す。
そのとき桜が席を立つ。
「ちょっと私、お手洗い」




