第三話 播磨の盗賊①
姫路城―当主の間。
武将たちは神妙な面持ちで官兵衛の方を向いている。
官兵衛は居並ぶ武将たちを見渡し、話を続けた。
「……そのため、我々は毛利や織田との戦いに備え、一刻も早く勢力を拡大する必要がございます」
彼は懐から書状を取り出し、床に広げる。
「丹波の国の領主、山名家と交渉を続けてまいりました。
当主の山名祐豊は、すでに高齢。これまで幾度となく隣国からの侵攻に悩まされてきました。
もはや野心などはなく、家存続の保証をしてくれるのであれば、当家への臣従を約束すると申しております。」
政秀が瞳を輝かせ、身を乗り出す。
「おお! では戦をすることなく丹波を手に入れられるということじゃな!」
しかし官兵衛は、わずかに目を伏せ、続けた。
「ただ……以前より、山名家は妖怪に脅され、言いなりになり政をしていたとのこと。その妖怪を倒さねば、臣従の約束は果たせぬと……」
沈黙。
そして、一斉に叫んだ。
「また妖怪退治ー!?」
武将たちの嘆息が広間に響く。
その夜―。
官兵衛は、一人机に向かい筆を走らせていた。
燭台の灯りがゆらゆらと揺れ、彼の横顔をぼんやりと照らした。
「官兵衛……」
桜の控えめな声に、彼は顔を上げる。
「これは殿、どうされましたか」
振り向くと、そこには桜が立っていた。袖口を軽く握りしめ、不安げな表情を浮かべている。
「本当に政秀と官兵衛は来れないの?」
官兵衛は筆を置き、穏やかに苦笑した。
「申し訳ございませぬ。されど最近、毛利に不穏な動きがございます。近々、動きがあるかもしれませぬ。万が一に備え、政秀殿と私で留守を守るとともに、今後の対応を協議しなければなりません」
毛利家は赤松領の西に位置する大国。もし侵攻してくるとすれば一大事である。
官兵衛なりに色々とやる事があるのだろう。
桜は視線を落とし、小さく息を吐いた。
「そうなんだ……私たちだけで大丈夫かな」
官兵衛は微かに笑みを浮かべる。
「ご心配には及びませぬ。後のことは善助に任せております。
あの者は口数こそ少ないですが、冷静沈着で大きな失敗を犯しません。故に頼りにしておるのです」
官兵衛は確信に満ちた声で、さらに続けた。
「それに、宇喜多家へ援軍も頼んでおりますゆえ。」
桜は官兵衛の言葉を聞き、小さく頷いた。
「そうだね! 善助がいれば安心か」
しばしの沈黙の後、桜はふっと小さく笑った。
「官兵衛……さっきは妖怪退治と聞いて、『またか』って思っちゃった。でもね、本当は少し安心してるんだ」
官兵衛は目を細め、桜に向ける。
「……あの時、官兵衛に『天下を取れ』って言われてから、覚悟を決めたつもりだった。でもやっぱり、合戦で人が死ぬのを見るのが、辛いんだ……」
桜の声はかすかに震えていた。彼女の心の中に渦巻く葛藤が、その一言に凝縮されていた。
官兵衛は静かに頷き、深い眼差しで彼女を見つめた。
「……どうか、その気持ちをずっと持ち続けていただきたい」
桜は驚いたように目を見開く。
「そうすれば、この日ノ本は今よりずっと良い国になります。合戦のことは、我らにお任せください」
桜はしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑み、力強く頷いた。
「……わかった! ありがとう、官兵衛。」
明るく微笑み、くるりと踵を返す。
「おやすみ!」
「おやすみなさいませ」
官兵衛は、去っていく桜の背をしばらく見送った後、再び筆を取り机に向かう。
静寂が戻る中、夜風だけがそっと城の中を吹き抜けていった。




