第二話 東播磨の領主―別所家②
――播磨の国東部―。
桜たち一行は、別所家の本拠・三木城へと向かっていた。
道すがら、桜は馬上から城下の様子に目をやる。
畑では日に焼けた男たちが黙々と鍬を振るい、笑顔で声を掛け合っている。広場では子供たちが泥だらけになりながら追いかけっこをし、商人たちは荷車を押しながら活気ある声を張り上げる。そのどれもが生き生きとしており、この地を治める領主が領民を大切にしていることが一目で伝わってきた。
(……とても穏やかで、幸せそう。)
しばらく進むと、やがて三木城の石垣と白壁が眼前にそびえ立つ。堅牢な造りに圧倒されながら城門へ近づくと、門番が一礼し、朗らかな声をかけてきた。
「遠路ご苦労様です。お話は聞いておりますので、お入りください」
木戸が軋みを上げながら開き、一行は静かに城内へと導かれた。
通された当主の間――。
正面に座していたのは、東播磨を治める領主・別所長治。まだ桜と同じくらいの年頃であった。短髪の黒髪。前髪は中央で割かれ、凛とした瞳には若さに似合わぬ自信が宿っている。細身ながら、着物の下に覗く胸板や腕には鍛錬を欠かさぬ武人の資質が感じられた。
「これはこれは赤松家の方々。遠路はるばる、よくおこしくだされた」
長治は柔らかな口調で言い添える。
「まずは茶でも出そう」
その気の利いたもてなしに、桜は胸の奥が少しほっと和らぐ。
そこからしばらく、当主の間は他愛のない雑談に包まれた。お互いの領内の様子、家臣達の事―。
親戚筋として迎えてくれているのだ、敵意はない――そう思えた。
しかしふいに、長治の目が光る。次に出た長治の言葉が、場の空気を一変させた。
「……ところで、独立大名たる我に、本日はいったいなんの御用か?」
官兵衛が一歩進み出て、落ち着いた声音で口を開いた。
「長治殿。貴殿も重々ご承知のことでしょうが、今この播磨の国を、大大名たる織田家と毛利家が狙っております。この国が分裂したままでは、遠からず各個に撃破され、呑み込まれるのが目に見えております」
長治は薄く笑みを浮かべた。
「もちろん存じておる。だが、それならば赤松家の方々。我が別所家の家臣として、ともに力を合わせるのはどうだ?」
その言葉に善助がはっと息を呑み、畳を蹴るように立ち上がった。
「なっ……無礼な!」
怒りに頬を紅潮させる善助。その細身の体が小刻みに震えるのを、官兵衛が手を上げて制した。
「……長治殿。血筋で申せば赤松家が本家、あなた方別所家は当家の庶流のはず。現にかつては当家に忠誠を誓っておりました。それをなにゆえ、我らに下へつけと仰せられるのです?」
長治は鋭い眼差しを返し、胸を張る。
「わが領内を目にしたであろう? わが祖父の代よりこの別所家、赤松家の領主としての器に疑念を抱き、この地を独自に治めた。結果、領民も商人も満足し、みな幸せに暮らしておるのだ」
長治はふんっと鼻を鳴らし、続ける。
「血筋など片腹痛い。領主たる者は才覚によってこそ上下が決まるべき。……見たところ、現当主の赤松桜殿といったか。領主がいかなるものか、右も左もわかっておらぬ様子。到底、下につくことなどできぬ」
あまりの言葉に善助は顔を紅潮させ、思わず刀の柄へと手をかけた。
「貴様っ……! いわせておけばっ!」
「善助っ!」
その瞬間、官兵衛の鋭い叱責が間を裂いた。広間に緊張が走り、善助は肩を震わせながらも歯を食いしばり、なんとか刃を抜くのをこらえた。
官兵衛は大きく息を吐き、静かに言葉を紡ぐ。
「本日のところは、これにて失礼いたします。ただ――長治殿はまだ、わが殿の器にお気づきではない様子。……気づくのが遅れ、のちに後悔なされませぬよう」
そう言い切ると、官兵衛は深く一礼し、一行を促して広間を後にした。




