第八話 天神山城攻略戦③
宇喜多家本陣。
直家は椅子にもたれかかり、遠く正門前の攻防をじっと見据えていた。周囲には諸将が控え、槍の穂先や旗指物が風に揺れている。
「ふむ……。行長と全登は手こずっておるか」
直家の声は低く、しかし冷静だった。目の端に浮かぶ城門前の小さな点を睨みつけるように見やる。
「竹内久盛は、浦上家随一の武人。二人では荷が重いやもしれぬ。じゃが……」
一拍置いて、直家は薄く吐息を漏らす。
「ここは戦場だ。試合場ではない。……久盛殿、悪く思うなよ」
その言葉には躊躇が混じっていたが、即座に続けた。
「遠藤兄弟を呼べ」
伝令を待つ者が、直家の命に頷き走り出す。陣内では主の決断が瞬時に伝わる。
やがて遠藤の名を告げられた二人の狙撃手が、城門へと向かっていった。
――天神山城・正門前。
土煙が舞い、鉄と鉄のぶつかる音が絶え間なく続く。行長と全登の剣撃をものともせず、竹内久盛は正面に立ち塞がっていた。
久盛は何度も拳を繰り出し、受け流しながら前線に居続ける。だが、草むらから立ち上る異様な殺気にふと気づいた。周囲の空気がほんの僅かに変わったのだ。
「……む!」
その刹那、耳に鋭い破裂音が走った。
パアンッ!
冷たい銃声と共に、一発の銃声が正確に久盛の右足を狙って飛んできた。発射の瞬間、久盛は機敏に反応し、右足を高く蹴り上げて銃弾の軌道をかわす。
だが、戦場に容赦はない。
バアンッ!
二発目の銃弾が、久盛が着地するその瞬間を正確に狙い撃った。空気が裂ける音とともに、肉を抉る鈍い衝撃が走る。
バシュウ!
血しぶきが激しく空に舞い、土と混じって赤い円を描いた。久盛は思わず膝をついた。右足からは血が噴き出し、脛当ても道着も鮮やかな紅で染まる。
「ぬうう……!」
地面を押さえるようにして膝を付いた久盛の背後で、行長と全登が同時に動いた。二人の刃が空を切り裂き、彼の後頚部へと振り下ろされる。
ガンッ、カアンッ!
久盛は膝をついたまま、反射的に両腕を振り上げて小手で二本の剣を受け止めた。刃の衝撃が腕から肩へと伝わり、骨まで響くような痛みが全身を走る。
「わしは……死ぬわけにはいかぬのだ……ッ!」
久盛が呟くと同時に大地が揺らめき、地を這う雷のごとく光が走った。
―武の念術―《地砕衝破》
久盛の右足が大地を穿ち、地面を砕きながら深々と踏み抜いた。
ドオンッ!!
瞬間、銃弾が貫いた右足の傷口から鮮やかな血しぶきが散る。しかしその痛みすら意志の炎に呑み込まれ、ただ衝撃のみが地を揺らした。
轟音と共に衝撃波が走り抜け、土煙を巻き上げながら行長と全登の身体を宙へと弾き上げる。
「――ッ?」
「なっ!?」
二人の武将が宙に浮かんだ刹那、久盛の瞳が獲物を捕らえた獣のように鋭く光った。
―武の念術―《砕覇轟拳》!!
光をまとった拳が弾丸のように行長の胸を狙って突き出される。とっさに両腕を交差させて受け止める行長だが、その衝撃は凄まじく、空気を裂く轟音と共に彼の身体が後方へ吹き飛ぶ。土煙が巻き上がり、その中で肋骨の砕ける鈍い音が戦場に重く響いた。
「がはっ!」
口から鮮血を吐きながら地面を転がる行長。
続けざまに久盛は腰をねじり、宙に浮かんだ全登へも拳を振り抜いた。稲妻のような軌道。全登も必死に盾を構えて受け止めるが――
ゴオンッ!!
重鉄を打ち合わせたかのような鈍い衝撃音が響き渡り、全登の身体も放たれた銃弾のように地へと叩き落される。
「っ……!」
土煙を巻き上げて地面に転がり、全身を打ち付けた二人は呻きながらも、よろめきつつ立ち上がる。
その前に立つ久盛の瞳は、痛みも恐怖も呑み込み、確固たる意志の炎を宿していた。燃えさかる闘志が彼の全身から立ち上り、まるで不動明王が地に降り立ったかのような気迫を放っていた。
遠く、天神山城の西側――燃え続ける西櫓の周囲では、浦上軍の兵たちが懸命に水を運び、火消しのために走り回っている。炎の勢いは弱まりつつあるものの、今だ煙がうねり、炎が空へと舌を伸ばしていた。
その様子を、ただじっと見つめる宇喜多直家。目を細め、何かを測るように黙して佇んでいたが、やがて静かに呟いた。
「……頃合いか」
その言葉と同時に、彼はわずかに顎を引いて隣に控える伝令に目を向ける。
「忍び隊に伝えよ。敵本陣は手薄。攻撃を開始せよと」
無駄のない所作で背筋を正した伝令が、「ははっ!」と短く答え、即座にその場から駆け出した。草を蹴る音が一度響いたかと思うと、すぐにその背中は松林の影へと消えた。




