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赤松天翔物語 ~転生したら最弱の戦国大名だった!?~  作者: 姫笠
第一章 示された道

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第五話 妖怪スシイヌ①


夜の帳が深く降りていた。

 空を覆う雲が月明かりを隠し、林の中はほとんど何も見えないほど暗く沈んでいる。

 林に複数の恐ろしい唸り声と、おびえた犬たちの遠吠えがこだましていた。

 肉が裂ける音、骨の砕ける鈍い響き。犬たちの悲鳴はますます高く、鋭くなり、林の奥に反響していく。

 やがて、一匹、また一匹と倒れ、血の匂いが夜気に混じって漂う。



 ある日の当主の間。

 畳の上に柔らかな光が差し込み、静かな空気が部屋を包んでいた。

 桜は正座したまま、少し緊張した面持ちで政秀を見つめている。


 その言葉を聞いた瞬間――

「なんと……! 武芸の鍛錬をしたいと……!」

 政秀の目が大きく見開かれた。

 次の瞬間、その表情はみるみる明るくなっていく。

 まるで長年待ち望んでいた知らせを聞いたかのようだった。

 桜は少しだけ肩をすくめながら答える。

「うん。当主として必要だと思って――」

 言葉を言い終えるより早く、政秀の身体がぐっと前へ乗り出した。

「お見事なご覚悟かとッ!」

 声が部屋に響く。

(うわ、びっくりした)

 桜は思わず目をぱちぱちさせた。

 政秀は満足そうに顎髭へ手を添え、何度も小さくうなずいている。

(まだまだ未熟な方と思っておったが……まさかご自分から鍛錬を願い出ようとは……)

 政秀の胸の奥に、静かな喜びが広がっていた。

 若き当主が、自ら強くなろうとしている。

 それは家臣にとって、何よりも頼もしい兆しだった。

 政秀はやがて顔を上げる。

「そうと決まれば――」

 少しだけ声を弾ませながら続けた。

「殿に相応しい武器が必要です。」

 そして、すっと立ち上がる。

「これから城下にて、調達しましょう!」

 その言葉を聞いた瞬間、桜の表情がぱっと明るくなる。

「ありがとう! 政秀!」

 政秀は微笑みながら、ゆっくりとうなずいた。



 城下の市場は、陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。活気のある呼び声や、鍋の煮える音、どこかから漂ってくる香ばしい香り。

 気持ちも弾み、桜は思わずきょろきょろとあたりを見渡してしまう。

 武器屋の前には、鍛え上げられた鉄の輝きがずらりと並んでいた。

 刀、槍、弓矢……どれも殺気を帯びたような存在感を放っていて、通りすがりの子どもが怖がって母親の後ろに隠れているのが目に入った。


「これなんてどうでしょう?」

 店主は棚から一振りの刀を取り出し、丁寧に差し出す。

 鞘は淡い緑色に染められ、柔らかな光沢を帯びている。

 鍔には松の木の彫刻が施され、落ち着いた品の良さが感じられた。

「美しい拵え(こしらえ)でございましてな。」

 店主は誇らしげに続ける。

「可憐なお嬢様に似合いそうな一振りかと。」

 桜は刀を受け取り、そっと重さを確かめる。

 手の中にずしりと伝わる鉄の重み。

 鞘越しでも、そこに潜む鋭い刃の存在がはっきりと感じられた。

桜「うーん……」

 小さく唸る。

 刀を眺めながら、首をかしげた。

 決して嫌ではない。

 けれど――

 どこか、しっくりこない。

 桜はそっと刀を戻し、並べられた武器をゆっくり見渡した。


 槍。

 長刀。

 短刀。


 どれも武将が戦場で振るうための武器だ。

 重く、力強く、敵を打ち倒すための道具。

(なんだろう……)

 桜は棚の前で立ち止まる。

(どれも、私が戦う姿が想像できない)

 そのとき。

 視線の端に、ひときわ異質な輝きが飛び込んできた。

「あ……これ」

 思わず声が漏れる。

 桜は迷わずその武器に手を伸ばした。

 それは――

 西洋風の細身の剣だった。

 刃は細く、まっすぐに伸びている。

 まるで一輪の花の茎のように、華奢で繊細な形。

 鍔には花びらとツタを模した優雅な装飾が施され、まるで芸術品のようだった。

 桜は剣を手に取る。

 軽い。

 日本刀とはまるで違う感触。

 店主が少し困ったように笑った。

「それは南蛮より仕入れたものでして。“レイピア”と言うそうです。」

 桜はゆっくり剣を持ち上げる。

 片手で扱える重さ。

 細い刃。

 店主は肩をすくめた。

「ですが刃は細くひ弱でしてな。片手で扱う必要もあり、なかなか癖が強い代物でして……」

 申し訳なさそうに言う。

「実戦では扱いが難しいかと。」

 桜はその言葉を聞きながら、じっと剣を見つめていた。

 手のひらに伝わる重さ。

 その感覚に、胸の奥がふっと揺れる。

(……あ。)

 この形。

 この重さ。

 以前、学校の体育館で握っていた――

 フェンシングの模擬剣に、どこか似ている。


 踏み込み。

 突き。

 伸ばした腕。


 あの時の身体の感覚が、ほんのりと蘇る。

 桜の口元が、少しだけほころんだ。

 そして、迷いなく言った。

「これにする!」


 傍らで見守っていた政秀が、少し不安そうに眉をひそめた。

「殿……このような武器、扱えるのですか?」

 桜は笑って答える。

「うん、以前似た形の剣を練習していたことがあるの」

 その言葉に、政秀の顔がぱっと明るくなった。

「そうでしたか。それを聞いて安心いたしました。店主、ではこれを」

「は、はは……かしこまりました。」

 店主が少し驚いたように笑いながら、うやうやしく剣を包み始める。

 政秀は桜の方を見て、いつもの穏やかな口調で言った。

「では私は会計をしてまいります故、殿はあちらでお待ちください。」

「うん!ありがとう!」



 桜は通り沿いの露天の前へと歩いていき、にぎやかな市場をぼんやりと眺めた。

 色とりどりの果物、焼きたての団子、子どもたちの笑い声。

 ここには、戦の気配などまるでない。まるで平和な夢のようだった。

 ふと、前方からちょこちょこと歩いてくる白い影に気がついた。

 一見すると、子犬のような姿。ふわふわの白い毛並みに丸い目、短い足でぽてぽてと歩いてくる。

 しかしよく見ると、頭の上に何か……ふわふわの、黄色くて厚い板のようなものが乗っている。

「……卵焼き……?」

 桜のいた世界にあった、あの卵焼きによく似ていた。


挿絵(By みてみん)


 明らかに異様な姿……

 でも、怖さは感じなかった。

 その子は、桜と目が合った瞬間、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って、桜の足元にぴたりと寄ってきた。

「か……かわいい……」

 桜は自然と膝を折って、その背中にそっと手を伸ばした。手のひらにふわっと伝わる、やわらかくて温かい感触。思わず笑みがこぼれる。

「これは……妖怪ですな。」

 後ろから聞こえた政秀の声に、私はぴくりと肩を揺らした。

「えっ!?」

 慌てて手を引くと、白い生き物は首をかしげるように桜を見上げてきた。その瞳はどこまでも無垢で、悪意のかけらも見当たらなかった。


「古来より妖怪というのは――」

 政秀は視線を遠くに投げながら、淡々と語り始める。

「人の持つ恐怖や恨み、嫉妬など、負の感情から生まれるといわれております。ゆえに妖怪は人間に牙を剥くことが常……。しかし稀に、どういうわけか、人に友好的に接するものもいるのです。」

 その声音は穏やかだが、どこか硬い響きを帯びていた。

「……とはいえ、妖怪が人にもたらすものは不利益ばかり。利益を与える存在など、まずおりませぬ。あまり関わらぬ方が 賢明でしょう。」

 桜はもう一度、小さな妖怪を見下ろした。さっきまできらきら輝いていた瞳が、少し曇っていた。

「そうなんだ……」

「ささ、いきましょう殿」

「うん……」

 桜は後ろ髪を引かれる思いで、小さな妖怪に別れを告げ、その場を離れた。

 背中に視線を感じながらも、振り返ることはしなかった。



 カンッ カンッ カンッ――。

 

 乾いた音が、城の石畳に小気味よく響き渡る。

 政秀はしっかりと構えた木刀を振るい、桜は先ほど市場で手に入れた細剣の刃を布でくるみ、安全に配慮した形で向き合っていた。

「ほう……!」

 政秀が感心したように頷く。

「殿、なかなか様になっておりますな!さぞかし、練習を積まれたのでしょう!」

「ま、まあね!」

 桜は得意げに笑いながらも、心の中では少しバツが悪かった。

(サボってた時期もあったけど……)

「が……しかし」

 その言葉と同時に、政秀の身体がぐっと前へ踏み込んできた。

「っ……!」

 木刀が一直線に桜の胸元へと突き出される。

 動きはそこまで速くはなかったが、威圧感があった。

 桜はとっさに布で覆った細剣を横へ流すように動かし、木刀の軌道を逸らそうとした――つもりだった。

 だが――。

 政秀の顔には、さっきまでの朗らかさはもうない。

 獣のような鋭い眼光が、真っ直ぐに桜を射抜いていた。

 その目は、まるで“狩り”に集中する猛禽のようで、桜は一瞬にして身体がこわばった。

「うっ……!」

 刹那、木刀の勢いに押され、私は受け止める力を失う。

 わずかな距離を残して、その刃先は桜の胸元でぴたりと止まった。

 触れてはいないのに、冷たい金属がそこにあるかのような錯覚に、背筋をぞわりと冷たい汗が伝った。

 政秀は木刀を引き、深く息を吐きながら、穏やかな声音で語り出す。

「殿の剣には、いささか“覚悟”が足りぬようにお見受けします。」

 その言葉に、桜は思わず目を瞬かせ、小さくつぶやいた。

「覚悟……」

 政秀は木刀を引き、穏やかな声で諭すように続けた。

「はい。基本の動作は、よくできておられます。ですが――これを扱うのは、命をやり取りする合戦の場にございます。」

 そう言って政秀はゆっくりと木刀を構え、刃筋を確かめるように振り下ろした。空を裂く音が静かな稽古場に響く。

「突けば勝ち。切られれば負け……そう単純なものではありませぬ。」

 彼は視線を桜に戻し、表情を和らげた。

「相手の振る刀は命を懸けて受け、自身の剣は命を懸けて突くのです。さすれば合戦の場でも、敵と渡り合えましょう」

 桜は剣を見つめた。

 細く、美しく、それでいて冷たく鋭い細剣の刃。

 これを手に取ったとき、自分はどこか“武器”としてではなく“アクセサリー”のように見ていたのかもしれない。

「……そっか。」

 桜はまっすぐに政秀を見て、強くうなずいた。

「わかった、やってみるよ!」


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