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赤松天翔物語 ~転生したら最弱の戦国大名だった!?~  作者: 姫笠
第三章 巨影

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第五話 不穏な影⑦

その夜、広島城。

 戦の煤をまだ纏ったような夜風が、城の石垣を撫でていた。

 松明の光が揺れ、帰還した吉川元春の甲冑に赤を映す。島津との激戦を終えたその顔には、疲労よりもむしろ確かな闘志が刻まれていた。


「お疲れ様でした、兄上」

 出迎えた隆景が、静かに頭を下げる。

 彼女の金の髪が炎に照らされ、夜闇の中でやわらかく光った。

「ああ」

 短い返事。だがその声には、戦場を渡りきった男の重みがあった。

「どうでしたか? 島津軍は」

 隆景が問うと、元春は眉間に皺を寄せ、低く唸るように答えた。

「想像以上にやっかいな相手だ。義弘の武もさることながら、陣形にも一切の乱れがない。突破するのは容易ではない」

 そう言いながら、元春はゆっくりと隆景に視線を移した。

 炎の明滅が二人の瞳を照らし、影が壁に揺れる。

「……やはりお前の戦場で勝負を決めてもらうしかない。隆景」

 その言葉に、隆景は一度深く息を整え、静かに頷いた。

「ご安心ください、兄上。時さえ稼いでいただければ、必ず竜造寺、長曾我部軍を撃破してみせます」

 元春は小さく頷いた後、北へ向く窓の外へ目をやる。

「赤松軍には、手筈どおり大友軍に当たらせるのか?」

「そのつもりです」

「本当に大丈夫か? 兵力差がある上、相手はあの“雷神”“風神”だぞ?」

 元春の声には、わずかながら案じる響きが混じっていた。

 隆景は天を仰ぎ、窓の外に浮かぶ月を見上げる。

「桜殿の戦い……私は、目の当たりにしました」

 その声音は静かでありながら、どこか熱を帯びていた。

「彼女を中心に兵たちが奮い立ち、その闘気はまるで大きな炎のように戦場を覆いつくしたのです」

 隆景は扇を胸もとで静かに閉じた。

「思うに、あれは桜殿の民への慈悲からもたらされたもの。ゆえに、この広島でもあの戦いぶりを期待しているのです。城下を背に布陣していただくのは――それが理由です」

 元春は小さく笑った。

「……相変わらず人を使うのが上手いな、隆景」

 隆景は困ったように肩をすくめ、柔らかく笑みを返す。

「人聞きの悪い……。この戦いに、余裕のある戦場など一つもありません。私は彼女の器量に期待し、助けを求めたまでです」

 月明かりが二人の間を照らす。

 静かな夜の奥で、次なる戦の鼓動が確かに鳴っていた。




 翌朝。広島城の石垣に朝日が当たり、冷たい空気がちぎれるように澄んでいた。すでに吉川元春と小早川隆景は各戦線の指揮を取るため城を発し、城内には緊張だけが残っている。


 桜たち赤松軍は、手筈どおり北門前に整列していた。馬具の革の擦れる音、兵たちの息づかい、旗の房がそよぐ音。列は静かだが、ひとたび動けば荒波となる覚悟がそこには満ちている。

「桜殿っ!」

 後方から若い声が弾んだ。桜が振り向くと、毛利家当主・毛利輝元が駆け寄ってきていた。頬に疲労の色はあるが、目は真っ直ぐで裏表がない。

「我ら城の守備兵4千は、叔母上より城から動くなと命じられております。……すみませんが、一緒に戦うことはできない。」

 輝元の声には申し訳なさと、若さゆえの不安が混じっていた。

 桜は馬上から静かに微笑む。朝露が頬に光る。

「大丈夫だよ、輝元君。私たちが大友軍を止めるから、お城のことはお願いね」

「おいおい」

 又兵衛がふいと横から顔を出し、肩を揺らして茶化す。

「輝元さんよ。当主なんだからもっとどーんと構えてろよ」

 輝元は照れ笑いを浮かべ、額に手を当てて返す。

「は、ははっ、そうだな。すまぬ」

 桜は鞭を軽く鳴らし、馬を前へ押し出した。

「じゃあ、行ってくるね」

「はい、桜殿。どうかご無事で」輝元の声が追いかける。


 赤松軍はゆっくりと北門を抜け、広島の町外れへと進軍する。曲がりくねった街道を北へ向かい、やがて小高い丘の上に布陣した。見晴らしは良く、広島城が眼下に小さく、しかし確かに見える。城の向こう側、平野の彼方には黒い塊がうごめいていた。

 それは立花道雪、高橋紹運に率いられた大友軍一万。旗印が幾重にも波打ち、陽の光に黒々と輝く。彼らの列は、まるで生き物の腹のようにうねっている。


 立花道雪は齢六十を越えているが、背筋は張り、筋肉は年齢を感じさせぬ盛り上がりを見せる。

白い髭が風に揺れ、皺深い顔からは闘志が溢れている。

見開かれた眼光のその存在感はまさに「雷神」と呼ぶにふさわしい。


挿絵(By みてみん)


 道雪はゆっくりと双眸を桜の陣へ向ける。物見の報告を受け、隊列の先を睨んでいるらしい。

「丘の上で守りに入ったか……」彼の声は低く、まるで地鳴りのようだ。

 報告では、敵兵は四千ばかり。しかも前日、島津に敗れ、士気は衰えているはず。道雪は唇の端を軽く吊り上げる。

「兵法通りじゃな。されど、固く守る敵に付き合うこともなかろう」

 傍らの将に向けて、道雪は短く命じる。

「紹運」

「おうっ!」

 紹運と呼ばれた男――歳は30前後。白い布で顔全体を覆い、鋭い両目の眼光だけを布の間から覗かせる。

両側に巨大な刃が付いた異様な薙刀を担ぎ、その存在に周囲の空気が揺れるようで「風神」たる威容を誇っている。

「おぬし、五千の兵を率いて丘の麓へ布陣し、赤松軍と対峙せよ。相手は前日の敗北で士気も散々。まず丘から下りて来ぬであろうよ」

 紹運は応じ、兵に号令を飛ばす。甲胄がきしむ音が野に響き、隊列が整う。旗が風を受けて波を打ち、行進の足音が遠近に重なる。

「さて……」

 道雪は一息つき、視線をゆっくりと広島城へと戻した。薄く笑んで呟く。

「ゆっくりと料理してやろうかの」

 その言葉には、余裕と狡猾さとが混じっている。戦端は切られ、次の一手が静かに動き出していた。


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