第4章 疑惑〜10〜
第4章 〜10〜
髪型に納得がいかない。
いつもと同じはずなのに…
そして、あの厄介な男が。
その日、颯希は起床から違和感を覚えていた。
洗面所で歯磨きを済ませて、ダイニングへ。
いつものようにパンとサラダ、コーヒーで朝食を摂る。
外出前には、必ず髪を整える。寝癖などあれば、他人に見せられたものではない。身嗜みは大切だ。
そう思って鏡に向かうのだが、この日は自分の顔が自分ではないように映っている気がした。
莉玖が悪戯でやった化粧の印象が強かったのか? 今のその表情は、とてもどんよりしている。
寝癖を取り、髪を整えてみても、何故か納得いかない。
別段おかしな髪型になっている訳ではないのに、何度も何度もヘアアイロンを使って髪をいじってみる。
ふと思い出した。
―耳掛けか。
あの時、莉玖は自分の髪をどういじったのだろう?
ひとまず左側のサイドを耳に掛けてみる。
ここまでは、自分でもよくやっている。食事の時など、スタイル優先の髪は邪魔になる事もある。
しかし、莉玖はその髪を見て、さらに何かしたはずだ。
―ん? 後毛…やったっけ?
後毛と言ったと思う。そう言えばサイドの一部が耳から外れていた気がする。
早速ネットで画像を検索してみるが…
―メンズでやってる人、居らんやん。
ふと思い出したように時計を見る。
―ヤバ…。
時間がない。
どうしても髪型に納得出来ないが、仕事中は帽子を被ることになるので、ここは妥協する事にした。
通勤途中には、納得いかない髪を、手持ちのバケットハットを被って誤魔化す事にした。
職場に入ると、当日作業予定の確認のため、デスクのパソコンに向かう。
心なしか、目が鋭くなっている気がする。こんな状態では、あまり頭に入らない。軽く深呼吸して、メモを取る。
「ひ〜な〜た〜リーダー、今日は機嫌悪そうっすねぇ」
いつもの面倒くさい挨拶が聞こえる。
「あ、おはよう」
「笑てくださいよぉ〜」
機嫌が悪い時に、笑える訳がない。ましてや此奴、高原に対して笑顔を見せるなど、颯希にとって困難極まりない注文だ。
こんなくだらない、挨拶とは言えない挨拶が毎日のように繰り返される。
「空調と機械の電源!」
「すみませ〜ん」
ついでに徳永から叱られる声も、いつも通りだ。
―自分、機嫌良くないよな。
そう、それは当たっているのだ。しかし、気遣ってくれるならありがたいが、高原という男にそんな優しさなどない。常に颯希の様子を伺い、揶揄うネタを探しているのだ。
―今日は帽子取ったとこ見られんように気ぃ付けよ。
そうは思ってみても、そもそも普段と変わらない髪型にはなっている。何が不満なのかも分からない。
朝からずっと感じている違和感は、物事に関する感覚や思考を阻害してしまっているようだ。
その影響は、仕事にまで現れる。いつもの覇気を呼び覚ます事が出来ない。
「何か弱々しいやないか。ビシッとせぇ! 男やろ!」
こんな時に、熊男・神崎はやって来る。
ふわっとした言葉使いに、イラッとしたようだ。
しかし、相変わらずな口調であっても、室長の頃より随分優しくなった。きっと颯希の性格を意識しての事だろう。
そんな朝から、どんどん時間は流れていく。
厄介な男・高原が動き出した。
「リーーダッ! どこ行くんすか?」
―お前に関係ないわ!
「ちょっとお手洗い…」
「あ! 俺も」
―は? 何言うとんねん、此奴。
トイレに向かう颯希の背後から、何故か高原はついて来る。その表情は、何か言いたげにニヤニヤ笑っている。
そしてトイレのドアの前で、高原は言い放った。
「お前、こっちやろ!」
一瞬何を言われたのか分からなかった。振り返ると、女子トイレを指差して睨みながら笑う高原の姿があった。
何も言い返そうという気がしない。どう言い返せば良いのか分からない。
分からない―。
それは何故だ?
ひとつ注意しておきたいのは、これは暴言によるハラスメント行為だ。
そこには気付いているのだが、どう対応すべきなのか分からず、颯希はただ黙っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
バケットハットって、元々はメンズアイテムだったんですね。
今年の夏頃から、ずいぶんブレイクしたような気がします。
形も様々になって、レディースブランドからも可愛いのが出てますね。
颯希はわりとサラサラな髪をイメージしてるのですが、作者である日多喜瑠璃は豪快な癖っ毛。スタイリングはヘアアイロンを使います。
いろいろテクニックがあって、決まるとテンション上がります。
でも、決まらない時はやっぱりバケットハットで誤魔化します 笑。
そんなところをストーリーに組み込んでみましたよ。
さて、厄介な男が仕掛けてきました。
要注意です。




