第2章 独立〜33〜
第2章 〜33〜
大人びた詩織の姿を見て、莉玖はあらぬ言動をしてしまう。
そして、ライブは始まる。
「あ、ふ、2人は開場までその辺でお茶でもして待ってて。開いたら先に席に…」
「え? 日向君と喋れへんの?」
「ごめん。出演前でナーバスやし、他のバンドも居ゃはるし」
楽しみにしていた颯希との再会は、莉玖のひと言で遮断された。
詩織はキョトンとした面持ちで、穂花と共に近くのカフェへ向かった。
ビルの入り口。地下へ下る階段。その下った正面が客室入り口だが、莉玖はその扉を開けず、左にある鉄扉を開ける。
焦りの表情を隠せず、落ち着きなく扉の奥へと足を進める。
ズルい。我ながらそう感じてしまった。
何がどうズルいのか、その意味さえも分からず、自分自身に苛立つ。
本当は、詩織と穂花も連れて行ってはいけない訳ではなかった。いや、会わせるべきだろうと思う。
しかし、3人がナーバスなのは事実だ。
だからそういう事にしておこうと思った。
本当に、今の自分はズルい。
『stuff only』と書かれた重い扉の向こうに、華やかであったりワイルドであったり、各々の音楽のカラーに合わせた衣装を纏う出演者達の姿が見え隠れする。
少し恐縮しながら、その廊下を奥まで進む。
「こんにちは。失礼します」
莉玖は少し急ぎ足で、颯希達の待つ楽屋へと入った。
「すみません。遅くなりました」
「いいよぉ。理由は聞いてるしね。今、淡色組織さんがリハやってるから、そのあとNick Shock ! さんに入ってもらうんで、福島さんも一緒に入って」
「あ、はい」
一緒に入ったところで、何が出来るのだろう?
打ち合わせの時に、音の評価をした。それはそうなのだが、繊細に聴き分ける耳も、指示を出す知識も持ち合わせていない。
莉玖の心の中にまたひとつの困惑が生じたが、兎に角首を縦に振るしかない。
つい数十分前の事―。
「詩織…9ヶ月の間に…大人になったね」
「わぁ嬉しい! 莉玖もお化粧して、可愛くなってる」
「ありがとう…」
あまり言葉が出て来ない。離れて過ごした9ヶ月という日々。残念だが、その間に共有出来るものなど存在しない。
「仕事、どう?」
ありきたりな質問を、とりあえず投げかけてみる。
「簡単じゃないけど、楽しいかなぁ。あ、そうそう、通勤は私服ねん。だから街ん中いろいろ回ってみて、可愛い服屋さん見つけてん。これ、ほら」
「うん…可愛い…」
―あっ、それからぁ…!
はっきりとは言わないが、それは詩織の語り草だ。とても楽しそうだ。あんなに口下手だったはずなのに、仕事もプライベートも、次から次と話題を引っ張り出してくる。
最早、今の莉玖が話題を振れる相手ではない。
ハイテンションの理由は、聞くまでもないだろう。
―お願い。早く…早く来て…。
そのお助け人が、駆け足でやって来た。
「お待たせ!!」
「穂花〜!!」
穂花は彰人を気遣い、あえて颯希との距離を詰めないようにしている。バンドには、あまり関わりを持たない。今日この日も、1ファンとしての立場で観賞する。
そんな穂花に詩織を預けて、莉玖は1人楽屋に入って来た。
「どした?」
「え? 何が?」
「何か落ち着きない…」
「そ、そんな事…ないって」
しばらくして、廊下から再び南条の声が聞こえた。
剛と彰人が立ち上がって、颯希の横を掠める。
「行くぞ」
「あ、あぁ」
側に置いてあるスタンドからギターを掴み取ると、颯希は右手で莉玖の手を引き、2人に続いた。
「莉玖、化粧…」
「えっ!? お、おかしい?」
「いや、上手やな思て」
―自信持てよ。
颯希は莉玖に、そう言った。
高校生の頃とは逆だ。音楽に関わる時、颯希はいつも自信たっぷりであり、その姿は実に凛々しい。そして、周りの人達に対しても堂々とした態度を見せ、気遣いも出来る。
冷静さと燃えたぎる想いが同居する颯希の、小さいのに大きく感じる手が、莉玖の緊張を優しく解した。
「サッちゃん…」
「ん?」
「ううん、何でもない」
莉玖は少し目を細め、微笑んだ。
「ツインペダルか」
「ええ。バスドラ2つ並べるような稼ぎがないので…あはは」
彰人が持ち込んだビーター(バスドラムを叩くペダル)を見て、Day Light のドラマー・西内が声をかけてきた。
「『Freewheel Burning』演る時には必要ですしね」
「そやなぁ」
西内はそれだけ言うと、邪魔をしてはならないとして少し離れた。
「ボース(両手両足同時に叩く)ん時、気ぃ付けや」
「はい! ありがとうございます!」
―ボース入れる事って、なかったよな? うん、ない。
「タケ、ベース鳴らして」
「んっ!」
「ギター乗せていい?」
「おぅ!」
―OKやな。
「ゴリ、例の叩いてくれ」
「しゃあっ!」
例の―。
そう、文化祭ライブで演った、即興インストゥルメンタルだ。今はこれを音合わせに活用している。
「Nananana…♪」
颯希のヴォーカルが乗ってゆく。
いつもスタジオで見守っていた莉玖にとっては普通の光景だが、参加する他のバンドメンバーから見れば、独特だ。
彼らの驚きの表情と、釘付けになる眼差しに、莉玖は逆に驚いていた。
南条達Day Light のメンバーは、腕を組んで見守っていた。
―プロっぽいな。
いつになく鋭い南条の目は、そう言っているようだった。
―演れる!
その時、颯希の目が変わった。
微笑んだその顔は、いつになく堂々としていた。
「いけるぞ!! 自信持っていこう!!」
慌しかったが、のしかかる重い荷物を振り下ろし、残りわずかな日程をこの日のために費やした。
自分自身で支える生活にシフトしたその日から、仕事以外を全て自分のペースでこなしていける。そのゆとりから生まれるものは、自信と責任感。
誰も気付かぬ間に颯希は、一気に大人へと走り始めていた。
17:30―。
350人の観衆で満杯になった会場に、軽快なリズムのJ-ROCKが流れ始める。
ライブは始まった。
読んでいただき、ありがとうございます。
自らの言動を「ズルい」と蔑む莉玖。
第1章では穂花がやらかしてましたね。
それは、ズルいのでしょうか?
やっぱりズルい…かな?
作者の私まで舞い上がってますね…笑。
リハーサル風景、私の頭で考え得る最もカッコいいものにしましたよ。
いかがでしょう!?




