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第6章 飛翔〜10〜

第6章 〜10〜


※字数が多くなっています。

※デリケートな内容が含まれます。


Wavering Heart〜紡ぐ音色〜最終話。

数え切れない程の音色を紡ぎ、新たなるステージへ。

     *


 数日後―。

 CO-CO-ROに、いつものメンバーが集まっていた。

 福本さん亡き後、ここの運営は南条さんが担う事になった。多忙な中だけど、自ら手を挙げてくださった。


 

「あと1年待てば、礼君が京都に帰って来る。その時にはまた、運営側の人事にも変化があると思う」


 南条さんは、メンバーにそう仰った。



 その後のいつものミーティングは、終始福本さんの話になった。まだショックも冷めやらぬ中、致し方のない事だろう。


 誰についても否定しない人、福本美津留さん。

 (かのじょ)は、どんな偏った思いを打ち明けても、決して否定はしなかった。

 自らを健康アドバイザーと称していたが、体はもちろん、常に心の健康を重んじておられた。


 そんな福本さんが唯一否定しなければならなかった人物、高原泰之。

 福本さんが彼を否定しなければならなかった理由、それは、彼を肯定すれば、心の傷を負わされた被害者である私を否定する事になる。それだけは、決してしてはいけない事だという認識を持っておられたからだ。


「貴方の気が収まれば、それでいいんですか? 貴方は謝れば済むけど、日向さんの心の深い傷は癒えるとお思いなんですか?」


 福本さんが高原に問いかけたこの言葉は、拘置所に居る高原本人から、警察官である西田さんに伝えられたものだ。

「否定されて生き続けてきたところに、追い討ちをかけるような重い言葉を浴びせられた」と、高原は言ったが、同時に「(かのじょ)は、身をもって僕にその意味を教えようとしたのだと思う」とも言っていたそうだ。

 背を向けた理由。これが彼なりの見解のようだ。


「苦しかったんですよ、福本さん。自分(ワタシ)を護ろうとするから、本意じゃない否定の言葉を言ってしまったんですよ」


 そんな私は、自身が関わった事案が原因だとメンバーの前で泣いた。


「そうじゃない。福本さんは、ご自分の任務を全うして旅立たれたのよ」


 ハルさんはそんな風に、私を宥めてくださった。


 運命と言うにはあまりにも残酷だ。しかし、私と出会った事、私が高原に誹謗中傷を浴びせられ、心が病んだ事、運ばれた病院で莉玖と出会った事、その全てがあって、(かのじよ)の人生があり、そして私達の未来がある。


「福本さんみたいな人になりたい」


 私はCO-CO-ROのミーティングで、そんな事を言った。

 全てを受け止め、受け入れる人でありたい。

 しかし、そこにはどうしても矛盾が生じる。

 そんな事は分かっているけど、人の数だけ心がある事も分かっているから。



     *


 そろそろ岡山に帰らなければならない。

 そう言って礼は、CO-CO-ROを後にする。

 

「じゃ、ちょくちょく顔出しますから」


 礼の実家は、言わずもがな京都だ。ガソリン代や高速道路の料金はかさむが、実家で寝泊まりすればいいのだから気は楽だろう。


「南条さん、お願いしますね。颯希、お前も頼んだぞ」

「うん!」

「気を付けて〜!」


 高校生になって颯希と出会い、颯希の仕草や態度が他の男子生徒とは違う事に興味を持った。

 バンド活動で深く付き合っていくうちに、礼は颯希がトランスジェンダーかそれに類するものと確信した。

 性の不一致に悩む颯希を傍で見てきた礼の、目指した道―。



「もしや、お父様…ですね?」


 CO-CO-ROを出て、コインパーキングへ向かう道で鉢合った男性。

 身を隠すようにドアを見つめていたその人。


「廣川…礼君か」

「ええ」


 颯希の様子が気になって仕方ないのだろうか。颯希の父親は、莉玖の母親からこの場所を聞きつけたと言う。


「ライブも来られてましたよね?」

 ―フッ…。


 鼻で笑おうとするが、笑う事も出来ず、父親は落ち着かない様子で礼の顔を見上げた。


「礼君。君な、颯希に…?」

「いいえ、僕はまだ学生。研修生です。治療とかそんな話をする事は出来ませんよ」


 父親はため息を吐いた。


「理解出来ないとか、認められない気持ちっていうのは、僕も分かります。でもお父様。颯希はね、治療を始めて女性っぽい丸みのある体型に変わってきて、やっと心も穏やかになってきたんです」


 それでも当事者でなければ分からないだろう。心の問題というのは、それ程に複雑だ。


「理解してやって欲しいなんて言えません。でも、生意気かもしれないけど僕がひとつ言うなら、手の施しようのないストレスを抱えて生きるより、颯希は少しでもストレスを軽減して“自分らしく”生きる決断をしたんですよ」

「バカバカしいわ。で、女みたいになった言うても、トイレはどうすんねん。女子か男子か、ん? 風呂は? 温泉とか銭湯とか、歌で全国回ってたらどっかで入らんなん。男のアレがあったら女湯なんか入れへんやろな? そんな苦労するんやったら、男に生まれたんやから男で生きたらええ。俺はそう思うだけや」


 吐き捨てるように言った父親は、礼に背中を向けると、さらに続けた。

 涙声とも取れそうな、少し震える声。


「ニュースやら見てみぃ。ああいう人ら、結局叩かれて叩かれて生きてるやろ? 息子にそんな思いなんかさせとうない。それが親やろな」


 礼は何も言い返せなかった。

 いくら仲間が認め、支援したとしても、こういったマイノリティに対するインフラ整備などへの投資は簡単な事ではない。

 会社や学校だってそうだ。もっと言うならば、病院だって充分な対応は難しいだろう。


 颯希は会社を辞めた。その会社では、フレンドリーと言えるのは健康管理課のみであり、全従業員へのジェンダー問題に関する教育は行き届いていなかった。

 その件については、健康管理課・中塚も認めていた。


 それが現実なのだろう。

 自分が自分としては生きるのは素敵な事だが、それは決して幸せとは言い切れないのかもしれない。

 颯希の父親は、そんな意味の言葉を、礼に叩き付けるように放った。



 去り行く父親の後姿。

 礼の目には、どこか悲しげに映った。


 誰かを讃えれば、別の誰かが傷付く。そんな世の中だ。

 結局のところ、自分の在り方、自分の人生は、自分で選択していくしかない。

 家族や親戚達の思いに対し、自分の心の折合いが付かないのなら、誰かのためではなく、自分のために生きるしかないのだ。


 礼は、颯希の父親ではなく、世の中に対するモヤモヤやジレンマを感じながら、岡山に向けて車を走らせた。

 それは、一精神科医の力でどうにでもなることではない。

 少しずつ変わりつつある日本に居て、当事者達が声を上げていくしかないのだ。



     *


 束ねた髪を解く。淡いターコイズブルーを狭く薄暗い空間の中で(なび)かせ、私はまたステージに立った。

 蒸し暑い程の熱気が立ち込める空間で、この右手を強く振り下ろす。


 ドーーーーン!!!


 会場内の熱気は、最高潮に達した。




 幾多もの音色が重なり合い、ひとつの音楽が生まれるように、幾多もの想いを紡ぎ合い、人は人生を構築する。


 新たなるステージへ、Nick Shock ! は再び走り出す事になった。

 しかし、有名になればなる程、人気が上昇すればする程、否定派の声も高まる。

 この先、幾つの荒波に揉まれる事になるんだろう?

 全ての人が生きやすい世の中なんて、まだ夢物語なのかもしれない。


 けれども、音楽は盾にも矛にも変わる何よりも強い武器だ。私達はそう信じて声を上げながら、遥か続く道を突っ走って行く。


 人の数だけ心があり、人の数だけ体がある。

 命あれば、幸せと思える日は必ずやって来る。

 待つのではない。掴み取るのだ。


 人生に幸あれ!!



     END

読んでいただき、ありがとうございました。


引き続き、登場人物紹介と本作通してのあとがきがございます。

是非目を通してくださいね。

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